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妾の子
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貴族の家に生まれたが、自分には何も無かった。「妾の子」と蔑まれ、家には居場所が無かった。
兄はいずれ家督を継ぐ者として教育され、姉もまた政略結婚の為にどこへ出しても恥ずかしくない淑女として育てられた。
しかし自分は、兄や姉と違い、役割を与えられる事も無かった。――「何をしてもいい」のだという。
それは自由というよりも、放任に近いものだった。勿論、学はつけさせて貰え、生活に困る事もない。しかし兄の様に家を背負う役割もなく、姉の様に重要な駒として扱われることもない。家族の誰からも期待されることもなく。
結果、何をしても良いが、逆に何をしたら良いのか分からなかった。
だからこそ、自分を空っぽだと感じていた。
「ね、私のこと。お嫁さんにしてくれる?」
不意に彼女は言った。しかし自分はその言葉に素直には喜べなかった。
「……遊びじゃなかったのか?」
「最初はそうだったけど」
彼女は急に態度を変えた。お互い楽しければ、それでいい。そういう関係だった筈なのに、どういった心境の変化だろうか。
いや、それを知っている。何故そうなるのか――自分には察するものがあった。
身分を隠して近付いた筈だが、きっと彼女は気付いたのだ。自分が貴族の出であること。だからこそ、結婚を意識し始めている。
こうなると急激に冷めてしまう。結局は金目当てなのだ。自分を真に愛する女性はおらず、皆して金に釣られる。恋愛も自由に楽しめる筈であるのに、そうしたくてもそうは出来ない。
いつだって家柄が邪魔をする。どの女性も自分をただの「フィリップ」としては見ないのだ。貴族の坊っちゃんとしてしか見てはくれない。
「ごめん、終わりにしよ」
「え、何いきなり。嘘でしょ……!」
別れを切り出すと、彼女は縋り付いた。それは自分にでなく、目の前にある、手が届きそうであった夢の生活に縋っていたのだろう。
そんな彼女の様子を、冷めた目でただ見ていた。
将来誰と結婚するのも自由とは言うが、実際のところ両親の言う「サヴォワ家に泥を塗る相手」では歓迎はされない。
結局は制限されている。暗黙の了解という糞みたいなルールの上で、自由にしろと。
何が由緒正しい貴族だか。
「好きなんだな、あの人のこと」
その言葉にレイヤは答える事もせず、ただ黙り込んでいた。
自分はどこか、レイヤの事を羨ましいと思った。そんな風に誰かを好きで居られることが、羨ましかった。
レイヤの恋は政略結婚に阻まれ、きっとそれが成就する事はない。それを本人が一番理解しており、しかしそれでもどこか諦め切れずにいる。友人として、どうにか力になってやりたいと思った。
だがそれだけじゃなかった。
俺自身、自分という存在をどこか間違いの産物と思っていた。父が気まぐれに抱いた女との間に出来た子……それが自分だったから。
レイヤとサリタさんの関係がもし成立するのであれば。そこに、少しだけ希望を抱いていた。身分違いの恋――それが成立するのであれば、自分が生まれた理由もまた、間違いなどでは無かったのだと少しは思えるだろうか、と。
俺は頭を悩ませる。友人を、悩みから解放する為に――自分という存在にも少しは意味があったのだと、証明するが為に。
俺の思いついた解決方法。……それは、どちらも手に入れて愛すること。誰にも咎められる事なく、レイヤにはそれが可能な筈だった。ただ、それは自分の母が貴族として名を連ねられず、追放され。そういった経緯を不服に思った事から思い付いた方法だった。
これはレイヤ本人にも受け入れ難い方法だったようで、拒否感を露わにしていたが。そして本当の意味で、レイヤの為にならない方法だというのも理解している。
それでもこうして友人の為に考えるのをやめない。そうする事で、自分が少しだけ空っぽではないと感じられる気がしたから。
兄はいずれ家督を継ぐ者として教育され、姉もまた政略結婚の為にどこへ出しても恥ずかしくない淑女として育てられた。
しかし自分は、兄や姉と違い、役割を与えられる事も無かった。――「何をしてもいい」のだという。
それは自由というよりも、放任に近いものだった。勿論、学はつけさせて貰え、生活に困る事もない。しかし兄の様に家を背負う役割もなく、姉の様に重要な駒として扱われることもない。家族の誰からも期待されることもなく。
結果、何をしても良いが、逆に何をしたら良いのか分からなかった。
だからこそ、自分を空っぽだと感じていた。
「ね、私のこと。お嫁さんにしてくれる?」
不意に彼女は言った。しかし自分はその言葉に素直には喜べなかった。
「……遊びじゃなかったのか?」
「最初はそうだったけど」
彼女は急に態度を変えた。お互い楽しければ、それでいい。そういう関係だった筈なのに、どういった心境の変化だろうか。
いや、それを知っている。何故そうなるのか――自分には察するものがあった。
身分を隠して近付いた筈だが、きっと彼女は気付いたのだ。自分が貴族の出であること。だからこそ、結婚を意識し始めている。
こうなると急激に冷めてしまう。結局は金目当てなのだ。自分を真に愛する女性はおらず、皆して金に釣られる。恋愛も自由に楽しめる筈であるのに、そうしたくてもそうは出来ない。
いつだって家柄が邪魔をする。どの女性も自分をただの「フィリップ」としては見ないのだ。貴族の坊っちゃんとしてしか見てはくれない。
「ごめん、終わりにしよ」
「え、何いきなり。嘘でしょ……!」
別れを切り出すと、彼女は縋り付いた。それは自分にでなく、目の前にある、手が届きそうであった夢の生活に縋っていたのだろう。
そんな彼女の様子を、冷めた目でただ見ていた。
将来誰と結婚するのも自由とは言うが、実際のところ両親の言う「サヴォワ家に泥を塗る相手」では歓迎はされない。
結局は制限されている。暗黙の了解という糞みたいなルールの上で、自由にしろと。
何が由緒正しい貴族だか。
「好きなんだな、あの人のこと」
その言葉にレイヤは答える事もせず、ただ黙り込んでいた。
自分はどこか、レイヤの事を羨ましいと思った。そんな風に誰かを好きで居られることが、羨ましかった。
レイヤの恋は政略結婚に阻まれ、きっとそれが成就する事はない。それを本人が一番理解しており、しかしそれでもどこか諦め切れずにいる。友人として、どうにか力になってやりたいと思った。
だがそれだけじゃなかった。
俺自身、自分という存在をどこか間違いの産物と思っていた。父が気まぐれに抱いた女との間に出来た子……それが自分だったから。
レイヤとサリタさんの関係がもし成立するのであれば。そこに、少しだけ希望を抱いていた。身分違いの恋――それが成立するのであれば、自分が生まれた理由もまた、間違いなどでは無かったのだと少しは思えるだろうか、と。
俺は頭を悩ませる。友人を、悩みから解放する為に――自分という存在にも少しは意味があったのだと、証明するが為に。
俺の思いついた解決方法。……それは、どちらも手に入れて愛すること。誰にも咎められる事なく、レイヤにはそれが可能な筈だった。ただ、それは自分の母が貴族として名を連ねられず、追放され。そういった経緯を不服に思った事から思い付いた方法だった。
これはレイヤ本人にも受け入れ難い方法だったようで、拒否感を露わにしていたが。そして本当の意味で、レイヤの為にならない方法だというのも理解している。
それでもこうして友人の為に考えるのをやめない。そうする事で、自分が少しだけ空っぽではないと感じられる気がしたから。
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