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はじめて
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真っ暗闇の中で二人は抱き合っていた。レイヤの体温が戻っていく。その温かさを感じながら、二人は離れられなくなっていた。
「いつまでもこうしてたら、風邪引いちゃう」
それはサリタの言葉だった。その言葉でようやくレイヤは、寒空の下でこうしていたという現実に気付いた。
どこか、温かい屋内にでも入ろうと考える。しかし彼の思い当たる場所といえば、そのどれもがサリタを連れて行くには不安を感じる場所ばかりだった。もしそこに行けば……彼女のことを心から大事に思いたいのに、それが出来なくなりそうに感じるのだった。
ただそれでも、屋敷には戻りたいとは思えなかった。誰も待っていやしない。しかし、誰かの目に付くことにどこか抵抗感があり。
「帰ろう」
ふとサリタが言う。しかしレイヤは苦い顔。彼女は彼の表情の意味を理解したが、なおも続ける。
「大丈夫。ついてきて」
さり気なくレイヤに手を差し出す。レイヤは一瞬迷いがあったが、彼女の手をしっかり握った。
二人は手を繋ぎ並んで歩いた。横目でサリタの顔を見ると、彼女は微笑んでいた。それが嬉しくてレイヤもつられて微笑む。
二人並んで歩く自分達の姿は、道行く人にどう映るのか。暫く、夜の散歩を楽しんだ。会話は無かったが、手の温もりが二人を繋いでいた。
そうして屋敷の裏手に着いた頃。サリタは立ち止まり身軽な動作で塀を飛び越えた。内側から鍵を開ける。人差し指を唇の前で立てる仕草をし、それを見たレイヤも静かに敷地内へと足を踏み入れる。子供の頃の悪戯心が帰って来るようだった。テラスのガラス戸を開け、忍び込むように二人は屋敷の中に入る。
廊下を進む。二人は手を繋いだまま。サリタに導かれるまま、レイヤは歩いた。そして着いたのは――
「入って」
サリタの部屋――鼓動が少し速くなる。落ち着いてはいるつもりだが、心の中で何かがざわついているのがわかる。最初は自室に行くのだと思っていた。その途中、ルート的にそれはあり得ないと気付いていたが……実際にここに来てみると、その感覚が実感に変わる。
足を踏み入れてしまった。ドアは音もなく、静かに閉まる。
促されるままレイヤはベッドに腰掛けた。隣に座ったサリタの存在が、予想以上に近い。
言いたいことがあった。話をしたかった。でも言葉が出てこない。どう切り出せばいいのか、何を言うべきか。二人は無言で見つめ合った。
レイヤは、再会を待ち望んでいたのはなにも自分だけではなかったのだとサリタの表情から感じ取ることが出来た。お互いに視線を外せないでいた。
沈黙が続く。しかしそれは重苦しいものではなく、どこか心地良く感じられた。お互いに言葉よりも伝わるものがそこにあるような気がした。
「……会いたかった」
その一言が、レイヤの心に詰まった全てを表していた。
サリタもまた、
「私もだよ」
そう微笑みながら優しく言った。その言葉と微笑に、レイヤは胸がいっぱいになるような感覚を覚えた。
その瞬間、どうしようもなくサリタを抱きしめた。サリタもレイヤの背中に腕を回す。抱きとめるように、優しく。
「キス、してもいい……?」
そんな言葉を口にする自分が滑稽に思えた。けれど、今はどうしても、彼女の許しが必要だった。これまでの自分の振る舞いを思えば、サリタに触れることさえ、どこか後ろめたかった。
女性とこうなるのは、慣れた筈だった。生きる為の手段として、幾度となく繰り返してきた。それでも彼女の前では、どうしようもなく脆くなる。経験の厚みでは覆えない――“子ども”のままの彼が、そこにいた。
ただ、キスだけは何故か特別視していた。本当に大切な人と交わすものと、そう信じていた。初めてのそれを、いつか誰か特別な人に捧げようと、密かに決めていた。
……その相手がサリタであれば良いと願っていたものの、それを一度は諦めた。もう一度会えたとしても、彼女とそういった関係になれるとは思いもしなかった。それでもこの瞬間まで、他の誰にもそれを許すことはしなかった。
サリタが自分と同じ気持ちを抱いていると知った今、その思いが胸の奥で震えていた。言葉に出来ない程の感情。サリタは他の誰とも違う、特別な存在だ。この自分が、彼女に触れていいのだろうか? ――それでも、問いかけずにはいられなかった。
「いいよ」
サリタは静かにそう答えた。その声には過去に彼を傷つけた自分への悔恨が滲んでいた。思いがけない答えに、レイヤは僅かに目を見張る。……受け入れてもらえるとは思っていなかったのだ。
あの時の言葉が彼女の中で今も痛みとして残っていることを、彼は知っていた。
それでも――今この瞬間だけは。二人で、赦し合える気がした。
お互いに触れることに、どこか躊躇いがあった。サリタは、過去の罪を意識し過ぎて、彼を男として見ることに躊躇いがあった。
レイヤもまた、彼女を他の女達と同じように扱ってしまうのではないかという、不安を抱えていた。
――そっと目を閉じた。レイヤの顔が近づいてくるのを感じる。
緊張しているの? 微かに吐息が鼻先を擽る。唇に触れるのだと思っていた。でもレイヤは。まるで大切なものに触れるような慎重さで、許しを乞うように頬に口付けをした。
「ん……っ」
思わず声が漏れてしまった。予想していなかった場所に不意打ちを食らったからか。その情けない声が自分でも驚きで。慌てて目を開けると、レイヤもまた驚いたように目を見開き、私を見つめていた。
「そこで本当に、満足なの……?」
少し意地が悪かっただろうか。それでもどこか、自分の期待していたものと違った不満を言葉の端に滲ませずにはいられなかった。
レイヤは暫く黙って私を見つめ、深い呼吸を一度だけつく。何かを決心したように、静かに私に近づいた。
レイヤの手が私の顔を優しく引き寄せる――その瞬間、私の心臓が早鐘のように打ち始めた。
すぐに迷いも無く今度は唇が重なった。
(……レイヤ)
その名を呼ぶ間もなく。彼のキスはぎこちなくも深く、そして強くなった。
やがて解放され、息をするのを許される。離れる彼の顔――瞬間、視線が絡み合う。そこに熱が宿るのを感じた。息が詰まるような感覚を覚える。
彼が私の首筋に顔を埋めた。身体が、無意識に反応してしまう。どうして――こんなことに?
これまで何も感じなかった筈なのに。レイヤが優しく触れる度、身体が跳ねる。
レイヤも私の反応に戸惑っているようだった。どこかぎこちなく、それでも確かめるように、慎重に私に触れる――。
全身が敏感になったように、熱を帯びる。今までの自分ならこんな感覚は絶対に無かった筈。
「……っ、ん、ふ……ぅ……っ」
彼の手が触れるのを辞めると、胸が痛むように切なくなる。そんな切なさがどうにも耐えられなかった。
もっと……。もっと彼に、触れられたい。
熱っぽいレイヤの視線。私をそんな目で見ないで――羞恥、戸惑い、懇願……これが、悦び? 私は乱れるしかなかった。
どうしてこんなことになったのか確かめたかった。でも、それを口にするのが怖かった。
「レイヤ……なに、したの……?」
首を横に振ったレイヤは、私の顔から視線を逸らすことなく、ただ黙っていた。何もしていないと言いたげなその顔に少し安堵する。
本当は……私は気づいていた。今まで何も感じなかったのは、私自身が――
「キスだけで終われなくてごめん」
レイヤが謝るが、私はそんな謝罪を望んではいなかった。だって本当はもっと、その先までも触って欲しかったのだから。
彼の手が太腿を押し広げるようにした瞬間――
「あっ、や、やだ……!」
思いとは裏腹に、反射的に声が出てしまった。拒絶と取ったのか、レイヤはすぐに手を止める。
ただただ、切なかった。あまりに、もどかしかった。その触り方が――。
本当は辞めないでほしかった。
この感覚に少しの恐怖も無いと言えば、嘘になる。これを受け容れ続けてしまえば、自分がどこか、おかしくなってしまいそうで。
それでもこうして彼から与えられる感覚を、手放したくなかった。
私は……レイヤが欲しかった。その温もりを渇望している自分が、はっきりと感じられた。こんな風に思う自分は、欲深いだろうか? ふしだらだろうか? それでも……。
じっとレイヤの目を見つめる。それを催促と捉えたのか、レイヤはまた手を進めた。
「あ、あ、っ、ぁ……」
こんな感覚、知らなかった。レイヤが触れた場所が熱を帯びる。甘く痺れるような感覚が広がっていく。
もっと、もっと――触ってほしい。
レイヤは、何かを抑えているようだった。私を思い遣ってくれているのだろう。でもこの瞬間だけは――本能のまま、私を求めてほしい。
そんな風に、願ってしまった。
あの夜のサリタはこうではなかった。表情はあるものの、ただ事務的で、どこか無機質な印象を与えていた。あの日の彼女は、感情があまりにも無防備に曝け出されることがなかった。
しかし今夜のサリタはまるで違う。僕を見つめる瞳が熱を帯び、そこには明らかな戸惑いと共に、何かを求めるような気配が漂っていた。
それを感じた瞬間、僕の胸の奥に何かが引き寄せられるのが分かった。自分でもどうしようもなく。
サリタの口から出た「やだ」という言葉が耳に届いた途端、僕は過剰に反応してしまった。傷つけたくない……でも、どうしても彼女をもっと知りたかった。それが僕の心の中で激しく交錯して、手が止まらなくなる。
キスだけで終わる筈だった。でも、彼女の反応が予想外過ぎた。
問いかけられたが、僕には何もしていないと答えることしか出来なかった。彼女の様子が変わったのは事実だが、僕はただ、彼女に触れたかった。もっと、彼女のすべてを知りたかった――それだけだった。
腕の中で震えているサリタは、涙目になりながら僕に縋り付いてきた。その無防備な姿が、僕の心を強く掴んで離さなかった。
……ああ、こんなにも愛おしい。彼女を抱きしめるたび、僕の中の何かが暴走しそうになる。
サリタの言葉が耳に届いた。
「しらない、こんなのっ。しら、ない……!」
戸惑いの色を隠せずにいる彼女。その反応が、僕をますます煽る。
僕は、どうしても彼女を傷つけたくなかった。しかしその反応が、僕の中に眠っていた欲望を引き出してしまう。
優しくしようとしても、どうしても抑えきれなかった。彼女の深い部分に触れたくなる。彼女の身体が大きく跳ねる度、僕の胸の中の欲望が膨らんでいくのを感じる。サリタの甘い声が響く度、僕の中の薄っぺらな理性が壊れていくような気がした。
だが心のどこかで、これ以上は進めない方が良いのでは? と考えもする。――が、その考えはすぐに消え去った。
彼女の表情は、まるで僕の中の迷いを肯定しているかのように、次第に熱を帯びていった。
ずっとこうしたかった。あの夜、手を伸ばしても届かなかった思いが、今ここにある。そして、僕はその思いを全て彼女に注ぎたくてたまらなかった。
やがて彼女の中へと沈んでいき、深くで繋がった。サリタが漏らす甘い声と部屋に響く音で、頭の中はいっぱいになった。
止まらなかった、互いに。ひたすら確かめ合っていた。僕たちの感情、そしてサリタの瞳の中に宿る熱、それに引き寄せられるように。
動く度にサリタの声が漏れる。抑えようとしているのか、それとも抑えきれないのか。
「レイヤ……っ、レイヤぁ」
その声は切なく。僕は、身体の奥底から込み上げる締め付けを覚えた。
彼女が名前を呼ぶ度、抑制が音を立てて崩れ落ち、全身に熱が広がっていくのを感じた。
内側で渦巻く欲望は、次第に手に負えなくなり、動きは自然と激しさを増していく。息を呑むような圧倒的な感覚が体中を駆け巡り、もう止められない――その思いが全身を支配していった。
その時サリタは、震える声で僕に告げた。
「すき、すき。すき……っ! すき、レイヤぁ、……んっ」
その言葉は、まるで時間が止まったかのように僕の心を揺さぶった。消え入りそうな声が僕の内側に深く響き渡り、甘い痺れが全身に広がる。すぐにでも果てそうな程の感覚に包まれた。
今僕は彼女を感じ、彼女も僕を感じている――この感覚が、もう二度と戻らないような気がした。
「僕も……っ、好き、だ……サリタ……くっ、ぅ」
その瞬間、溢れ出す感情と共に。僕は全てを捧げるように――何もかもを、彼女の深奥へと注ぎ込んでしまった。
そしてその感覚が広がる中、それは優しい侵略のように、あの夜の最悪な後味が少しずつ塗り替えられていくのを感じた。
彼女と僕の想いが重なり合い、記憶の中に新しい色が染み込んでいく。お互いの過去を超えて、新たな瞬間が二人の中に刻まれるように――。
僕たちの全てが静かに、そして確かに生まれ変わったと感じる瞬間だった。
「いつまでもこうしてたら、風邪引いちゃう」
それはサリタの言葉だった。その言葉でようやくレイヤは、寒空の下でこうしていたという現実に気付いた。
どこか、温かい屋内にでも入ろうと考える。しかし彼の思い当たる場所といえば、そのどれもがサリタを連れて行くには不安を感じる場所ばかりだった。もしそこに行けば……彼女のことを心から大事に思いたいのに、それが出来なくなりそうに感じるのだった。
ただそれでも、屋敷には戻りたいとは思えなかった。誰も待っていやしない。しかし、誰かの目に付くことにどこか抵抗感があり。
「帰ろう」
ふとサリタが言う。しかしレイヤは苦い顔。彼女は彼の表情の意味を理解したが、なおも続ける。
「大丈夫。ついてきて」
さり気なくレイヤに手を差し出す。レイヤは一瞬迷いがあったが、彼女の手をしっかり握った。
二人は手を繋ぎ並んで歩いた。横目でサリタの顔を見ると、彼女は微笑んでいた。それが嬉しくてレイヤもつられて微笑む。
二人並んで歩く自分達の姿は、道行く人にどう映るのか。暫く、夜の散歩を楽しんだ。会話は無かったが、手の温もりが二人を繋いでいた。
そうして屋敷の裏手に着いた頃。サリタは立ち止まり身軽な動作で塀を飛び越えた。内側から鍵を開ける。人差し指を唇の前で立てる仕草をし、それを見たレイヤも静かに敷地内へと足を踏み入れる。子供の頃の悪戯心が帰って来るようだった。テラスのガラス戸を開け、忍び込むように二人は屋敷の中に入る。
廊下を進む。二人は手を繋いだまま。サリタに導かれるまま、レイヤは歩いた。そして着いたのは――
「入って」
サリタの部屋――鼓動が少し速くなる。落ち着いてはいるつもりだが、心の中で何かがざわついているのがわかる。最初は自室に行くのだと思っていた。その途中、ルート的にそれはあり得ないと気付いていたが……実際にここに来てみると、その感覚が実感に変わる。
足を踏み入れてしまった。ドアは音もなく、静かに閉まる。
促されるままレイヤはベッドに腰掛けた。隣に座ったサリタの存在が、予想以上に近い。
言いたいことがあった。話をしたかった。でも言葉が出てこない。どう切り出せばいいのか、何を言うべきか。二人は無言で見つめ合った。
レイヤは、再会を待ち望んでいたのはなにも自分だけではなかったのだとサリタの表情から感じ取ることが出来た。お互いに視線を外せないでいた。
沈黙が続く。しかしそれは重苦しいものではなく、どこか心地良く感じられた。お互いに言葉よりも伝わるものがそこにあるような気がした。
「……会いたかった」
その一言が、レイヤの心に詰まった全てを表していた。
サリタもまた、
「私もだよ」
そう微笑みながら優しく言った。その言葉と微笑に、レイヤは胸がいっぱいになるような感覚を覚えた。
その瞬間、どうしようもなくサリタを抱きしめた。サリタもレイヤの背中に腕を回す。抱きとめるように、優しく。
「キス、してもいい……?」
そんな言葉を口にする自分が滑稽に思えた。けれど、今はどうしても、彼女の許しが必要だった。これまでの自分の振る舞いを思えば、サリタに触れることさえ、どこか後ろめたかった。
女性とこうなるのは、慣れた筈だった。生きる為の手段として、幾度となく繰り返してきた。それでも彼女の前では、どうしようもなく脆くなる。経験の厚みでは覆えない――“子ども”のままの彼が、そこにいた。
ただ、キスだけは何故か特別視していた。本当に大切な人と交わすものと、そう信じていた。初めてのそれを、いつか誰か特別な人に捧げようと、密かに決めていた。
……その相手がサリタであれば良いと願っていたものの、それを一度は諦めた。もう一度会えたとしても、彼女とそういった関係になれるとは思いもしなかった。それでもこの瞬間まで、他の誰にもそれを許すことはしなかった。
サリタが自分と同じ気持ちを抱いていると知った今、その思いが胸の奥で震えていた。言葉に出来ない程の感情。サリタは他の誰とも違う、特別な存在だ。この自分が、彼女に触れていいのだろうか? ――それでも、問いかけずにはいられなかった。
「いいよ」
サリタは静かにそう答えた。その声には過去に彼を傷つけた自分への悔恨が滲んでいた。思いがけない答えに、レイヤは僅かに目を見張る。……受け入れてもらえるとは思っていなかったのだ。
あの時の言葉が彼女の中で今も痛みとして残っていることを、彼は知っていた。
それでも――今この瞬間だけは。二人で、赦し合える気がした。
お互いに触れることに、どこか躊躇いがあった。サリタは、過去の罪を意識し過ぎて、彼を男として見ることに躊躇いがあった。
レイヤもまた、彼女を他の女達と同じように扱ってしまうのではないかという、不安を抱えていた。
――そっと目を閉じた。レイヤの顔が近づいてくるのを感じる。
緊張しているの? 微かに吐息が鼻先を擽る。唇に触れるのだと思っていた。でもレイヤは。まるで大切なものに触れるような慎重さで、許しを乞うように頬に口付けをした。
「ん……っ」
思わず声が漏れてしまった。予想していなかった場所に不意打ちを食らったからか。その情けない声が自分でも驚きで。慌てて目を開けると、レイヤもまた驚いたように目を見開き、私を見つめていた。
「そこで本当に、満足なの……?」
少し意地が悪かっただろうか。それでもどこか、自分の期待していたものと違った不満を言葉の端に滲ませずにはいられなかった。
レイヤは暫く黙って私を見つめ、深い呼吸を一度だけつく。何かを決心したように、静かに私に近づいた。
レイヤの手が私の顔を優しく引き寄せる――その瞬間、私の心臓が早鐘のように打ち始めた。
すぐに迷いも無く今度は唇が重なった。
(……レイヤ)
その名を呼ぶ間もなく。彼のキスはぎこちなくも深く、そして強くなった。
やがて解放され、息をするのを許される。離れる彼の顔――瞬間、視線が絡み合う。そこに熱が宿るのを感じた。息が詰まるような感覚を覚える。
彼が私の首筋に顔を埋めた。身体が、無意識に反応してしまう。どうして――こんなことに?
これまで何も感じなかった筈なのに。レイヤが優しく触れる度、身体が跳ねる。
レイヤも私の反応に戸惑っているようだった。どこかぎこちなく、それでも確かめるように、慎重に私に触れる――。
全身が敏感になったように、熱を帯びる。今までの自分ならこんな感覚は絶対に無かった筈。
「……っ、ん、ふ……ぅ……っ」
彼の手が触れるのを辞めると、胸が痛むように切なくなる。そんな切なさがどうにも耐えられなかった。
もっと……。もっと彼に、触れられたい。
熱っぽいレイヤの視線。私をそんな目で見ないで――羞恥、戸惑い、懇願……これが、悦び? 私は乱れるしかなかった。
どうしてこんなことになったのか確かめたかった。でも、それを口にするのが怖かった。
「レイヤ……なに、したの……?」
首を横に振ったレイヤは、私の顔から視線を逸らすことなく、ただ黙っていた。何もしていないと言いたげなその顔に少し安堵する。
本当は……私は気づいていた。今まで何も感じなかったのは、私自身が――
「キスだけで終われなくてごめん」
レイヤが謝るが、私はそんな謝罪を望んではいなかった。だって本当はもっと、その先までも触って欲しかったのだから。
彼の手が太腿を押し広げるようにした瞬間――
「あっ、や、やだ……!」
思いとは裏腹に、反射的に声が出てしまった。拒絶と取ったのか、レイヤはすぐに手を止める。
ただただ、切なかった。あまりに、もどかしかった。その触り方が――。
本当は辞めないでほしかった。
この感覚に少しの恐怖も無いと言えば、嘘になる。これを受け容れ続けてしまえば、自分がどこか、おかしくなってしまいそうで。
それでもこうして彼から与えられる感覚を、手放したくなかった。
私は……レイヤが欲しかった。その温もりを渇望している自分が、はっきりと感じられた。こんな風に思う自分は、欲深いだろうか? ふしだらだろうか? それでも……。
じっとレイヤの目を見つめる。それを催促と捉えたのか、レイヤはまた手を進めた。
「あ、あ、っ、ぁ……」
こんな感覚、知らなかった。レイヤが触れた場所が熱を帯びる。甘く痺れるような感覚が広がっていく。
もっと、もっと――触ってほしい。
レイヤは、何かを抑えているようだった。私を思い遣ってくれているのだろう。でもこの瞬間だけは――本能のまま、私を求めてほしい。
そんな風に、願ってしまった。
あの夜のサリタはこうではなかった。表情はあるものの、ただ事務的で、どこか無機質な印象を与えていた。あの日の彼女は、感情があまりにも無防備に曝け出されることがなかった。
しかし今夜のサリタはまるで違う。僕を見つめる瞳が熱を帯び、そこには明らかな戸惑いと共に、何かを求めるような気配が漂っていた。
それを感じた瞬間、僕の胸の奥に何かが引き寄せられるのが分かった。自分でもどうしようもなく。
サリタの口から出た「やだ」という言葉が耳に届いた途端、僕は過剰に反応してしまった。傷つけたくない……でも、どうしても彼女をもっと知りたかった。それが僕の心の中で激しく交錯して、手が止まらなくなる。
キスだけで終わる筈だった。でも、彼女の反応が予想外過ぎた。
問いかけられたが、僕には何もしていないと答えることしか出来なかった。彼女の様子が変わったのは事実だが、僕はただ、彼女に触れたかった。もっと、彼女のすべてを知りたかった――それだけだった。
腕の中で震えているサリタは、涙目になりながら僕に縋り付いてきた。その無防備な姿が、僕の心を強く掴んで離さなかった。
……ああ、こんなにも愛おしい。彼女を抱きしめるたび、僕の中の何かが暴走しそうになる。
サリタの言葉が耳に届いた。
「しらない、こんなのっ。しら、ない……!」
戸惑いの色を隠せずにいる彼女。その反応が、僕をますます煽る。
僕は、どうしても彼女を傷つけたくなかった。しかしその反応が、僕の中に眠っていた欲望を引き出してしまう。
優しくしようとしても、どうしても抑えきれなかった。彼女の深い部分に触れたくなる。彼女の身体が大きく跳ねる度、僕の胸の中の欲望が膨らんでいくのを感じる。サリタの甘い声が響く度、僕の中の薄っぺらな理性が壊れていくような気がした。
だが心のどこかで、これ以上は進めない方が良いのでは? と考えもする。――が、その考えはすぐに消え去った。
彼女の表情は、まるで僕の中の迷いを肯定しているかのように、次第に熱を帯びていった。
ずっとこうしたかった。あの夜、手を伸ばしても届かなかった思いが、今ここにある。そして、僕はその思いを全て彼女に注ぎたくてたまらなかった。
やがて彼女の中へと沈んでいき、深くで繋がった。サリタが漏らす甘い声と部屋に響く音で、頭の中はいっぱいになった。
止まらなかった、互いに。ひたすら確かめ合っていた。僕たちの感情、そしてサリタの瞳の中に宿る熱、それに引き寄せられるように。
動く度にサリタの声が漏れる。抑えようとしているのか、それとも抑えきれないのか。
「レイヤ……っ、レイヤぁ」
その声は切なく。僕は、身体の奥底から込み上げる締め付けを覚えた。
彼女が名前を呼ぶ度、抑制が音を立てて崩れ落ち、全身に熱が広がっていくのを感じた。
内側で渦巻く欲望は、次第に手に負えなくなり、動きは自然と激しさを増していく。息を呑むような圧倒的な感覚が体中を駆け巡り、もう止められない――その思いが全身を支配していった。
その時サリタは、震える声で僕に告げた。
「すき、すき。すき……っ! すき、レイヤぁ、……んっ」
その言葉は、まるで時間が止まったかのように僕の心を揺さぶった。消え入りそうな声が僕の内側に深く響き渡り、甘い痺れが全身に広がる。すぐにでも果てそうな程の感覚に包まれた。
今僕は彼女を感じ、彼女も僕を感じている――この感覚が、もう二度と戻らないような気がした。
「僕も……っ、好き、だ……サリタ……くっ、ぅ」
その瞬間、溢れ出す感情と共に。僕は全てを捧げるように――何もかもを、彼女の深奥へと注ぎ込んでしまった。
そしてその感覚が広がる中、それは優しい侵略のように、あの夜の最悪な後味が少しずつ塗り替えられていくのを感じた。
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