化け物騎士は元令息の血塗られた手を離さない

コムギ

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14【国王からの書簡】

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 マレクと過ごすようになって、六日目の朝。休暇は今日を入れて残り二日しかない。

 届いた書簡に目を通したバルトルトは、うっかり握り潰すところだった。潰さずに済んだのは、力を込めるすんでで、おのれの置かれた身分を思い出したためだ。王家の印が施された忌々しい手紙は、国王からの呼び出しだった。

『バルトルト・ガドリン騎士団長並びに、恋仲と噂の美少年を城に連れてこい。我が王妃も真実を知りたいと前のめりになっている。この手紙を受け取ったら、すみやかに城に来い。尚、これは王の命令により、拒否権はない』

 大体、そんな具合だった。

 国王の命令に従うのは騎士たるものの使命。

 そうはいっても、“恋仲と噂の美少年”という箇所で引っかかる。たった一度、街に出ただけで、噂になるだろうか。バルトルトとしては、目立ったつもりはなかった(少なくとも本人は疑っていない)。普通に遊びに出かけただけだと思っている。

 あれから四日ほどしか経っていないのに、国王陛下にまで及ぶとは信じがたい。

 それでも実際に、噂話は伝わりに伝わった。世話焼きが好きな王妃にまで届いているとは、気が重い。マレクの素性も判明していない中で、どう立ち回ればいいのか。誤魔化すこともできまい。バルトルトは頭を抱えたくなった。

 とにかく、マレクの耳に入れなければ。

 執事に言ってマレクを呼びつけることもできるが、バルトルトはそれをしない。自分の足で探しに行く。

 簡単に呼びつけるよりもあの姿を自分で探すのが好きだ。声をかけたときに「バルトルト」と呼ばれるのが、どれほど嬉しいことか。

 マレクの部屋の前でノックをせずに、ドアを開けた。

 金色の髪が波打つように輝いて見える。深い海を宿した瞳が一点を眺めていた。

 マレクの視線の先に何が見えるのか気になった。忍び寄って背中越しに目を向けると、木々が立っているだけだ。枝葉にも木立にも小動物の姿はなく、真新しいものは何もない。

 窓の外を見ていた目が、バルトルトに向けられた。

「声ぐらいかけてよ」
「何か考え事をしているように見えてな」

 近づきすぎたことに気づいたのは、マレクが飛び退いたからだ。赤く色づいた目元で睨みつけられても、嫌な気はしない。もっと誰にも見せない表情を見たいと思う。

「考え事はしていたけど、大したことじゃないよ」
「祖国のことか?」

 マレクは頭を振る。「なんだかね」と前置きしたうえで、

「最近、ずっと昔のことを思い出すんだ。兄のことや子供の頃のこと。――実は僕、死の森に捨てられたんだ」

 グロッスラリア王国では「死の森に捨てられた」というのは、冗談話として使われる。後は、親が子に「悪いことをすると死の森に連れて行かれるよ」と因果応報を教えるのに使うくらいだ。

 というのも、死の森に一度入って、出たものはいないとされているからだ。

 死の森は、アラバンド王国の南に位置し、グロッスラリア王国との境に広がっている。

 言い伝えでは、人攫いが“生きていてはいけない子供を連れて行く場所”とされている。

 立ち込めている霧の中に隠され、森の奥まで連れて行かれる。人攫いは短剣だけを与えて、子供たちを試す。生きて森を出られれば自由となるが、森の中で息絶えれば、死んだことも知られぬまま朽ちることになる。

 出られたとしても行き場所はない。元いた場所に戻っても、いずれは違う手段で殺される。

 それでも生きている限り、死臭がした道を歩き続けなければならない。森を出たときのことは、その時に考えればいい。

 聞こえてくる茂みを揺らす音や遠吠えは、魔物が生きた血肉を求めて彷徨っているからだという。血の臭いをさせれば、飢えた魔物が襲いかかってくるだろう。遅かれ早かれ、行き着く場所は死だ。

 そんな言い伝えにより、誰も近寄りたがらない。未開の地となっている。アラバンド側も「死の森」と名付けているのには多少驚いた。

 マレクの告白を受けて、バルトルトは一切、笑わなかった。伝えていいものかと迷った末、慎重に声を絞り出した。

「俺も死の森にいたことがある」

 冗談だと捉えられるかもしれない。しかしバルトルトの場合は冗談ではなかった。

 本当に死の森にいたことがある。記憶が森の奥から始まっていた。

 それまで自分がどんな場所で育ったのかも、どういった両親の間に生まれたのかも、わからなかった。

 森を出るまで、短剣一つで獣と戦い続けた。その経験が剣技の腕にも繋がっている。

「その話をしても、誰も信じないでしょ?」
「だから、誰にも話したことがない」
「僕もだよ。絶対に馬鹿にされるから言わないんだ。でも、僕はバルトルトを信じるよ」

 真っ直ぐな目をして言われると、マレクの話も真実味が帯びてくる。本当に死の森に捨てられたのかもしれない。

 どうにか生き延びて、こうして立っている。

「俺も信じてやる」

 大柄な言い方になったが、心からの言葉だ。

 マレクは丸い瞳の中にバルトルトを映した。何度か瞬きを繰り返した後で、「ありがとう」と口元に笑みを浮かべる。

「僕らって、どちらも生きてちゃいけなかったのかな」
「そうかもな」
「でも、こうして生きてるよ」

 生きて対峙しているのが運命なのかもしれないと、柄にもなく考えてしまう。

 長く見つめ合うと、瞳の奥に吸い込まれそうになる。自分の間抜けな顔が写っているだけなのにも関わらずだ。

 妙な雰囲気になる前に目を逸らした。口を開いたのはマレクの方だった。

「それで、何か用があったんじゃないの?」
「国王陛下からお召しだ。お前と俺とで城に出向き、拝謁する」
「拝謁? 何で?」

 マレクの驚きは最もだった。

 しかし、まさか騎士団長と美少年が恋仲として噂になっているなどとは、口が裂けても言えない。恋愛対象にもならないおじさんと噂になり、屋敷に囲われていると言われて、迷惑でしかないだろう。

 バルトルトがどう伝えたものかと、考えを巡らせていると、マレクは声を上げた。

「もしかして、あれかな? ここの侍女たちに聞いたんだ。僕とバルトルトが恋仲で深い関係ってやつ!」

 せっかく黙っていたのに、マレクは推し量らずに言葉にした。

 羞恥で胸焼けしそうだったが、バルトルトは顔をしかめて耐えた。拷問を耐え抜くより、遥かに苦しい。身体に与えられた痛みなど何ともないのに、見えない傷は対処に困る。

 その表情をどう捉えたのか、マレクは眉尻を下げた。悲しそうな顔をしたように、バルトルトには見えた。

「嫌だよね。英雄と名高い騎士団長が、素性もわからない僕と恋仲なんて」

 当人とすれば、「英雄」と称されるよりかは「化け物」と呼ばれる方がしっくりくる。英雄も裏を返せば、たくさんの命を奪った化け物であるだろう。それが味方であるから「英雄」とされているだけだ。

 皮肉でもなく、ただ無邪気にそう言えるのが、マレクの良さでもある。

「それなら、今ここで、お前の素性を明かせばいい。少なくとも俺には明かすべきではないか?」

 時間を共にする中で、打ち解けてきた気はしている。

 いずれ待っていれば、報告書が届くだろうが、できれば本人の口から語ってほしかった。信頼している証として、国王陛下に会う前に教えてほしい。

「そうだね、それはあるかも。でも、長くなるよ。いいの?」
「時間はある」

 文机の椅子を引いて、腰かけた。

「ちゃんと聞いてくれるんだね」

 マレクはひとしきり笑ってから、窓の外に目を向けた。横顔から笑みが消えた。

「僕の名前はマレク・プローポス。プローポス家は、アラバンド王国で百年続く侯爵家だったんだ」
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