星降る檻(セカイ)の、向こうには。

静杜原 愁

文字の大きさ
31 / 53

憧れの女性(ひと)

しおりを挟む
 あまりにも情報過多だった。
 私はただ病気のレイヤを心配して家を訪ねた、それだけだったのに。でも実際、彼は家出していた。学園にはその事実を隠して。
 私は憤りを感じる。近い将来、彼の妻になる立場であるのにも関わらず、それを知らされていなかったのだ。
 そして、彼の家出の原因が目の前にいるサリタ――彼の想い人だという事実に、胸が締め付けられる。

 彼女はレイヤの父と関係を持っていた。サリタ自身は「契約だから仕方がない」と言うけれど、私は疑問に思う。
 どうしようもない? 望んでそうなったのでないなら、逃げれば良かったじゃない――それは、自分にも突き刺さる言葉だった。 
 レイヤとの政略結婚も、私たちの意志とは無関係だった。家同士が決めたこと。それでも、私たちは二人で抗おうとした。
 私にとってレイヤは、将来を約束された相手ではなく、同じ志を持った友人だった。彼にとってはたまたま利害が一致しただけの間柄なのかも知れないが。

 目の前にいる彼女――サリタは、レイヤの気持ちを知っていた。それなのに、彼を裏切り続けていた。幼い頃から、レイヤの父と関係を持っていたのだ。
 そしてレイヤがその事実を知ったのは、最悪のタイミングだった。彼女の誕生日――サリタへの告白を決意した日。レイヤの心境を考えると、どうにも胸が苦しかった。
 彼がどれ程までに彼女を大切に思ってきたのか、私は知っていた。だから彼とのこの婚約は、受けるべきではないと思っていた。
 しかし憧れの女性が実はこんな……想像だけで切なくなった。
 サリタはそれを謝罪したという。でもそれはレイヤの気持ちを裏切る形だった。
 穢らわしい。いつしか私は、彼女をそう思っていた。

 不意に怒りが湧いてきた。
「あなたは、レイヤを探さないの?」
 サリタが一番、レイヤの事を知っている筈なのに。
「どこを探せば……」
「知らないわよ! あなたは知ってるんじゃないの? あなたなら……私より、ずっと――」
 自分の発言に、急に恥ずかしさを感じた。何も分からない私が、サリタに当たっても仕方がない。
 重い沈黙が部屋を支配している。
「レイヤはね……あなたが好きだった。初等部の頃、私見てたの。レイヤが嬉しそうに、あなたの話をするとこ」
 サリタは変わらず、黙っていた。
 あの日――メディアが『女性兵士、大企業の御曹司を救う!』というニュースで一色だった頃。
 ニュースでは、女性アンドロイド兵が倒壊寸前のビルから少年を救ったといういかにも感動的な話、という風に報道されていて。その容姿の美しさから、世間は沸き立った。美しいだけでなく、強く勇気のある女性だと。
 そのニュースは学園でも大きな話題になり、サリタの勇気と美しさに多くの子供達が憧れた。何より、その救助された少年こそがレイヤだったという事実に、学園の皆が注目していた。
 報道が加熱する中、彼は休んでいて。ほとぼりが冷めた頃に彼は登校してきた。
 クラスメイトは彼に詰め寄る。その瞬間のことを彼に聞きたかったのだと思う。ニュースで言うような事が、本当にあったのかと。
「うん、サリタが助けてくれたんだ!」
 そう答えるレイヤの表情は明るかった。私の記憶の中では、ちょっと暗いイメージの男の子で。あんなに怖い思いをした筈なのに、どうしてそんなに眩しい笑顔が出来るのだろう? 何故前と違う印象を持つのか? 私は気になって彼のことを自分の席から眺めていた。
 彼は語った。死を覚悟した瞬間に、サリタが現れた。彼女は手を差し伸べ、レイヤを抱き上げた。その様子を事細かく――それだけ、彼には印象的な場面だったのだと私は思った。
 だけどサリタの事を話す彼の顔。インパクトのある瞬間、というだけでは説明がつかなかった。
「すき、なんだ……」
 思わず、私は呟いていた。
 その瞳の輝き。それは私には、好きなひとの事を話している時のそれにしか見えなかった。

 ふと考えた。私も、知っていたんだ。……サリタが知らない彼を。
 サリタに対して募る苛立ちは、収まることが無かった。自分もかつて、この人の様になりたかった。この人になれたなら、レイヤは私を――なんて、馬鹿な事を考えたりもした。
 綺麗で、勇気があって……この人こそが理想の女性像だと私は感じてて。
 でも――彼女は違った。私が憧れた理想の女性なんかじゃなかった。それなのに、一時でも彼女になりたかった自分が、惨めでたまらなかった。
 レイヤだけじゃない。私まで、裏切られた気分だった。
「あなたがそんななら、私がレイヤと結婚する」
 自分の考えうる最大限の意地悪、憎まれ口が口を衝いて出てしまった。その言葉にサリタが顔を上げ、驚いた様に私を見た。しかしそれも一瞬の事ですぐに俯く。
 その様子に、サリタの中にもレイヤに対する何らかの気持ちがあるのは見て取れる。……なんだ。あなただって、本当は取られたくないんじゃ?
 けれども言ってから私は後悔する。
「でも、それじゃレイヤが救われない……」
 自分の言葉が、自分でも分からなかった。
 答えは出ない。でも、サリタもきっと同じ様に感じているのだろう。……結局、何も出来なかった。
 ただ、レイヤがどこにも見当たらないという事実だけが、私の中に残った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...