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元の世界へ

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カイゼスは私を抱き寄せると長い長い呪文を唱えた。すると、足元に見覚えのある魔方陣が現れ、一瞬の眩しい光と共に懐かしい我が家の玄関先にいた。

「私の家」

もう2年以上前になるが、あの世界に行く前と全く変わらない我が家がそこにあった。開けっぱなしの玄関から中に入る。埃を被ることなく、先程まで人が居たかのように生活感が溢れている。台所には、恐らくは、お昼にと用意していた漬物と味噌汁があって、腐ってもいないし黴びてもいなかった。

「神麻が召喚された直後に戻った。あまり時間はないから、持ち帰りたい物をアイテムバッグに収納するといい」

「えっ?!使えるの?」

「使える」

便利すぎる。私は早速、アルバムを押し入れから引っ張り出してアイテムバッグに仕舞った。他にも、両親の形見と20歳の誕生日にもらったダイヤのネックレスと冠婚葬祭用にと無理をして買ってくれた真珠の三点セットを仕舞い込む。あとは、お気に入りの服や私の仕事道具である布や糸、洋服のパターン図とそれが載っている本など。ミシンは持って行けるのだろうか?

「ねえ。持ち込み禁止のものってあるの?」

「ある。持って行ってみないと分からないが、それは大丈夫だろう」

カイゼスの視線は、私の手にあるミシンを見ている。

「こんなもんかな」

「意外と少ないな」

「魔法で何とかなるからね。思い出の品も両親が亡くなったときに整理したから。残ったものはどうなるの?」

両親の遺骨は永代供養してあるし、先祖代々のお墓もないから身軽なものだ。

「全て消えてなくなるらしい。詳しいことは分からない」

カイゼスは、こちらの世界のものが珍しいらしく、キョロキョロとあちこち見て廻っている。

「これも持ち帰らないか?」

そう言って示したのは、なんと車と原チャリだった。車は私の軽と彼女聖女のワンボックスカー。入るかな?と試してみたら3台とも入ってしまった。持って帰れるかはあちらに着いてからのお楽しみだ。他にもカイゼスはテレビに興味を持ち、リモコンを操作してみせると驚いた後、1台はアイテムバッグに、もう1台はその仕組みを知るためか、分解し始める始末だ。私はというと、スマホの写真を現像することにした。スマホも持ち帰るつもりだが、持って帰れなかった事を考えたら、必要なものはプリントアウトするべきだろう。お互い近くにいながら、話すこともなく自分の作業に集中する。その静かな時間が嫌ではなかった。

「ん?誰か来たようだぞ?」

どう感知したのか、カイゼスは客が来ることを告げた。2年以上前の記憶を掘り起こす。来客の予定なんてなかったはずだ。とは言っても、あの彼女のように、招かれざる客というのもいるし。宅配かな?

ザーっという車が砂利道に入る音がした後、すぐにエンジンが止まった。バタンというドアを閉める音がしたことからも、来客なのは間違いではないようだ。

「ボロい家だ」

「本当にこんなぼろ屋にいるんですか?」

「呼び鈴もないのか。おい!誰かおらんのか!おい!」

ボロくて悪かったな!ぼろ屋はなぁ、全部筒抜けるんだよ!!!招かれざる客で決定だ。

「どちら様ですか?」

むすっとした顔で玄関に行くと、杖をついたお爺さんと恰幅のよいおじさん、それから小太りの青年がふんぞり返っていた。

「お前は愛乃よしのの娘か?」

「どちら様ですか?」

「儂は、愛乃の父。お前の祖父だ。小早川の名は聞いたことがあるはずだ」

知ってる。一部上場の有名な大企業だ。

「それで、どんなご用件でしょうか?」

両親が駆け落ちしても逃げたかった家だ。関わり合いになりたくはない。

「お前を迎えに来た」

「は?結構です。お帰りください」

「そういうわけにはいかん。お前は、こちらにいる雅親君と結婚するのだからな。愛乃が結婚するはずだった相手の息子だ。嫌とは言わせん」

「初めまして。神麻さん」

私は、いやらしい顔で笑うその男を無視した。

「えっ。嫌ですけど?私とあなたは他人ですし、あなたに従う義理はひとつもありません」

母が家を棄てた理由が分かった気がする。この父親はダメだ。身内、特に女性を道具としか見ていない。

「神麻、どうした?」

私たちの会話を奥で聞いていたカイゼスがヒョッコリと顔を出した。

「誰だ?」

恰幅のいいおじさんが、ジロリとカイゼスを睨んだ。カイゼスはその視線を真正面から受けてニヤリと嗤った。そして、私の腰を抱き寄せる。

「神麻の配偶者。夫だが」

いろいろ言いたいことはあるけど、今は許そう。

「そんなはずはない。こいつは未婚のはずだ」

「つい先日、入籍しまして」

「外人か。そんなものどうとでもなる。おい!こいつを連れて行け!」

おじさんは、外に向けて大声で命令した。すると、黒服のいかにもという男が3人玄関から入ってきた。

「神麻。どうする?まだ戻るには時間がある。こいつらを叩きのめすか、それとも戻るか」

大切な物は収納した。本当は時間が許すまでここに居たい気もする。でも、思い出が多すぎて苦しくなるのも確かなのだ。

「戻ろう。お別れは済んだよ」

「そうか」

カイゼスは、私の腰を抱いたまま、またあの長い長い呪文を唱え始めた。

「やれ!」

カイゼスは、その言葉に軽く眉を上げただけで何の反応も示さなかった。

「「「はっ!」」」

3人の男が私たちを狙って来るものの、カイゼスの長い足に返り討ちにされている。戦い慣れている人の動きだ。魔物がいるあの世界なら普通に出来る動きでも、この世界ではついていけない。男たちは頭にきたのか、内ポケットから物騒なものを取り出した。それを構えた時には、魔方陣は完成し、一瞬の光の後、私たちはカイゼスのひとり島にいた。

「だからか」

ぽつりと呟いたカイゼスの独り言の意味を図りかねる。

「何が?」

「いや。・・・・神麻があの時にこの世界に召喚された理由だ。あいつらに連れ去られて酷い目に遭わせないためだろうな」

カイゼスが少し怒っているような、そんな雰囲気を感じた。

「だったら、何で全然違うところに放り出されたの?」

ダムやタナートやジムやタマキがカイゼスの部下だったことは聞いたし、謝罪も受けた。あの少女がカイゼスの妹だと言うことも教えてもらった。タマキが彼女の側近だということも聞いて知っている。罪人のように貴人牢に入れられていたあの時の事情も理解した。彼らがその罰を受けていることにも納得している。でも、元々の根本。この世界に来て一番最初に私が放り出された場所については全く触れていない。

「その理由に会いに行くが、一緒に行くか?」

「行く」

「分かった。近いうちに連れて行く。今日はもう遅いから、泊まっていけ。明日送っていく」

この世界に来た理由がめまぐるしく明かされていく。今はそれを受けとめるだけで精一杯だ。心身共にこれまでになく疲れ切った私は、早く自分のひとり島に帰りたいと切実に思った。
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