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第63話 ご飯とお風呂と人族の未来

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「さて、そういや俺達はもう晩飯済ませちまったが、アル達は?」
『いえ、私達銀碧狼は別に、数日食べずとも平気……』
「ワォン、ワォン!!」

 ライトとの熱い抱擁をしばし堪能し、十分に気が晴れた様子のレオニスが銀碧狼母子に向かい尋ねる。
 その問いにシーナが答えきる前に、アルが何か食べたそうな顔つきで元気に吠える。

『……………』
「ハハハッ、アルは相変わらず食いしん坊だなぁ」
「レオ兄ちゃん、今から何かアルが好きそうな食べ物、用意できる?」
「おう、任せとけ。可愛いアルのためだ、数日分の食糧使いきってでも何か美味いもん作ってやるぞ」
「レオ兄ちゃん、ありがとう!!」
「ワォワォン!!」

 ライトとアルが喜び、レオニスに礼を言いつつ抱きつきじゃれている。
 まとわりつかれているレオニスは、うざがることなくこれまた楽しそうに屈み込み、一人と一匹をワシャワシャと撫でくり回している。
 一人困り顔なのは、アルの母シーナだけである。

『はぁ……全くもう、この子ときたら……すみませんね、本当に』
「いやいや、気にすんな。俺もライトも、久しぶりにアルに会えて嬉しいんだからさ」
『そう言っていただけると、私も救われます……』

 シーナはため息をつきながらも、楽しそうにじゃれ合う二人と一匹を見て心なしか彼女も少し楽しそうに微笑んだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ほら、アルの大好きなから揚げだぞー」
「ワォンワォン!!」
「アル、良かったね!たくさんお食べ!揚げたてで熱いかもしれないから、気をつけてね!」
「ほら、アルのかーちゃんも良かったら遠慮なく食べてくれ」
「そうそう、アルのお母さんも遠慮しないで食べて!レオ兄ちゃんの作るお料理って、本当に美味しいんだから!」
『……でしたら、いただきます……』

 最初はおずおずと、遠慮がちにから揚げを口にしたシーナだが、一口食べて大きく目を見開いた。

『……あらまぁ、これは本当に美味しいわ……』

 口を手で隠しながら、もくもくとお上品に食べるシーナ。
 シーナにもその味を褒められて、レオニスもライトも顔が綻ぶ。

「食べたいだけ食べてくれ、どんどん追加で揚げていくから」
「ぼくもお皿運ぶのとか、お手伝いするよ!」
「おう、ライトも頼むな。アルとアルのかーちゃんに、目一杯おもてなししないとな」
「うん!!」

 今度こそ困ったり否定したりなどせず、実に美味しそうにから揚げを食べる銀碧狼母子。
 久しぶりの賑やかな食卓に、ライトやレオニスだけでなくその場にいる全員が、とても楽しく嬉しそうな笑みを浮かべる。

「さ、腹が膨れたらしばらく休んで、ライトとアルは風呂に行くんだぞー」
「はーい」
「ワォーン」

 ライト達の横で、晩御飯をたらふく食べて満足げに腹をさすりながら寝そべるアルの姿をシーナが見遣る。

『……………………』
「……アルのかーちゃん、気にすんな。あいつな、うちで飯を食った後はいつもあんなだったぞ?」

 フフッ、と目を閉じ小さな笑みを浮かべながら、シーナの肩をぽんぽん、と軽く叩くレオニス。
 それまでふるふると小刻みに震えていたシーナ、レオニスの気遣いに少しだけ心が和らいだようだ。

『誇り高き銀碧狼の姿とは、とても思えない有り様ですが……』
「そんなことないさ。アルは立派な銀碧狼だ、それにあいつは将来絶対に大物になるぞ。俺が保証する」
『……そうですね。あの子があんなに寛いで無防備な姿を晒すのも、きっと貴方方の前だからこそでしょう』
「ああ、そう言ってもらえると、俺もライトも嬉しいよ」

 レオニスとシーナは、穏やかな様子で会話を交わす。

「さ、じゃあ俺はライト達の風呂の支度してくるか」

 レオニスはそう言いながら、その場を離れていった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「アル、しばらく会わない間にまた身体が大きくなったねぇ」
「ワォーン!」
「こういうお風呂も久しぶりだろうから、今日はよく洗ってあげるね」
「ワォンワォン」
「湯船にもよーく浸かって、身体の芯から温まろうね」
「キャンキャン!」

 まだ人間との会話はできないアルだが、以心伝心の仲で会話がちゃんと通じている。
 氷の洞窟からここまで来るのに、目覚めの湖他いろんなところで寄り道したようだし、それなりに汚れているだろうからとライトも丁寧にアルの身体を洗ってやっている。
 ふわふわの石鹸の泡でライトに優しく洗われるアルも、おとなしくしながら気持ち良さそうにうっとりとしている。

 泡を洗い流した後、ライトとアルが並んで入っても余裕の広さの大きな浴槽に
「ふぃーぃ」「キュゥーンン」
 とそれぞれに安堵のため息をつきながら、湯船に浸かる一人と一匹。

「アル、ぼくね、来月からラグナロッツァのラグーン学園ていう学校に通うことになったんだー」
「クゥン?」
「そうなの、ラグナロッツァってここからすごーく遠いところにあるんだ」
「クゥーン」
「心配ないよ、ぼく、このカタポレンの家から通うから」
「ワォン?」
「でも、昼間は学園に通って勉強するから、今までのようにずっと遊んでばかりじゃいられなくなるけどね」
「キュゥーン……」
「週末の土曜日と日曜日は学園お休みだから、その時にまたぼくと遊んでくれる?」
「ワォン!」
「あっ、でも遊んでばかりじゃなくて、強い冒険者になるための修行もしなくっちゃ」
「アルもいっしょに、ぼくの修行に付き合ってくれる?」
「ワォンワォン!!」
「ありがとう、ぼくも頑張るね!」

 のんびりとした会話を交わす、一人と一匹であった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「レオ兄ちゃん、もうすぐ上がるよー」
「おー、いつでもいいぞー」

 ライトとアルがお風呂に入っている間に、食後の皿洗いや後片付けを済ませていたレオニス。
 再来した『銀碧狼のお風呂上がり担当』の大役を果たすべく、大判のバスタオルやら何やらをいそいそと用意している。
 その横で、シーナが再び申し訳なさそうな顔をしている。

『何だかもう、本当にすみませんね……人の子に、ここまで世話をしてもらうとは……』
「いいんだよ、ライトだってアルと風呂に入るの久しぶりだし」
『人の子の習慣に、銀碧狼たる者がここまで馴染んでしまうのもどうかとは思うのですが……』
「まぁなぁ……本来なら野生の世界で暮らすあんた達に、人間の習慣を覚えさせてしまうのも……本当はあんまり良くないことだってのは、分かってはいるんだが」

 若干バツが悪そうに、顔を伏せながら右手で頭を掻きむしるレオニス。

「まぁでも何百年、いや、もしかしたら千年以上の悠久の時を生きるあんた達だ、一瞬だけの戯れと思ってあの子と接してやってくれるとありがたい」
『……そうですね、人の子の短い命と長い長い命を持つ私達とは、時間の流れからして全く違う者同士。これらが交わることなど、これまでほとんどありませんでした』

 目を伏せがちに、ぽつぽつと語るシーナ。

『ですが…………』
『こんな時間を持つのも、悪くはないかもしれません』

 ライト達との交流を、否定するどころか肯定したシーナ。

『私達からすれば、人の子など脆弱で、すぐに死んでしまう生き物で……』
『例え交流を持ったとしても、私達は必ず人の子に置き去りにされる側ですが―――』
『それでも、珠玉のひと時を過ごしたという思い出は、私達の中で失われることはありません』

 柔らかい笑みを浮かべていたシーナだが、次の瞬間には少しだけ顔を強張らせる。

『ですが、人の子の悪意は時として世界を滅ぼしかねないほどの厄災を生み出します』
『そう、例えば廃都の魔城のような』

 廃都の魔城―――その言葉を聞いた瞬間、レオニスの表情も強張った。

「……ああ、あれは人災なんて生易しいもんじゃない。人の悪意が引き起こした、最悪の災禍と言ってもいい」
『ええ、そうです。あんなことをそうそうやらかしてもらっては、こちらも黙ってはいられません』
「あれは……もちろん俺がやったことではないが、それでも人族の端くれとして謝らせてくれ。人族があんな事態を引き起こしたことを、大変申し訳なく思っている」

 レオニスは、シーナに向かって頭を下げて真摯に謝罪をした。

『いいえ、貴方方が悪いのではないのですから、貴方が謝る必要などないですよ』
『ですが……』
『あのような過ちを、過去幾度となく繰り返してきた人という種族は……どこまでいっても愚物でしかない、そう思うと同時に』
『それを悔いて懺悔する者がいるうちは、人族にもまだ未来があるのではないか。そう思えます』

 シーナはレオニスを真っ直ぐに見据えながら、静かに語る。

『今はただ、見守りましょう。貴方方の行く末を』
「ありがとう。恩に着るよ」

「レオ兄ちゃーん、早くタオルちょうだーい」

 ライトの呼び声で、レオニスはハッとする。

「おう、すまんなーライト、今すぐ行くわー」
「じゃ、アルのかーちゃん、また後でな」

 レオニスは大判のバスタオル数枚を手に持ち、バタバタと急いで風呂場に駆けつけていく。
 シーナはその後ろ姿を、優しい眼差しで見つめていた。




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 アルのお風呂上がりのお世話は、相変わらずレオニス担当のようです。
 ま、レオニスの場合『生きたドライヤー』みたいなもんですし、当然といえば当然の流れかもしれません。
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