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憧れの女性(ひと)
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あまりにも情報過多だった。
私はただ病気のレイヤを心配して家を訪ねた、それだけだったのに。でも実際、彼は家出していた。学園にはその事実を隠して。
私は憤りを感じる。近い将来、彼の妻になる立場であるのにも関わらず、それを知らされていなかったのだ。
そして、彼の家出の原因が目の前にいるサリタ――彼の想い人だという事実に、胸が締め付けられる。
彼女はレイヤの父と関係を持っていた。サリタ自身は「契約だから仕方がない」と言うけれど、私は疑問に思う。
どうしようもない? 望んでそうなったのでないなら、逃げれば良かったじゃない――それは、自分にも突き刺さる言葉だった。
レイヤとの政略結婚も、私たちの意志とは無関係だった。家同士が決めたこと。それでも、私たちは二人で抗おうとした。
私にとってレイヤは、将来を約束された相手ではなく、同じ志を持った友人だった。彼にとってはたまたま利害が一致しただけの間柄なのかも知れないが。
目の前にいる彼女――サリタは、レイヤの気持ちを知っていた。それなのに、彼を裏切り続けていた。幼い頃から、レイヤの父と関係を持っていたのだ。
そしてレイヤがその事実を知ったのは、最悪のタイミングだった。彼女の誕生日――サリタへの告白を決意した日。レイヤの心境を考えると、どうにも胸が苦しかった。
彼がどれ程までに彼女を大切に思ってきたのか、私は知っていた。だから彼とのこの婚約は、受けるべきではないと思っていた。
しかし憧れの女性が実はこんな……想像だけで切なくなった。
サリタはそれを謝罪したという。でもそれはレイヤの気持ちを裏切る形だった。
穢らわしい。いつしか私は、彼女をそう思っていた。
不意に怒りが湧いてきた。
「あなたは、レイヤを探さないの?」
サリタが一番、レイヤの事を知っている筈なのに。
「どこを探せば……」
「知らないわよ! あなたは知ってるんじゃないの? あなたなら……私より、ずっと――」
自分の発言に、急に恥ずかしさを感じた。何も分からない私が、サリタに当たっても仕方がない。
重い沈黙が部屋を支配している。
「レイヤはね……あなたが好きだった。初等部の頃、私見てたの。レイヤが嬉しそうに、あなたの話をするとこ」
サリタは変わらず、黙っていた。
あの日――メディアが『女性兵士、大企業の御曹司を救う!』というニュースで一色だった頃。
ニュースでは、女性アンドロイド兵が倒壊寸前のビルから少年を救ったといういかにも感動的な話、という風に報道されていて。その容姿の美しさから、世間は沸き立った。美しいだけでなく、強く勇気のある女性だと。
そのニュースは学園でも大きな話題になり、サリタの勇気と美しさに多くの子供達が憧れた。何より、その救助された少年こそがレイヤだったという事実に、学園の皆が注目していた。
報道が加熱する中、彼は休んでいて。ほとぼりが冷めた頃に彼は登校してきた。
クラスメイトは彼に詰め寄る。その瞬間のことを彼に聞きたかったのだと思う。ニュースで言うような事が、本当にあったのかと。
「うん、サリタが助けてくれたんだ!」
そう答えるレイヤの表情は明るかった。私の記憶の中では、ちょっと暗いイメージの男の子で。あんなに怖い思いをした筈なのに、どうしてそんなに眩しい笑顔が出来るのだろう? 何故前と違う印象を持つのか? 私は気になって彼のことを自分の席から眺めていた。
彼は語った。死を覚悟した瞬間に、サリタが現れた。彼女は手を差し伸べ、レイヤを抱き上げた。その様子を事細かく――それだけ、彼には印象的な場面だったのだと私は思った。
だけどサリタの事を話す彼の顔。インパクトのある瞬間、というだけでは説明がつかなかった。
「すき、なんだ……」
思わず、私は呟いていた。
その瞳の輝き。それは私には、好きなひとの事を話している時のそれにしか見えなかった。
ふと考えた。私も、知っていたんだ。……サリタが知らない彼を。
サリタに対して募る苛立ちは、収まることが無かった。自分もかつて、この人の様になりたかった。この人になれたなら、レイヤは私を――なんて、馬鹿な事を考えたりもした。
綺麗で、勇気があって……この人こそが理想の女性像だと私は感じてて。
でも――彼女は違った。私が憧れた理想の女性なんかじゃなかった。それなのに、一時でも彼女になりたかった自分が、惨めでたまらなかった。
レイヤだけじゃない。私まで、裏切られた気分だった。
「あなたがそんななら、私がレイヤと結婚する」
自分の考えうる最大限の意地悪、憎まれ口が口を衝いて出てしまった。その言葉にサリタが顔を上げ、驚いた様に私を見た。しかしそれも一瞬の事ですぐに俯く。
その様子に、サリタの中にもレイヤに対する何らかの気持ちがあるのは見て取れる。……なんだ。あなただって、本当は取られたくないんじゃ?
けれども言ってから私は後悔する。
「でも、それじゃレイヤが救われない……」
自分の言葉が、自分でも分からなかった。
答えは出ない。でも、サリタもきっと同じ様に感じているのだろう。……結局、何も出来なかった。
ただ、レイヤがどこにも見当たらないという事実だけが、私の中に残った。
私はただ病気のレイヤを心配して家を訪ねた、それだけだったのに。でも実際、彼は家出していた。学園にはその事実を隠して。
私は憤りを感じる。近い将来、彼の妻になる立場であるのにも関わらず、それを知らされていなかったのだ。
そして、彼の家出の原因が目の前にいるサリタ――彼の想い人だという事実に、胸が締め付けられる。
彼女はレイヤの父と関係を持っていた。サリタ自身は「契約だから仕方がない」と言うけれど、私は疑問に思う。
どうしようもない? 望んでそうなったのでないなら、逃げれば良かったじゃない――それは、自分にも突き刺さる言葉だった。
レイヤとの政略結婚も、私たちの意志とは無関係だった。家同士が決めたこと。それでも、私たちは二人で抗おうとした。
私にとってレイヤは、将来を約束された相手ではなく、同じ志を持った友人だった。彼にとってはたまたま利害が一致しただけの間柄なのかも知れないが。
目の前にいる彼女――サリタは、レイヤの気持ちを知っていた。それなのに、彼を裏切り続けていた。幼い頃から、レイヤの父と関係を持っていたのだ。
そしてレイヤがその事実を知ったのは、最悪のタイミングだった。彼女の誕生日――サリタへの告白を決意した日。レイヤの心境を考えると、どうにも胸が苦しかった。
彼がどれ程までに彼女を大切に思ってきたのか、私は知っていた。だから彼とのこの婚約は、受けるべきではないと思っていた。
しかし憧れの女性が実はこんな……想像だけで切なくなった。
サリタはそれを謝罪したという。でもそれはレイヤの気持ちを裏切る形だった。
穢らわしい。いつしか私は、彼女をそう思っていた。
不意に怒りが湧いてきた。
「あなたは、レイヤを探さないの?」
サリタが一番、レイヤの事を知っている筈なのに。
「どこを探せば……」
「知らないわよ! あなたは知ってるんじゃないの? あなたなら……私より、ずっと――」
自分の発言に、急に恥ずかしさを感じた。何も分からない私が、サリタに当たっても仕方がない。
重い沈黙が部屋を支配している。
「レイヤはね……あなたが好きだった。初等部の頃、私見てたの。レイヤが嬉しそうに、あなたの話をするとこ」
サリタは変わらず、黙っていた。
あの日――メディアが『女性兵士、大企業の御曹司を救う!』というニュースで一色だった頃。
ニュースでは、女性アンドロイド兵が倒壊寸前のビルから少年を救ったといういかにも感動的な話、という風に報道されていて。その容姿の美しさから、世間は沸き立った。美しいだけでなく、強く勇気のある女性だと。
そのニュースは学園でも大きな話題になり、サリタの勇気と美しさに多くの子供達が憧れた。何より、その救助された少年こそがレイヤだったという事実に、学園の皆が注目していた。
報道が加熱する中、彼は休んでいて。ほとぼりが冷めた頃に彼は登校してきた。
クラスメイトは彼に詰め寄る。その瞬間のことを彼に聞きたかったのだと思う。ニュースで言うような事が、本当にあったのかと。
「うん、サリタが助けてくれたんだ!」
そう答えるレイヤの表情は明るかった。私の記憶の中では、ちょっと暗いイメージの男の子で。あんなに怖い思いをした筈なのに、どうしてそんなに眩しい笑顔が出来るのだろう? 何故前と違う印象を持つのか? 私は気になって彼のことを自分の席から眺めていた。
彼は語った。死を覚悟した瞬間に、サリタが現れた。彼女は手を差し伸べ、レイヤを抱き上げた。その様子を事細かく――それだけ、彼には印象的な場面だったのだと私は思った。
だけどサリタの事を話す彼の顔。インパクトのある瞬間、というだけでは説明がつかなかった。
「すき、なんだ……」
思わず、私は呟いていた。
その瞳の輝き。それは私には、好きなひとの事を話している時のそれにしか見えなかった。
ふと考えた。私も、知っていたんだ。……サリタが知らない彼を。
サリタに対して募る苛立ちは、収まることが無かった。自分もかつて、この人の様になりたかった。この人になれたなら、レイヤは私を――なんて、馬鹿な事を考えたりもした。
綺麗で、勇気があって……この人こそが理想の女性像だと私は感じてて。
でも――彼女は違った。私が憧れた理想の女性なんかじゃなかった。それなのに、一時でも彼女になりたかった自分が、惨めでたまらなかった。
レイヤだけじゃない。私まで、裏切られた気分だった。
「あなたがそんななら、私がレイヤと結婚する」
自分の考えうる最大限の意地悪、憎まれ口が口を衝いて出てしまった。その言葉にサリタが顔を上げ、驚いた様に私を見た。しかしそれも一瞬の事ですぐに俯く。
その様子に、サリタの中にもレイヤに対する何らかの気持ちがあるのは見て取れる。……なんだ。あなただって、本当は取られたくないんじゃ?
けれども言ってから私は後悔する。
「でも、それじゃレイヤが救われない……」
自分の言葉が、自分でも分からなかった。
答えは出ない。でも、サリタもきっと同じ様に感じているのだろう。……結局、何も出来なかった。
ただ、レイヤがどこにも見当たらないという事実だけが、私の中に残った。
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