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僕の気持ち
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レイヤは、手紙と青薔薇をしっかりと抱えながら、サリタの部屋に向かって歩いていた。
足音が床に響く度に、胸の中に込み上げてくる不安を必死に押し殺し、思考を巡らせる。
手紙を渡す瞬間を何度もシミュレートする。その後のサリタとの会話の一言一言に、彼は心を込めようとしていた。――今度こそ、きっと伝えるんだ。そう心に誓う。
しかし、部屋の前に差し掛かった時、彼の心に違和感が走った。……ドアが僅かに開いている。普段の彼女なら、決してそうはしない。この不用心さがなにか、レイヤの心に引っかかりを感じさせる。
嫌な予感がした。レイヤはそっと足を止め、耳を澄ませる。
部屋の中から微かに声が聞こえる……それがサリタのものでないのは明白であった。レイヤはこの声にどこか聞き覚えがあった。しかし、それが誰のものかを理解することを、心が拒んでいた。
(そんな筈は……そんな、ありえない)
いけない事だと分かっていても、声の方向へとレイヤは引き寄せられる。
立ち止まり、その僅かな隙間から部屋の中を覗き見る――。ベッドに腰掛けたサリタの前に、父親が……ディランが立っていた。
ディランは無造作にサリタを押し倒し、上着を脱ぎながら冷たく言い放った。
「人形を抱く趣味はないのだがな」
その瞬間、レイヤの呼吸が止まった。サリタはただ、無抵抗に受け容れている様に見える。
目の前で繰り広げられる光景は、彼の心には到底受け入れられるものではなかった。何もかもが分からなくなり、何もかもが信じられなくなった。そして自分がここに来た目的さえも分からなくなり、ただ自分の中から何かが抜け落ちていく感覚だけが支配する。それは、彼の手から滑り落ちる手紙と青い薔薇の様に――。
彼の想いと、僅かな希望が床に転げ落ちる……二つ分、微かに音を立てて。その音に反応し、ディランはゆっくりと振り返る。その視線が、レイヤを射抜いた。
「なんだ、居たのか」
取り繕うでもなく、さも当たり前の事であるかの様に吐き捨てる低音は、冷たく響いた。
サリタもその言葉でようやく身を起こし、レイヤに視線を向けた。彼女の顔に浮かぶ表情は、何とも言えぬ程の驚きと混乱が入り混じっていた。
言葉にならないその視線に、レイヤは胸が締め付けられる思いを抱えた。
「うそ……」
二人分の視線が注がれ、レイヤはたまらなく怖くなった。脚が震え、立っているのがやっとの状態だった。
「嫌……見ないで!」
レイヤにはその言葉は届いていない。外界の音がどこか遠く聞こえる。その一方で、自分の心臓の音だけが大きく響き、真っ白な頭の中を支配している。
視線は二人から外せないでいた。こんなもの、見たくもない筈なのに。
嘘だ……全部、嘘だ。そんな筈はない――それだけを、頭の中で必死に繰り返した。その間も心臓の音は警告音の様に鳴り響く。震える脚が僅かに後退し、何かをくしゃりと踏みつけた。足の下で、青い薔薇が砕かれる。その音でレイヤは我に返った。
そうだ、ここから逃げなければ――。嫌な汗が全身から吹き出す感覚に、一歩ずつ後退る。
やがて身体が廊下の壁にぶつかり、そこで止まった。その衝撃に今まで呼吸すらまともに出来ていなかった事に気付き、大きく息を吸った。
(サリタ……どうして!)
言葉には出来なかった。ただ、力を振り絞り、レイヤは駆け出す。
待って、とサリタが口を開きかけるが、その言葉も実際に発せられる事はなかった。ディランの手が乱暴に、彼女をベッドへと押し戻す。それでもなお、レイヤを追おうと、サリタは必死に廊下へ手を伸ばした。ディランを振り払おうと、サリタは必死だった。彼の胸を強く押し、遠ざけようとするがディランは微動だにしない。
彼はただ冷ややかな目でサリタを見下ろしていた……その抵抗の様を観察する様に。口元は歪み、どこか満足した様に言う。
「それでこそ、犯し甲斐がある」
サリタの心の中に、冷ややかな虚無が広がった。
最初は必死に抵抗した。しかし、それがどれ程無意味か、すぐに悟らされた。ディランの力は想像以上に強く、どんなに抗おうとしても彼の支配から逃れることは出来ない。そしてその事が彼女の心を、静かに、深く凍らせていった。
サリタは、ついにその全てを受け容れた。抵抗を止め、無感情に行為を受け容れる事を選んだのだ。
心は沈んでいく。昏い水底に、深く深く、どこまでも……ただ深くへと、落としていく。与えられる感覚に、なにも感じないように。なににも心には触れられないように。
そしてその深い水底に到達した瞬間、ある言葉が思い出された。
「ハッピーバースデー、サリタ」
足音が床に響く度に、胸の中に込み上げてくる不安を必死に押し殺し、思考を巡らせる。
手紙を渡す瞬間を何度もシミュレートする。その後のサリタとの会話の一言一言に、彼は心を込めようとしていた。――今度こそ、きっと伝えるんだ。そう心に誓う。
しかし、部屋の前に差し掛かった時、彼の心に違和感が走った。……ドアが僅かに開いている。普段の彼女なら、決してそうはしない。この不用心さがなにか、レイヤの心に引っかかりを感じさせる。
嫌な予感がした。レイヤはそっと足を止め、耳を澄ませる。
部屋の中から微かに声が聞こえる……それがサリタのものでないのは明白であった。レイヤはこの声にどこか聞き覚えがあった。しかし、それが誰のものかを理解することを、心が拒んでいた。
(そんな筈は……そんな、ありえない)
いけない事だと分かっていても、声の方向へとレイヤは引き寄せられる。
立ち止まり、その僅かな隙間から部屋の中を覗き見る――。ベッドに腰掛けたサリタの前に、父親が……ディランが立っていた。
ディランは無造作にサリタを押し倒し、上着を脱ぎながら冷たく言い放った。
「人形を抱く趣味はないのだがな」
その瞬間、レイヤの呼吸が止まった。サリタはただ、無抵抗に受け容れている様に見える。
目の前で繰り広げられる光景は、彼の心には到底受け入れられるものではなかった。何もかもが分からなくなり、何もかもが信じられなくなった。そして自分がここに来た目的さえも分からなくなり、ただ自分の中から何かが抜け落ちていく感覚だけが支配する。それは、彼の手から滑り落ちる手紙と青い薔薇の様に――。
彼の想いと、僅かな希望が床に転げ落ちる……二つ分、微かに音を立てて。その音に反応し、ディランはゆっくりと振り返る。その視線が、レイヤを射抜いた。
「なんだ、居たのか」
取り繕うでもなく、さも当たり前の事であるかの様に吐き捨てる低音は、冷たく響いた。
サリタもその言葉でようやく身を起こし、レイヤに視線を向けた。彼女の顔に浮かぶ表情は、何とも言えぬ程の驚きと混乱が入り混じっていた。
言葉にならないその視線に、レイヤは胸が締め付けられる思いを抱えた。
「うそ……」
二人分の視線が注がれ、レイヤはたまらなく怖くなった。脚が震え、立っているのがやっとの状態だった。
「嫌……見ないで!」
レイヤにはその言葉は届いていない。外界の音がどこか遠く聞こえる。その一方で、自分の心臓の音だけが大きく響き、真っ白な頭の中を支配している。
視線は二人から外せないでいた。こんなもの、見たくもない筈なのに。
嘘だ……全部、嘘だ。そんな筈はない――それだけを、頭の中で必死に繰り返した。その間も心臓の音は警告音の様に鳴り響く。震える脚が僅かに後退し、何かをくしゃりと踏みつけた。足の下で、青い薔薇が砕かれる。その音でレイヤは我に返った。
そうだ、ここから逃げなければ――。嫌な汗が全身から吹き出す感覚に、一歩ずつ後退る。
やがて身体が廊下の壁にぶつかり、そこで止まった。その衝撃に今まで呼吸すらまともに出来ていなかった事に気付き、大きく息を吸った。
(サリタ……どうして!)
言葉には出来なかった。ただ、力を振り絞り、レイヤは駆け出す。
待って、とサリタが口を開きかけるが、その言葉も実際に発せられる事はなかった。ディランの手が乱暴に、彼女をベッドへと押し戻す。それでもなお、レイヤを追おうと、サリタは必死に廊下へ手を伸ばした。ディランを振り払おうと、サリタは必死だった。彼の胸を強く押し、遠ざけようとするがディランは微動だにしない。
彼はただ冷ややかな目でサリタを見下ろしていた……その抵抗の様を観察する様に。口元は歪み、どこか満足した様に言う。
「それでこそ、犯し甲斐がある」
サリタの心の中に、冷ややかな虚無が広がった。
最初は必死に抵抗した。しかし、それがどれ程無意味か、すぐに悟らされた。ディランの力は想像以上に強く、どんなに抗おうとしても彼の支配から逃れることは出来ない。そしてその事が彼女の心を、静かに、深く凍らせていった。
サリタは、ついにその全てを受け容れた。抵抗を止め、無感情に行為を受け容れる事を選んだのだ。
心は沈んでいく。昏い水底に、深く深く、どこまでも……ただ深くへと、落としていく。与えられる感覚に、なにも感じないように。なににも心には触れられないように。
そしてその深い水底に到達した瞬間、ある言葉が思い出された。
「ハッピーバースデー、サリタ」
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