忘れられた姫と猫皇子

kotori

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館の侵入者

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 森を出ると、まだ陽は高く遠出をしたのが嘘のようだった。
 
 なだらかな牧草地をしばらく進むと、やがて並木道の背の高い木々が見えてくる。
 さらに館へ近づくにつれ、今度は小さな庭がたくさん現れる。(フェリの畑もある)
 そのうちの一つに通じる小さな鉄の門を潜ると、目の前が不意に黄色に染まった。

 水仙だった。

「わあ!」
 アビがフェリから離れて嬉しそうに飛び回った。
「きれい。きれいね」
 アビの輝きが増していく。アビは花から何か力をもらえるのかもしれない。
 まだ花が咲きそろう季節ではないと思っていたが、違ったようだ。
 水仙が咲いたらいよいよ春。フェリも嬉しくなる。

 と、水仙の間から慌てたように人影が立ち上がった。
 庭師のロイだった。
 ロイはフェリを見、それから少し不安そうに、アビの方をちらっと眺めた。

 え、ロイってアビが見えるの?

 フェリが驚くと、ロイはフェリに向かって帽子を取ると頭を下げた。
 ランディはフェリの腕からとん、と飛び降り、足元に立つ。グリッグはどこかへ消えていた。
 ロイは、もじもじしながら、フェリに話しかけた。
「あの、あの、お、お嬢様。お嬢様はやっぱり特別な方です」
 
 え?
 フェリはきょとんとした。
 
「お……お……お嬢様が来ると、花がきらきらする。
 花がよく育つんです。
 しし執事様は違うと言うけれど、よ、良い人たと思います」
 ロイはこれだけの事を、つかえつかえ、しきりと帽子を引っ張ったりしながら喋った。

「あ、ありがとう」
 フェリもなんだかつかえながら、そう答えた。

「あの、あの、あの、……なので、なので、こ、これをお返ししないと……」
 ロイはそう言ってポケットに手を突っ込んだ。

「おらうちのカミさんは、もも貰いすぎだとい、言ってます」
 そして小さな指輪を太い指でつまみ出し、フェリの掌に載せた。
 それは、前にロイから男の子用の服をもらった時に、お礼に渡したものだった。

 金の平打ちに大きめのエメラルドがはめ込んである質素な指輪だ。
 石こそ大きめだが、古い時代のものなのか全体的に薄汚れている。きっと盗みに入った者の目も惹かなかったのだろう。衣装部屋の引き出しの隅に転がっていたものだった。
 フェリはお金も何もなかったので、こんなもので悪いけど……とこれを渡してお願いしたのだった。

「え……。いいの?」
「あ……あ、あんな古着、す、捨ててもいいぐ、ぐらいで……、も、申し訳ない……こって……」

 と、その時だった。姿の見えなかったグリッグが現れ、フェリの肩に手を置いた。
「フェリ、来たぞ」
「えっ、もう?」

 そのまま先に立ったグリッグに手招きされ、フェリは慌てて走り出した。ランディもついて来る。
 走りながら、振り返ってフェリはロイに手を振った。
 ロイはぽかんとして、こちらを見ていた。
 
 庭を出て並木道の方に向かうと、グリッグがランディに手を差し出した。
「皇子」
 ランディはちょっと立ち止まり、それからぱっとその手に飛び乗った。
 グリッグはもう片方の手でフェリを抱き上げる。

 えっ? と思った次の瞬間、フェリは高い木の上にいた。

 遠くから館に向かって近づく騎馬が見える。
 五騎……いや、六騎。
 馬上で彼らの薄紅色のマントがなびいている。

「館に戻ろうと思ったけど、思ったより早かったな」
 グリッグは独り言のように呟いた。
 ランディは何も答えない。
「あれはどこの騎士団だ?」
 グリッグがランディに訊いた。
「さっき言ってたグランデ騎士団か?」
 ランディはじっと彼らを見て、首を振った。
「……分からない。あの色のマントは、前はなかった。ただ……」
 ランディはそこで言葉を切った。
「ただ、あの上衣コートはグランデ騎士団のものだ」
 そう答えたとき、騎馬たちが並木道に入り、足元を通り過ぎていった。
 ランディはその後ろ姿を見送り苦々しく付け加えた。
「人間も……そうだな」

 グリッグは小さく笑い声をあげた。
 それは楽しそうだけれど、何かドキッとする笑い声だった。
 
 グリッグがひらりと飛び上がり、鳥の姿になる。
「ほんとにバカだな。フェリに手を出そうとするとはな……。こうなったらこっちもやってやるさ」
 そしてフェリとランディに
「ここで待ってろ。すぐ終わる」
 と言うと館に向かって飛んだ。
 
 フェリは、何か恐ろしいことが起きる気がした。

 大丈夫。
 自分に言い聞かせる。
 ランディもいるし。
 そして手を伸ばしランディに触れようとした。
 
 ……足が、引っかかった。
 
 体のバランスが崩れた。

 あ、と思うまもなくフェリは木から滑り落ちた。

 下の枝を咄嗟に掴もうとしたが、枝は音を立てて折れた。
 ドレスが木に引っ掛かるが、スカートを引き裂いただけで、フェリの体は止まらなかった。

 だめだ。

 ……落ちる。

 覚悟を決めてギュッと目をつぶったフェリは、急に何かにがしっと抱えられた。そのままその何かと一緒に地面に転がる。

 目が回り頭がクラクラした。
 しかし、牧草地だったためか予想したほど痛くはない。
 フェリはゆっくりと息を吐き出した。

「ああ。危なかっ……」

 そこでフェリの声が途切れた。

 目の前にそれは綺麗な銀の糸のようなものがあった。

 長くて綺麗な、綺麗な……髪?
 銀色の髪に囲まれている、大理石に彫られた天使のような顔……。
 吸い込まれるような青……い……瞳……。

 その瞳がすぐ目の前まで近づく。

「怪我は? どこか痛いところは? フェリシア?」

 ラン、ディ……? 

 ……。

 …………。

 ………………ラ……。
 ランドル皇子!

 ひ、人に戻った?

 えええ?
 皇子の顔が、近い!
 近い!
 近い近い!

 頭の中を一瞬にして様々なことが駆け巡り、フェリは慌ててランドルから飛び退こうとした。

 しかし、体が動かない。

 ランドル皇子の腕がフェリを包み込むように引き寄せた。

 次の瞬間、フェリは皇子の胸に顔を埋めて何も見えなくなった。

「フェリシア……」

 ランディ……ランドル皇子の声が耳元で聞こえる。

 体がふわっと浮いた。
 ランドル皇子がフェリを抱き抱えていた。

 皇子の顔がすぐ近くにある。その顔が心配そうにくもった。

「フェリシア、やっぱり具合が悪いんじゃ? 顔が……、フェリシア? 息止めてる? どうして? 息して! 息をして!!」

 フェリシアはそのまま目が回り、何もわからなくなってしまった。
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