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違う未来へ
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レイヤは結局戻らなかった。サリタと二人で、どこか遠くへ行ってしまったのだと。
アメリアは彼の婚約者だった。その立場故に、エリスから事実を知らされることとなった。そして彼との婚約は白紙となり。皮肉にも、望まなかった結婚は回避された。
だが、浮かない顔は隠せない。
「どうしたよ。またそんな顔して」
呆れたような声が、昼休みの静けさに混じる。
食堂の一角、アメリアとフィリップは向かい合って昼食を取っていた。
かつてはここにもう一人、レイヤもいた。
「なんだか、まだ慣れなくて」
ぽつりとアメリアは言った。視線は手元のスプーンから離れない。
何を言いたいのか、フィリップにも分かっていた。
「……アイツなら、元気してるさ」
気休めにしかならないだろうか? それでも、フィリップはそう言わずにはいられなかった。
「うん……」
俯いたままアメリアは頷く。口元に小さな笑みを浮かべることもなく。
「伝言だったんだよ、全部」
ぽつりと、また。
「全部、エリスから聞かされて。本人からじゃない……ずるいよね」
その声には怒りも憎しみもなかった。ただ少しだけ、寂しさが滲んでいた。
「まあ……アイツはそういう奴だろ」
フィリップはスープをかき混ぜながら言った。
「限界まで黙っててよ……勝手に全部、抱えちまうタイプ。そういうところ、アイツらしいっちゃらしいけど」
「……知ってた、けどね」
アメリアはスプーンを置き、小さく息を吐いた。
「“おかえり”って、言いたかったな」
その言葉に、フィリップは少しだけ、瞼を伏せた。
「言えなかったな」
「うん、言えなかった」
それきり、二人の間に沈黙が落ちた。
「で? まだ何か悩んでるのか?」
図星だったらしい。アメリアは一瞬だけフィリップを見て、苦笑を浮かべた。
「また違う話が持ち上がったりしたら、どうしようかなって思って」
「……」
「だってレイヤは、最初から乗り気じゃなかったから。でも次の相手はそうじゃないかも知れない」
レイヤには密かに思う相手がいた。しかし次アメリアの元に舞い込む話があった時、相手方が乗り気であったら。
自分は望まないものの、そうなるとトントン拍子で話は進んでしまうだろう。レイヤとの婚約は彼女にとって、皮肉にも「まだマシな選択肢」だったのかも知れない。
「なるほどな……」
フィリップは顎を撫でた後、唐突に言った。
「なら、俺と結婚してみる?」
アメリアは一瞬目を見開いたが、すぐにクスッと笑う。
「なにそれ、あなたと?」
「前にも言っただろ。式の当日、攫ってやるって」
「まさか。覚えてたなんて思わなかった」
「俺、そういうのだけは律儀に覚えてるんだよ」
この軽口は彼なりの気遣いだった。不器用な優しさ――アメリアは、ずっとそう思っていた。
だが本当にそれだけだろうか? その冗談の温度が、今日だけは少し違って聞こえた。
「ふふ……あなたって、ほんと変な人」
「変人扱いかよ。ひでぇな」
アメリアは微笑んだ。心の底からではない。けれど、少しだけ軽くなった笑み。
「案外、あなたとなら。そんなに悪くないかもって」
「……え?」
彼が今度、驚く番だった。冗談で流されるとフィリップは思っていた。しかしアメリアのそれは、彼の言葉を肯定した。
「お、おい。……今の冗談だぞ?」
珍しくフィリップが慌てる。
「知ってる。……でもね、あなたの隣なら、“おかえり”を言える気がしたの」
その言葉に、フィリップは口を閉ざした。
アメリアの視線の真っ直ぐさに、思わず目を逸らす。
「……ほんと、お前には敵わねぇわ」
その声に、どこか照れたような笑いが混じっていた。フィリップはスプーンを口に運ぶふりをして、何でもない風を装う。
けれど、その“自然”の裏にある微かな戸惑いを、アメリアは見逃さなかった。そしてそのまま、ふっと視線を逸らす。次に口を開く時には、もう話題は変わっていた。
「……まあ、レイヤらしいよね」
呟くように、アメリアは言う。
「だな。アイツはサリタさんしか見てなかっただろ」
「言えてる」
二人は目を合わせ、思わず笑う。
「良かったじゃん? 結果オーライ。告白、成功したようなもんだ」
フィリップの言葉でいつかの作戦会議を思い出した。無理にレイヤを焚き付けたあの、三人での作戦会議。彼の告白は失敗したものだと思っていたが。
「そうだね……。時間はかかったけど」
レイヤが学園から姿を消した時、自分たちのせいかも知れないと思った。
探しに行くべきだったのか、待つべきだったのか――迷って、結局は何もしなかった。信じていた、というより、信じるしかなかったのだと思う。
帰ってきたら、「おかえり」と言おうと決めていた。けれど、それすら出来なかった。
でも今、レイヤはサリタと一緒にいる。
それが――彼の見つけた答えで。
それなら、きっと幸せなのだろう……本当に愛する人と一緒なのだから。
アメリアは少しだけ、レイヤを羨ましく思った。自分もいつか、誰かの言いなりでなく……自分で未来を選び取る事が出来るのだろうか。
出来れば良いなと、考えた。
アメリアは彼の婚約者だった。その立場故に、エリスから事実を知らされることとなった。そして彼との婚約は白紙となり。皮肉にも、望まなかった結婚は回避された。
だが、浮かない顔は隠せない。
「どうしたよ。またそんな顔して」
呆れたような声が、昼休みの静けさに混じる。
食堂の一角、アメリアとフィリップは向かい合って昼食を取っていた。
かつてはここにもう一人、レイヤもいた。
「なんだか、まだ慣れなくて」
ぽつりとアメリアは言った。視線は手元のスプーンから離れない。
何を言いたいのか、フィリップにも分かっていた。
「……アイツなら、元気してるさ」
気休めにしかならないだろうか? それでも、フィリップはそう言わずにはいられなかった。
「うん……」
俯いたままアメリアは頷く。口元に小さな笑みを浮かべることもなく。
「伝言だったんだよ、全部」
ぽつりと、また。
「全部、エリスから聞かされて。本人からじゃない……ずるいよね」
その声には怒りも憎しみもなかった。ただ少しだけ、寂しさが滲んでいた。
「まあ……アイツはそういう奴だろ」
フィリップはスープをかき混ぜながら言った。
「限界まで黙っててよ……勝手に全部、抱えちまうタイプ。そういうところ、アイツらしいっちゃらしいけど」
「……知ってた、けどね」
アメリアはスプーンを置き、小さく息を吐いた。
「“おかえり”って、言いたかったな」
その言葉に、フィリップは少しだけ、瞼を伏せた。
「言えなかったな」
「うん、言えなかった」
それきり、二人の間に沈黙が落ちた。
「で? まだ何か悩んでるのか?」
図星だったらしい。アメリアは一瞬だけフィリップを見て、苦笑を浮かべた。
「また違う話が持ち上がったりしたら、どうしようかなって思って」
「……」
「だってレイヤは、最初から乗り気じゃなかったから。でも次の相手はそうじゃないかも知れない」
レイヤには密かに思う相手がいた。しかし次アメリアの元に舞い込む話があった時、相手方が乗り気であったら。
自分は望まないものの、そうなるとトントン拍子で話は進んでしまうだろう。レイヤとの婚約は彼女にとって、皮肉にも「まだマシな選択肢」だったのかも知れない。
「なるほどな……」
フィリップは顎を撫でた後、唐突に言った。
「なら、俺と結婚してみる?」
アメリアは一瞬目を見開いたが、すぐにクスッと笑う。
「なにそれ、あなたと?」
「前にも言っただろ。式の当日、攫ってやるって」
「まさか。覚えてたなんて思わなかった」
「俺、そういうのだけは律儀に覚えてるんだよ」
この軽口は彼なりの気遣いだった。不器用な優しさ――アメリアは、ずっとそう思っていた。
だが本当にそれだけだろうか? その冗談の温度が、今日だけは少し違って聞こえた。
「ふふ……あなたって、ほんと変な人」
「変人扱いかよ。ひでぇな」
アメリアは微笑んだ。心の底からではない。けれど、少しだけ軽くなった笑み。
「案外、あなたとなら。そんなに悪くないかもって」
「……え?」
彼が今度、驚く番だった。冗談で流されるとフィリップは思っていた。しかしアメリアのそれは、彼の言葉を肯定した。
「お、おい。……今の冗談だぞ?」
珍しくフィリップが慌てる。
「知ってる。……でもね、あなたの隣なら、“おかえり”を言える気がしたの」
その言葉に、フィリップは口を閉ざした。
アメリアの視線の真っ直ぐさに、思わず目を逸らす。
「……ほんと、お前には敵わねぇわ」
その声に、どこか照れたような笑いが混じっていた。フィリップはスプーンを口に運ぶふりをして、何でもない風を装う。
けれど、その“自然”の裏にある微かな戸惑いを、アメリアは見逃さなかった。そしてそのまま、ふっと視線を逸らす。次に口を開く時には、もう話題は変わっていた。
「……まあ、レイヤらしいよね」
呟くように、アメリアは言う。
「だな。アイツはサリタさんしか見てなかっただろ」
「言えてる」
二人は目を合わせ、思わず笑う。
「良かったじゃん? 結果オーライ。告白、成功したようなもんだ」
フィリップの言葉でいつかの作戦会議を思い出した。無理にレイヤを焚き付けたあの、三人での作戦会議。彼の告白は失敗したものだと思っていたが。
「そうだね……。時間はかかったけど」
レイヤが学園から姿を消した時、自分たちのせいかも知れないと思った。
探しに行くべきだったのか、待つべきだったのか――迷って、結局は何もしなかった。信じていた、というより、信じるしかなかったのだと思う。
帰ってきたら、「おかえり」と言おうと決めていた。けれど、それすら出来なかった。
でも今、レイヤはサリタと一緒にいる。
それが――彼の見つけた答えで。
それなら、きっと幸せなのだろう……本当に愛する人と一緒なのだから。
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