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公爵邸 4
しおりを挟むランドルが見ている中、ラティーシャの周りは、ばたばたと侍女がしばらく出入りしていたが、やがて皆下がりラティーシャ一人となった。
すると程なく部屋の外で声がした。
「ネイハム・エト・ランフォード様です」
──ネイハム?
入ってきたのは、間違いなくランドルの従兄弟ネイハムだった。
「ラティーシャ、今日も美しい。さすが帝国の薔薇だ」
そう言ってネイハムは跪きラティーシャの手に口づけする。そして「隣に座っても?」と尋ねた。
ラティーシャは笑いながら、ドレスの裾を持ち上げた。
長椅子の隣に座ったネイハムに、ラティーシャは甘えたような声で「ネイハム様」と言う。
それは、さっき珊瑚のイアリングを持ってきた侍女に向かって「これじゃないでしょ! 馬鹿な女! もう間に合わないじゃない。今日限りクビよ!」と怒鳴ったのと同じ人とは思えない声だった。
「ネイハム様が中々いらっしゃらないので、私……」
甘えた声はまだ続く。
「ご気分でも悪いですか?」
「少し……」
ネイハムは「それはいけない」とラティーシャの肩を抱き寄せ、頬に、そして唇に口づけをした。
なるほど──。
かつて自分になにを求められていたのか、今更ながらにランドルは理解した。
「私たちの婚約発表はいつですか?」
そう尋ねたラティーシャにランドルは目を向けた。
「もう少し待っておくれ。もう少しでランドル皇子が消えて一年。そこまで経てば大丈夫だろう」
ランドルははっとして、二人の話に耳を傾けた。
「でも遺体が見つからないんでしょう?」
「そうだな。──でも、どうせ遺体は森の奥に埋めるつもりだったから同じことだ」
「皇帝陛下は、ちゃんとネイハムを皇太子にして下さるかしら」
「大丈夫。貴方が考えてくれた、あれ、もありますし」
「あれ……」
ラティーシャは嬉しそうに微笑んだ。
「皇子の印璽もありますから、完璧ですね」
「そうです」
「素晴らしいわ、ネイハム様……」
ラティーシャはクスクス笑った。
「私はどの道皇太子妃になる運命だったのですね」
「……美しい帝国の薔薇に相応しい運命ですね。皇太子でないと手折れない薔薇を我がものに出来て、私は本当に幸せ者です……」
「まあ」
ラティーシャはまたクスクスと笑った。
「ところで貴方の妹君ですが……」
ネイハムがそう言った途端、ラティーシャは眉をひそめた。
「妹……。おぞましい、そんな事をおっしゃらないでください。あれは、私とは関わりない、どこぞの娼婦か何かが産み捨てた、汚い犬のようなものです」
ネイハムは小さく笑った。
「手厳しい。我が薔薇は容赦ないですね。で、その犬、ですか? どうなりました?」
「それが……」
ラティーシャは笑顔を引っ込め、眉根を寄せた。
「最近誰かが面倒を見ているようなのですが、……分からないのです」
「そうですか」
ネイハムは少し口を閉じ、それから微笑んだ。
「その犬は、そう……確か天疫痘にかかり、治ったあとも体調がすぐれない……のですね。では、いつ亡くなってしまったとしても、仕方ないですね……?」
「あら」
ラティーシャは目を見張った。
「……ほんとに。そうですわね。それに、あそこの館は警護の者も少ないし、敷地も広いようですから、賊にでも襲われたらひとたまりもありませんものね。そう、今は怖い盗賊などもいるかもしれません。……やはり心配だわ」
ネイハムは笑いだした。
「では、うちの騎士をお貸ししましょう。その方はこちらの館へお連れしたらよろしい。……たとえ、その後体調を崩されたとしても、優しいお姉様の元なら安心だ」
そしてこう付け加えた。
「たとえやむを得ず、死んでしまったとしても」
それを聞いてラティーシャも笑い声をあげる。
ネイハムも笑みを深めた。
「実は……前にその話をされた時にもう騎士を用意していたのです。ラムズ公爵家の騎士には命じられないでしょうが、その者たちなら大丈夫です」
ラティーシャは頬を染め、感嘆の声を上げた。
「素晴らしい采配ですね。さすがは皇太子殿下。それでは忠実な騎士をお借りして、その犬を連れてきてもらおうかしら」
楽しそうな二人を、ランドルはじっと見上げていた。
その瞳は部屋の隅の暗がりで光を反射するが、二人は全く気づかなかった。
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