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運命の輪は廻る
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さっき、あの子を見つけた。私と一緒にこの世界へとやって来た高校生。《ゲームだ》とか《ヒロインだ》とか言っていた。私はやったことはないけど、そういうゲームがあるのは知っているし、それを題材にした小説が出ているのも聞いたことがある。会社の後輩が嵌まっていて、時々話をしていたのを思い出した。所謂、乙女ゲームであり、その乙女ゲームの世界に転生するお話だ。
知らなかった。ここ、そんな世界なの?
いや、違うな。ここは、現実だ。私は生きているし、姿は変わってしまったけど、アルもいる。
「シェリア、どうした?」
「ん?」
夜会の会場を後にした私達は、王宮の広大な庭を横切り、騎士団専用の出入り口に向かっている。後ろには、従魔達も一緒だ。
「沈んだ顔をしてる」
「たいしたことじゃないの。・・・・。あの子の呟いてたことを考えてただけ」
「ゲームとかヒロインとか言ってたな」
「うん。私はやったことないけど、若い子の間でそういうゲームが流行ってたの。会社の後輩が嵌まっててよく話してた」
「ゲームね。現実だと受け入れることを拒否したか、自分の都合のいいようになると思ったか」
「あの言い方だと、後者ね」
「だが、ここも現実だ。私も何度も夢かもしれないと思ったさ。今は、夢であれ現実であれ、シェリアが隣にいるならそれでいい。ここで生きていくだけだ」
「そうだね。アルとまた会えたんだもん。夢でも現実でも幸せだから」
あの子がこの世界受け入れられないのは仕方ないのかもしれない。私のように会いたくて止まなかった人がいる訳じゃないだろうから。でも、願わくば、幸せになってもらいたいと、そう思う。
翌日。
謁見のために、陽も昇らぬ暗いうちから、支度が始まった。以前の昼餐とは違い、湯あみからオイルを使った全身エステ、コルセットの装着を経て、今漸く、ドレスに手を通したところだ。ここまで、ざっと3時間。これら全てを前回と同じ侍女頭とふたりの侍女が担当してくれた。有難い。
が、無理。私に貴族は無理。心からそう思う。さすがにエステの間は寝落ちした。ここから更に1時間かかると思うとうんざりする。
今日のドレスは、黒地に金・黒・赤で刺繍されレースと宝石がふんだんに使われている。刺繍されているのは大輪の薔薇。ゴージャスすぎて、気後れする。見た目に反して軽いのが救いだ。アクセサリーは、金にブラックダイヤが散りばめられ、アクセントにルビーがあしらわれた繊細な一品。
どう考えても、衣装に私が合わない。中身がこれで申し訳ない。
やっと全てが整ったころ、アルが迎えに来てくれた。騎士団の正装を着たアルは、前よりも素敵になっていた。黒の軍服に紅いマント。複雑な刺繍が施されている。しなやかな躯体が引き立ち、精悍さが増した。つくづく、隣に立つには勇気がいる。
続いてやって来た従魔達も今日は、騎士団の正装だ。一応、騎士団第一部隊の所属になっている。こちらは、言うまでもなく、全員がキラキラしい。
「うん。よく似合ってる。綺麗だ。見せびらかしたかったような、誰にも見せたくないような・・・・」
私の腰を引き寄せたアルは、複雑な心境のようだ。私としては、誰にも見られたくない。張り切りすぎて空回りした痛い子のようだからだ。
アルから、顔を隠すためのヴェールを被せられ、全ての準備が整った。
「行こうか」
謁見の間にて。
各国の国王や宰相など昨日の夜会にも負けない顔ぶれが揃っている。私は玉座に続く袖から中を覗き見た。今は、アルとは別行動だ。私は、異世界から神に招かれた聖女ということになっている。各国の国王達が集められたのは、魔獣が存在する理由、召喚聖女が必要な理由、鍵を握る者の存在とその役割を公表するから。それが事実であると証明するために活躍するのが白銀だ。フェンリルの姿で登場すれば、神獣であると分かるし、ビジュー王国の国王の話しも嘘だと言えなくなる。何故、白銀かといえば、大きさ的に本来の姿で入れるのは白銀だけだったからだ。小さいサイズだと疑われるかもしれないでしょう?
まず、この国の国王と王妃様が、続いて、ローゼンタールの前国王夫妻が入場した。それだけで、会場はざわめきに包まれる。今までこの国で、敵国として扱われていたローゼンタール王国の、それも前国王夫妻が同じ席につくのだ。昨日の夜会で知られたこととはいえ、衝撃はまだ大きい。
次は、私だ。いざ、白銀に寄り添い、3人のキラキラしい護衛騎士を引き連れて、謁見の場へ。ヴェールに顔を隠された私と白銀に全ての視線が集まる。隣に居る白銀は堂々としたものだ。私は、緊張で倒れそうだ。視線だけを巡らしてアルを探した。
居た。
アルは、私が視線を向けたことに気づいたのか柔らかく微笑んで頷いた。それだけで、ほっと落ち着くことができた。
まず、白銀が声を発した。
「私は、神獣フェンリルがひとり。神により異世界から遣わされた聖女を守るため、神域より参った。これより、聖女にお前達が犯した罪の尻拭いをしてもらう。だが、良く覚えておくことだ。これは、お前達に神が与えた罰であり、永遠に消えることはない。傲り腐った人族どもよ。次に約束を違えるようなことがあれば、召喚聖女は永遠に訪れることはないと肝に命じよ」
会場はパニック寸前だ。人前に現れることのない神獣が目の前にいて、しかもしゃべったのだ。その内容もただ事ではない。それを鎮めるようにビジュー王国の国王が後を引き継ぐ。
「神獣様の仰ったことは事実だ。これより、この世界に魔獣が現れた理由、召喚聖女の役目、この世界に存在する鍵を握る者の役割、そして、今回の過ちを私とローゼンタール王国の前国王から皆に伝える。これは、人族、獣人族問わず、この世界の存亡にも関わること故、心して聞いてほしい」
「聖女には今から役目を果たしてもらう。私が戻るまで誰もここから動くなよ。行くぞ」
私と白銀、そして護衛騎士ふたりは、ざわざわとするその場を辞し、アルは、いつの間に謁見の間を抜け出したのか、袖で私を迎えてくれた。この国の王太子に先導され、アルと従魔達と共に向かうのは、異世界の魔術師の元だ。灯りがついているとはいえ、寒々しい螺旋階段を降りた扉の先には、以前とほとんど変わらない状態の異世界の魔術師が眠っていた。扉の内側に入れるのは、聖女である私と鍵を握る者であるアルだけ。神獣であろうとも入ることはできない。扉の内側は負の魔力で満たされて、正の魔力が殆どないからだ。アルは、鍵を握る者は、その負の魔力を寄せ付けず、正の魔力を集める体質を持っている。ここからが、私の仕事だ。異形の魔術師に回復魔法を発動する。今までとは全然違う。魔力がなくなっていく感覚を初めて感じた。どんどんと吸いとられていく。
魔力を注ぎ続けること30分。これ以上は、ヤバイかも・・・・、と思ったところで、吸収が止まった。ほっとして、その場に座り込みそうになったところをアルに抱き留められた。
「よく頑張ったな。上まで連れていくから休むといい」
「うん。ありがとう。これ・・・・」
アルに掌の物を見せる。それは、1cmもない小さな虹色の玉。これは、役割を終えた召喚聖女が元の世界に戻るための大切な大切な魔法。魔力を注いでいる最中に少しずつ形を取り始めたそれに気づいたときにそう感じた。
「それは?」
「負の魔力の結晶。召喚聖女が元の世界に戻るためのもの」
「・・・・」
アルが視線で、どうするのか尋ねてくる。
「私には必要ないから、あの子にあげようと思う」
「そうか」
「うん」
私達は地上に戻ると、その足で本物の召喚聖女に会いに向かった。これは、召喚聖女の役を引き受けた対価として私が望んだもの。あの子に会わせてほしいと。そして、あの子の持ち物を全て欲しいと。
厳重に閉ざされた塔の最上部に彼女はいる。その手前、最上部へと続く階段の入口に衛兵がふたり。
「先ほどまで、暴れていましたから充分にお気をつけください」
どうやら、この扱いに不満と不安を抱いて、叫んでいたようだ。私は、ここまでアルに抱えられていたが、さすがにこのまま会うのは気まずいので、渋るアルに降ろしてもらい、自力で登る。王太子と私の護衛には、ここで待っていてもらうことにした。これから先の話を王太子には知られたくない。階段を上がる足音に、誰か来たことに気付いた彼女は、また叫び始めた。
「誰?誰でもいいから、ここから出してよ!私は、召喚聖女なのよ。何でこんなところに居なくちゃならないの!」
私達が格子越しに彼女の目の前に現れると、彼女は驚いたようにアルを凝視した。そして、格子から手を伸ばして、嬉しそうにアルに触れようとしたのだ。アルは、スッとそれを避けて、私の腰を引き寄せた。
「やっと会えた。私を助けに来てくれたんでしょう。あんなに頑張ったんだから、会えないわけないのよ。早くここから出して。隠しキャラだけが出てこないから、ゲームオーバーかと思った」
この話の間、ずっとアルだけを見ている。そのアルは、鬱陶しそうに顔をしかめているが、気にならないようだ。いつまでも視線を外さないことにイラッとして、私はアルの前に出た。
「こんにちは」
「あんた、誰よ。ああ、新しい侍女。邪魔よ、退きなさい」
おう、アル、後ろで殺気を出さないで!話が進まなくなる。
「違う。私は、貴女と同じところから来た者よ。覚えてないかしら?」
「ええ?・・・・・・・・、まさか、あの時のおばさん?!えっ、大分若いんですけどぉ?何これ?・・・・!!!ああ!あんたがバグか!あんたのせいでイベントが滅茶苦茶になったんだから。ゲームにない展開だと思ったんだ。どうしてくれるのよ!」
いや、そもそもゲームの世界じゃなくて、ここは、現実なんだけどね。
「それに、何でバグのあんたが隠れキャラと一緒にいるの!」
私を見ていた視線が、再びアルに注ぐ。まるで、自分のものを見るかのように。
「私に何を期待しているか知らんが、私は彼女のものだ」
後ろから私を抱き締める。私はその腕にそっと手を添えた。
「私を助けて一緒にこの世界の皇帝になるんじゃないの?私は、皇帝妃でしょう?」
「そんなものに興味はない。私が唯一望むのは彼女だけだ」
アルは、私を引き寄せてきつく抱き締め、唇にキスを落とした。
「なんで!なんで上手くいかないのよ!私は、ヒロインでしょう?!」
彼女のその質問は無視した。そして、重要な問いかけをする。
「貴女、元の世界に帰りたくはない?」
「え?帰れるの?」
「今なら帰れるよ」
「帰る!帰りたい!」
「なら、手を出して」
コロンと彼女の掌に例の虹色の玉を乗せた。そして、持ってきた彼女の荷物一式も格子の隙間から捩じ込んだ。
「貴女がここへ来たときの持ち物を全て持ってきた。それに着替えて、今日の夕方、私達があちらからここへ召喚されたくらいの時間にその虹色の玉を口に含めば、元の場所、元の時間に戻れる」
彼女は怪しいものを見るように、手の中の虹色の玉を見ている。
「それをすぎれば、その虹色の玉は消えてなくなる。もう二度と帰れない。その場合は、貴女は死ぬまでこの塔で暮らすことになるでしょうね」
「貴女はいいの?」
「私は、ずっと会いたかった人とここで一緒にいられるから、帰るつもりはないの」
「そう」
虹色の玉を見つめたまま、考え込むように動かなくなった彼女を見て、私達はその場を後にした。
私達は謁見の間へは戻らずに、宿へと帰った。白銀が、聖女は元の世界に帰ったと告げてくれるだろう。
やっと、ドレスから解放されて気が抜けたのと朝からの疲れに泥のように翌日まで起きることなく眠ってしまった。
それから数日。アルとふたり、こっそりとビジュー王国の王都を満喫し、ローゼンタールに帰った。
その後、ビジュー王国の王太子から敵対勢力の排除に成功したことや思ったよりも中立派が多くて助かったということなどが書かれた手紙が来た。そんなこと書いて大丈夫なのか?と疑問に思ったが、友好国として敵対勢力がいなくなったことは重要らしい。手紙の最後に塔にいた女性は忽然と姿を消したと一言添えられていた。彼女は無事に帰れたようだ。
アルの番が現れたことを公表した日、アルは王位継承権を放棄した。リン君に相応の実力が伴うくらいまでは、騎士団の団長を勤めるが、その後は王族籍からも辞すると決まっている。
私は今や、王子妃だ。王宮を出て、アルの用意した場所で、アルと従魔達と共に箱庭に住んでいる。アルは枷になると領地も辞退し、社交界にもほとんど顔を出さない私達の毎日は、とても穏やかだ。アルの遠征にはもちろん私も行く。なんと、私は騎士団所属なのだ。戦えないが、後衛としては優秀だからね。以前では考えられないほどの幸せな日々だ。
私の従魔達の指導もあり、今ではアルも従魔達並みに強い。獣人を超えた存在だそうだ。彼がどこを目指しているかは不明。その護衛4人も、ひとりで騎士団1部隊ほどの実力を備えるまでになった。こちらも何処まで行くつもりかは知らない。それを聞き付けた強者が国内外を問わず決闘を申し込んでくるから、本当に鬱陶しい。規律により、決闘はできないと全てお断りしている。
私の隣にはいつもアルがいてくれる。従魔達がいてくれる。私はもう独りじゃない。たくさんの幸せを手にいれた。これからももっともっと増えていく。貴方と一緒に生きていける限り。
きっと私とアルの運命の輪は、今もたくさんの想いを乗せて廻り続けている。
~END~
最後までお読みいただき、ありがとうございました\(^o^)/
知らなかった。ここ、そんな世界なの?
いや、違うな。ここは、現実だ。私は生きているし、姿は変わってしまったけど、アルもいる。
「シェリア、どうした?」
「ん?」
夜会の会場を後にした私達は、王宮の広大な庭を横切り、騎士団専用の出入り口に向かっている。後ろには、従魔達も一緒だ。
「沈んだ顔をしてる」
「たいしたことじゃないの。・・・・。あの子の呟いてたことを考えてただけ」
「ゲームとかヒロインとか言ってたな」
「うん。私はやったことないけど、若い子の間でそういうゲームが流行ってたの。会社の後輩が嵌まっててよく話してた」
「ゲームね。現実だと受け入れることを拒否したか、自分の都合のいいようになると思ったか」
「あの言い方だと、後者ね」
「だが、ここも現実だ。私も何度も夢かもしれないと思ったさ。今は、夢であれ現実であれ、シェリアが隣にいるならそれでいい。ここで生きていくだけだ」
「そうだね。アルとまた会えたんだもん。夢でも現実でも幸せだから」
あの子がこの世界受け入れられないのは仕方ないのかもしれない。私のように会いたくて止まなかった人がいる訳じゃないだろうから。でも、願わくば、幸せになってもらいたいと、そう思う。
翌日。
謁見のために、陽も昇らぬ暗いうちから、支度が始まった。以前の昼餐とは違い、湯あみからオイルを使った全身エステ、コルセットの装着を経て、今漸く、ドレスに手を通したところだ。ここまで、ざっと3時間。これら全てを前回と同じ侍女頭とふたりの侍女が担当してくれた。有難い。
が、無理。私に貴族は無理。心からそう思う。さすがにエステの間は寝落ちした。ここから更に1時間かかると思うとうんざりする。
今日のドレスは、黒地に金・黒・赤で刺繍されレースと宝石がふんだんに使われている。刺繍されているのは大輪の薔薇。ゴージャスすぎて、気後れする。見た目に反して軽いのが救いだ。アクセサリーは、金にブラックダイヤが散りばめられ、アクセントにルビーがあしらわれた繊細な一品。
どう考えても、衣装に私が合わない。中身がこれで申し訳ない。
やっと全てが整ったころ、アルが迎えに来てくれた。騎士団の正装を着たアルは、前よりも素敵になっていた。黒の軍服に紅いマント。複雑な刺繍が施されている。しなやかな躯体が引き立ち、精悍さが増した。つくづく、隣に立つには勇気がいる。
続いてやって来た従魔達も今日は、騎士団の正装だ。一応、騎士団第一部隊の所属になっている。こちらは、言うまでもなく、全員がキラキラしい。
「うん。よく似合ってる。綺麗だ。見せびらかしたかったような、誰にも見せたくないような・・・・」
私の腰を引き寄せたアルは、複雑な心境のようだ。私としては、誰にも見られたくない。張り切りすぎて空回りした痛い子のようだからだ。
アルから、顔を隠すためのヴェールを被せられ、全ての準備が整った。
「行こうか」
謁見の間にて。
各国の国王や宰相など昨日の夜会にも負けない顔ぶれが揃っている。私は玉座に続く袖から中を覗き見た。今は、アルとは別行動だ。私は、異世界から神に招かれた聖女ということになっている。各国の国王達が集められたのは、魔獣が存在する理由、召喚聖女が必要な理由、鍵を握る者の存在とその役割を公表するから。それが事実であると証明するために活躍するのが白銀だ。フェンリルの姿で登場すれば、神獣であると分かるし、ビジュー王国の国王の話しも嘘だと言えなくなる。何故、白銀かといえば、大きさ的に本来の姿で入れるのは白銀だけだったからだ。小さいサイズだと疑われるかもしれないでしょう?
まず、この国の国王と王妃様が、続いて、ローゼンタールの前国王夫妻が入場した。それだけで、会場はざわめきに包まれる。今までこの国で、敵国として扱われていたローゼンタール王国の、それも前国王夫妻が同じ席につくのだ。昨日の夜会で知られたこととはいえ、衝撃はまだ大きい。
次は、私だ。いざ、白銀に寄り添い、3人のキラキラしい護衛騎士を引き連れて、謁見の場へ。ヴェールに顔を隠された私と白銀に全ての視線が集まる。隣に居る白銀は堂々としたものだ。私は、緊張で倒れそうだ。視線だけを巡らしてアルを探した。
居た。
アルは、私が視線を向けたことに気づいたのか柔らかく微笑んで頷いた。それだけで、ほっと落ち着くことができた。
まず、白銀が声を発した。
「私は、神獣フェンリルがひとり。神により異世界から遣わされた聖女を守るため、神域より参った。これより、聖女にお前達が犯した罪の尻拭いをしてもらう。だが、良く覚えておくことだ。これは、お前達に神が与えた罰であり、永遠に消えることはない。傲り腐った人族どもよ。次に約束を違えるようなことがあれば、召喚聖女は永遠に訪れることはないと肝に命じよ」
会場はパニック寸前だ。人前に現れることのない神獣が目の前にいて、しかもしゃべったのだ。その内容もただ事ではない。それを鎮めるようにビジュー王国の国王が後を引き継ぐ。
「神獣様の仰ったことは事実だ。これより、この世界に魔獣が現れた理由、召喚聖女の役目、この世界に存在する鍵を握る者の役割、そして、今回の過ちを私とローゼンタール王国の前国王から皆に伝える。これは、人族、獣人族問わず、この世界の存亡にも関わること故、心して聞いてほしい」
「聖女には今から役目を果たしてもらう。私が戻るまで誰もここから動くなよ。行くぞ」
私と白銀、そして護衛騎士ふたりは、ざわざわとするその場を辞し、アルは、いつの間に謁見の間を抜け出したのか、袖で私を迎えてくれた。この国の王太子に先導され、アルと従魔達と共に向かうのは、異世界の魔術師の元だ。灯りがついているとはいえ、寒々しい螺旋階段を降りた扉の先には、以前とほとんど変わらない状態の異世界の魔術師が眠っていた。扉の内側に入れるのは、聖女である私と鍵を握る者であるアルだけ。神獣であろうとも入ることはできない。扉の内側は負の魔力で満たされて、正の魔力が殆どないからだ。アルは、鍵を握る者は、その負の魔力を寄せ付けず、正の魔力を集める体質を持っている。ここからが、私の仕事だ。異形の魔術師に回復魔法を発動する。今までとは全然違う。魔力がなくなっていく感覚を初めて感じた。どんどんと吸いとられていく。
魔力を注ぎ続けること30分。これ以上は、ヤバイかも・・・・、と思ったところで、吸収が止まった。ほっとして、その場に座り込みそうになったところをアルに抱き留められた。
「よく頑張ったな。上まで連れていくから休むといい」
「うん。ありがとう。これ・・・・」
アルに掌の物を見せる。それは、1cmもない小さな虹色の玉。これは、役割を終えた召喚聖女が元の世界に戻るための大切な大切な魔法。魔力を注いでいる最中に少しずつ形を取り始めたそれに気づいたときにそう感じた。
「それは?」
「負の魔力の結晶。召喚聖女が元の世界に戻るためのもの」
「・・・・」
アルが視線で、どうするのか尋ねてくる。
「私には必要ないから、あの子にあげようと思う」
「そうか」
「うん」
私達は地上に戻ると、その足で本物の召喚聖女に会いに向かった。これは、召喚聖女の役を引き受けた対価として私が望んだもの。あの子に会わせてほしいと。そして、あの子の持ち物を全て欲しいと。
厳重に閉ざされた塔の最上部に彼女はいる。その手前、最上部へと続く階段の入口に衛兵がふたり。
「先ほどまで、暴れていましたから充分にお気をつけください」
どうやら、この扱いに不満と不安を抱いて、叫んでいたようだ。私は、ここまでアルに抱えられていたが、さすがにこのまま会うのは気まずいので、渋るアルに降ろしてもらい、自力で登る。王太子と私の護衛には、ここで待っていてもらうことにした。これから先の話を王太子には知られたくない。階段を上がる足音に、誰か来たことに気付いた彼女は、また叫び始めた。
「誰?誰でもいいから、ここから出してよ!私は、召喚聖女なのよ。何でこんなところに居なくちゃならないの!」
私達が格子越しに彼女の目の前に現れると、彼女は驚いたようにアルを凝視した。そして、格子から手を伸ばして、嬉しそうにアルに触れようとしたのだ。アルは、スッとそれを避けて、私の腰を引き寄せた。
「やっと会えた。私を助けに来てくれたんでしょう。あんなに頑張ったんだから、会えないわけないのよ。早くここから出して。隠しキャラだけが出てこないから、ゲームオーバーかと思った」
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「こんにちは」
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「違う。私は、貴女と同じところから来た者よ。覚えてないかしら?」
「ええ?・・・・・・・・、まさか、あの時のおばさん?!えっ、大分若いんですけどぉ?何これ?・・・・!!!ああ!あんたがバグか!あんたのせいでイベントが滅茶苦茶になったんだから。ゲームにない展開だと思ったんだ。どうしてくれるのよ!」
いや、そもそもゲームの世界じゃなくて、ここは、現実なんだけどね。
「それに、何でバグのあんたが隠れキャラと一緒にいるの!」
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「なんで!なんで上手くいかないのよ!私は、ヒロインでしょう?!」
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「貴女、元の世界に帰りたくはない?」
「え?帰れるの?」
「今なら帰れるよ」
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「なら、手を出して」
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彼女は怪しいものを見るように、手の中の虹色の玉を見ている。
「それをすぎれば、その虹色の玉は消えてなくなる。もう二度と帰れない。その場合は、貴女は死ぬまでこの塔で暮らすことになるでしょうね」
「貴女はいいの?」
「私は、ずっと会いたかった人とここで一緒にいられるから、帰るつもりはないの」
「そう」
虹色の玉を見つめたまま、考え込むように動かなくなった彼女を見て、私達はその場を後にした。
私達は謁見の間へは戻らずに、宿へと帰った。白銀が、聖女は元の世界に帰ったと告げてくれるだろう。
やっと、ドレスから解放されて気が抜けたのと朝からの疲れに泥のように翌日まで起きることなく眠ってしまった。
それから数日。アルとふたり、こっそりとビジュー王国の王都を満喫し、ローゼンタールに帰った。
その後、ビジュー王国の王太子から敵対勢力の排除に成功したことや思ったよりも中立派が多くて助かったということなどが書かれた手紙が来た。そんなこと書いて大丈夫なのか?と疑問に思ったが、友好国として敵対勢力がいなくなったことは重要らしい。手紙の最後に塔にいた女性は忽然と姿を消したと一言添えられていた。彼女は無事に帰れたようだ。
アルの番が現れたことを公表した日、アルは王位継承権を放棄した。リン君に相応の実力が伴うくらいまでは、騎士団の団長を勤めるが、その後は王族籍からも辞すると決まっている。
私は今や、王子妃だ。王宮を出て、アルの用意した場所で、アルと従魔達と共に箱庭に住んでいる。アルは枷になると領地も辞退し、社交界にもほとんど顔を出さない私達の毎日は、とても穏やかだ。アルの遠征にはもちろん私も行く。なんと、私は騎士団所属なのだ。戦えないが、後衛としては優秀だからね。以前では考えられないほどの幸せな日々だ。
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~END~
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※ヒロインは大半は黒猫の姿で、その正体を知らないままヒーローはガチ恋しています(別に猫だから好きというわけではありません)。ヒーローは金髪碧眼で、竜人ですが本編のほとんどでは人の姿を取っています。ご注意ください。
【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?
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※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。
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