数多の想いを乗せて、運命の輪は廻る

紅子

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あの日、私は愛している人の死を知った。国際遠距離のため、なかなか会えなくて、仕事に集中すると連絡もままならないような人だった。それでも、今の仕事が一段落したら結婚する約束をしていた。

愛していた。
愛していた。
愛していた。

来世でもまた添い遂げたいと思うほどには・・・・。

愛する人の死をどう受け止めていいのかわからないまま時は過ぎ、私は、もうすぐ50歳になろうとしている。

彼の死から10年が経っていた。




12月24日 クリスマス・イブ
特に何の予定もない私は、仕事が終わるとすぐに帰路についた。

ケーキくらい買って帰るか。

キラキラと華やかなイルミネーションを見ながら、駅までの道すがら、お気に入りのケーキ屋さんに寄ろうと決めた。ケーキ屋さんは、この信号を越えたところにある。駅までの通り道だ。どのケーキにしようか考えながら信号待ちをしていたとき、足元が急に明るくなった。最初、イルミネーションの反射かと思ったそれは、一瞬にして複雑な図柄を描き強く光を放った。たまたま一緒に信号待ちしていた高校生と目が合った気がした。




気がつくとふかふかのベッドの上だった。
ふかふかのベッドの上・・・・・・・・・・だった。

「は?えっ?」

カチカチのアスファルトの上だったはずだ。
そこからは、パニックだ。

何が起きてるの?
夢?
いつ寝たっけ?
家に着いた?
あの光りは何?
ケーキは?
信号待ちで寝ちゃった!?
待て待て待て待て!
落ち着け、私。

これは夢?

「痛ーい!」

頬をつねってみたけど、痛い。夢じゃなさそうだ。
じゃあ、あの謎の光る幾何学模様が原因?
ゆっくりと辺りを見回す。すると、ベッドの横、サイドテーブルの上に1通の手紙を見つけた。

『篠崎 咲李亜さりあ 様』

私宛だ。
恐々手に取る。

『前略。

びっくりしたぁ?咲李亜ちゃんには訳あって、異世界に転移してもらったんだ♪新しい人生の始まりだよ!向こうにいたときの所持品は全部この家にあるから。電化製品は壊れないようにしてあるけど、この家でしか使えないよ。

あっ、一緒に居た高校生とは別コースだからね。人間たちの聖女召喚に便乗させてもらっちゃった。その方が安全なんだ。だから、予定より少~し遅くなったけど、いいよね?

君の番が迎えに来るまで、この箱庭からは出ないようにね?外は強い魔獣がうじゃうじゃだよ。ここは、剣と魔法の世界だから、攻撃魔法を使えない咲李亜ちゃんじゃ、あっという間に死んじゃうよ。番とも会えなくなるからね。簡単には死なないようにいっぱいサービスしておいたよ!落ち着いたら、"ステータス・オープン"って、唱えてみて。

じゃあ、よき人生を!
くれぐれも、勝手に箱庭ここから離れないでね?番を待つんだよ~♪

そうそう、神名は番以外には知られないように!隷属させられるよ。

この世界の神様より』



「は?・・・・・・・・・・・・」

どう反応していいのかわからない。

神様?
異世界?
転移?
剣と魔法の世界?
魔獣?
番さん?
聖女召喚?

訳がわからない。


・・・・帰ることは出来ないんだろうか?
・・・・。
でも、帰ったところでどうせ独りだ。両親は、とうに他界しているし、ひとつ下の弟も嫁ちゃんと仲良くやっている。姪っ子たちに会えないのは寂しいけど、遠く離れているからもう5年以上会っていない。



どれだけの時間、脳内パニックを起こしていたかわからないけど、とにかく、確認が必要だ。

そっと部屋を出て、廊下を歩くと階段があった。どうやらここは2階だったようだ。1階には、リビングダイニング、オープンキッチン。扉は、玄関らしきものを除くとひとつ。扉を開けると廊下に沿って、別の扉が3つ。ひとつは、お風呂。トイレはない。2つは、ベッドがあることから客間のようだ。

それよりも脱衣所の鏡を見て、唖然とした。
ベースは、私の高校生くらいだけど、全体的に整っている。前の私が醜かったとか言う訳じゃない。中の上くらいだと自負している。今は、上の中くらいだろうか。パーツはそれほど変わっていないけど、全体が絶妙なバランスに配置されている。見慣れるまで、時間がかかりそうだ。



そして、意を決して玄関らしき扉を開ける。

そこは・・・・。




広々とした庭だった。
花が咲き、周りには樹木がクルリと庭を囲うように植わっている。庭の先にある小さな木の門扉だけがここと外を繋ぐ唯一の入り口のようだ。

そのまま外に出て、家の裏へと続く通りの脇には咲き乱れる薔薇や芍薬やマーガレットなどの花やローズマリー・カモミール・ラベンダーなどのハーブがところ狭しと植わっていた。そこを抜けると広々とした庭が。たわわに実る果実や野菜。日陰には、茸なんかも生えている。

これは、あと肉や魚さえあれば、ここだけで暮らしていけるのでは?
いや、それさえ我慢すれば、ここで十分に暮らせる。

ひととおり庭を散策して確認したあとは神様?の手紙にあったようにステータスとやらの確認だ。リビングのソファに落ち着き、ふぅー、と深呼吸。

ステータス・オープン。



《ステータス》

名前  シェリア
(神名 サリア・シノザキ・シャガロア)
年齢  16歳
性別  女

属性  火・風・水・土・光・闇
スキル  生活・鑑定・全異常耐性・鍛冶・裁縫・料理・調合・細工・緑手・箱庭
称号  神の愛し子・聖女


何処から突っ込んでいいやら。
16歳?これも神様のサービスなの?
聖女って何?嫌がらせ?

「シャガロア・・・・。懐かしいな。ふふ」

シャガロアは、私が愛した人の名字。
アルバート・シャガロア。
これは、神様の悪戯なのかな?

目尻から伝う涙をそっと拭う。

「さて!どうやら本当に異世界みたいだし、当分はここで暮らすことになるみたいだから、いろいろ試さなきゃね」

今のところ、ここが異世界だという実感はないかな?ちょっと大きなおうち・・・・、ん?外観と家の中が合わないような・・・・。

慌てて外へ出てもう一度外から家を見る。
こじんまりとした木造のメルヘンな家だ。あんなに部屋数がある家のサイズじゃない。リビングとちっちゃなキッチンで一杯一杯だ。

凄すぎる異世界・・・・。

ちょっと好奇心がムクムクと沸いてきた。
小さな門扉から外を伺う。

そこは・・・・異世界だった。
いえ、鬱蒼とした森の中を見たこともない生物が闊歩しているだけなんだけどね。2mはありそうな二足歩行の豚が数頭。正面にいた。思わず、凝視してしまった。
すると、こちらに気づいた1頭がニヤッと嗤うといきなり突っ込んできた。

「えっ」

その場から動けずに固まってしまう。

「やっ!」

反射的に身体を丸くして頭を抱えてしまった。それでも、目は離せずそれを凝視してしまう。

どぉーん!
バチバチバチ!!!
ドッサ!!!!

勢いを緩めることなく突っ込んできたそれは、私にぶつかる前に何かに阻まれ電撃を受け、そして、庭の中へと倒れ込んできた。

「ひぅ!」

咄嗟にそれから離れようと足を動かしてみたが、腰が抜けて、ジタバタしただけで、一ミリも動けなかった。その間もそれから目が離せなかったが、それは倒れたま動かない。このまま放置しておくわけにもいかない。へっぴり腰ながら、なんとかそれに近づき、恐る恐る指先で、ちょん、とつついてみた。

「へっ?」

消えてしまった・・・・。跡形もなく・・・・。

えっと、何処に消えたんだろう?

とりあえず、外は危ないことがよくわかった。



そのまま、気を取り直して今日食べる野菜なんかを収穫して、家に戻ることにした。
調味料も低木に生っていた。卵や牛乳も。

異世界って、不思議。




キッチン・・・・。

食糧庫に、先ほどまではなかったお肉が部位毎にある・・・・。空っぽだったそこに収穫してきた野菜たちを入れようと思ったのだ。

いつの間に?
怪しすぎる。
せめて何の肉かわかれば、使いようもあるんだけど。鳥でも牛でもない。豚?が近いかな?
うーん・・・・。

食糧庫を覗きこんで考え込んでいると、目の端にハラハラと落ちる紙が写った。

ん?

『篠崎 咲李亜 様 

魔法、使ってね♪スキル、確認したよね?使い方は、起こしたい現象をイメージして、魔力を込めてスキルを発動だよ。君たちはそういうの得意でしょ?食糧庫は、時間停止機能付だから腐らないよ♪

この世界の神様より』

あー、魔法ね。気が動転したりして、忘れてたよ。時間停止なんて、便利な食糧庫だわぁ。

では、改めて。
あの肉の出所と食べれるのか知りたい。

鑑定。


オーク(解体済み)のむね肉
さっき庭で倒したオーク
そこそこ美味しい
豚肉に近い


えー!!!
あれ、消えたんじゃなくてここに移動したの!しかも解体済みって、異世界、便利すぎる。
しかーし、少しの怖い思いを我慢すれば、なんとかお肉も手に入る!
魔法も練習しないとね。
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