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第119話 目に見えない報酬

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 目が覚めたばかりのマキシに、今すぐにあれこれ問い質すのも酷だろう、ということで事情は後日聞くことになった。
 ラウルも積もる話があるだろうから、と寝室にはラウルとマキシだけにして、他の面々は部屋を退出して一階の応接間に移動する。
 いつもならお茶はラウルが用意をしてくれるが、今回はラウル不在なのでライトとフェネセンがお茶の用意をすることにした。

「八咫烏の穢れが無事祓えて、本当に良かった!」
「ええ、私達も頑張って魔導具を作った甲斐があったわ」
「カイ姉達もありがとう。なかなかに難しい注文だったろう?」
「本ッ当ーーーにね。開閉式の足輪なんて、初めて作ったわよ」
「でも、カイにゃん達なら完璧に作れるって、吾輩信じてたよ?」
「まぁね。今回は私達も良い勉強になったわ」

 ライトとフェネセンが淹れたお茶を、皆で啜りながらほっと一息つく。
 ラウルの絶品おやつがないのが残念だが、久しぶりの親友との再会を中断させるほどライト達も野暮ではない。

「ところでカイ姉。今回の魔導具製作の報酬の件だが」
「ああ、そのことなら一応フェネセン閣下から聞いてはいるわよ?」
「最初の話では、持ち込んだヒヒイロカネの余剰分を全て譲るって話だったが」

 ここでレオニスは、改めて今回の魔導具製作依頼に対する報酬の話を切り出した。ラウルがいる場でこの話をすると絶対にラウルが恐縮するので、レオニスもなかなか切り出せずにいたのだ。
 故に、ラウル不在の今が最も話しやすい絶好の機会だった。

「ええ、それでOKよ?」

 レオニスの確認に対し、アイギスの経理担当であるメイが即刻了承の返事をした。

「いいのか?かなりしっかりした作りだったし、ほとんど余ってないんじゃないか?」
「いいえ、全然問題ないわ。何てったってあーた、ヒヒイロカネですもの!」
「そ、そうか?」
「ええ!あれだけ貰えたら、そりゃもう黒字も黒字の真っ黒黒々御の字よ!」
「お、おう、それなら良いが……」

 聞くところによると、ヒヒイロカネという金属の稀少性はライト達が思うよりもはるかに高いらしく、小指の爪の先ほどの小粒でも50万Gは下らないらしい。
 カイの双眸がキラッキラの『G』になっているところを見ると、それなりの量が彼女達の手元に残ったのだろう。
 もちろん仕事での手抜きなどは一切していないし、依頼品を完璧に作り上げた上での話であることは言うまでもない。

「それに、さっきも言ったけど。今回のあの足輪作りは、本当に良い勉強になったのよ」
「そうそう、円環状のものに開閉式の仕掛けをつけて自由に開け閉めできる作りなんて、今まで考えもしなかったことよ?」
「新しい技術や斬新な発想、そういった無形のものこそお金には代えられない財産ですものね」

 メイの言葉に、セイやカイも同意する。

「それより、レオの方こそいいの?ヒヒイロカネの現物報酬なんて、私達にとっては破格の条件だけどレオには大損じゃない?」
「そうねぇ。私達はヒヒイロカネを貰えてありがたいけど、レオちゃんが大損するならそのまま受け取る訳にはいかないわ」
「ん?そんなことはないさ。カイ姉達は完璧に仕事をこなしてくれた、そのおかげで今日の穢れの祓いも成功したんだし。それに何より―――」
「……何より?」

 話の途中でふと言葉が止まったレオニスを、アイギス三姉妹はじっと見つめた。

「ラウルの親友である八咫烏のマキシを、救うことができた」
「そのことにより、ラウルもまた救われた」
「それは巡り廻って、この俺もまた救われる」
「俺には、その事実さえあればいい」

 目を伏せながら、静かに語るレオニス。
 自分の大事な仲間であるラウル。そのラウルが大事に思う友を、皆の手で救うことができた。
 そのことを、レオニスはただただ喜んでいた。

 レオニスと同じディーノ村の孤児院で育ったアイギス三姉妹には、レオニスの心の内が痛いほどよく分かる。
 しばし無言が続いた後、カイがレオニスの頭を優しく撫でた。

 レオニスは照れ臭そうに、だが同時に『大好きなお姉さんに褒めてもらえた弟』のように嬉しそうに、静かに微笑んでいた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 アイギス三姉妹が帰り、応接間には見送りを済ませたライトとレオニス、フェネセンの三人が再び集っていた。
 三人は、今後どうするかを話し合う。

「レオ兄ちゃん、マキシの穢れの祓いが成功した後の、これからはどうするの?」
「んー、そうだなぁ……マキシもまだしばらくは静養が必要だろうな。フェネセン、話を聞いたり足輪を段階的に外していくリハビリはいつ頃から始めればいい?」
「魔力量の調整は、吾輩が毎日観察するとして。話を聞くのは三日後くらいでいいんじゃないかな?ずっとベッドで寝たまま安静ってのも、それはそれで暇すぎるだろうし。リハビリは……吾輩ちょっと考えたいことがあるから、そこら辺は吾輩に任せてくれるかな?」
「そうか、分かった。マキシに話を聞くのは三日後で、リハビリの日程はフェネセンに一任しよう」

 ここでライトは、ふと思う。

「八咫烏って、ぼく達と同じようなご飯を食べたりするのかな?」
「八咫烏は神格の高い霊鳥だから、魔力さえあれば基本的には何も食べなくとも平気なはずだがな」
「そうなの?ラウルの美味しいご飯を食べれば、もっと早く元気になるかなぁ、と思ったんだけど……」
「あの八咫烏が何歳かは知らんが、ラウルの親友ってくらいだから多分100歳は超えてて、人化の術も使えるだろうけどな……って、今まで穢れのせいで魔力ほとんどなかったんだっけか、人化できるかどうかは聞いてみなきゃ分からんな」

 レオニスの口から、さらっととんでもない初耳話が飛び出してきた。

「えッ、ラウルって100歳超えてんの!?」
「そりゃお前、あいつ妖精だもんよ。まぁ妖精族の100歳なんて、まだまだ小僧若造の範疇らしいがな」
「……おい、誰が小僧若造だって?」

 ちょうどいいタイミング?で、ラウルが応接間に入ってきた。

「おう、ラウル。マキシの方はいいのか?」
「ああ、さっきまた寝ついたところだ。ずっと眠りについていたとはいえ、普通の睡眠とは違う質のもんだからな」
「そうか、ご苦労さん」

 レオニスがラウルに労いの言葉をかける。
 ラウルは改めて三人に向かって、背筋を伸ばしてから頭を深く下げた。

「レオニス、フェネセン、ライト。今回のことは、いくら感謝してもしきれない。俺の友、マキシを救ってくれて本当にありがとう」
「おう、お前の友は俺の友だ。友なら手助けして当然だ、気にするな」
「そうだよーぅ、ラウルっち師匠には吾輩いっつも美味しいご飯作ってもらったり、今は作り方も教えてもらってるからね!ほんのちょびっとだけ、恩返しになった、かな?」
「ぼくなんて、何にもしてないよ?でも、レオ兄ちゃんと同じで、ラウルの友達ならぼくにとっても友達だからね。皆のお手伝いするのは当たり前だよ!」

 ラウルに礼を言われた三人は、それぞれが当然である、と答えた。

「皆、本当に……ありがとう……俺は―――いや、俺もマキシも、果報者だな」

 ラウルの目に再び涙が滲む。
 感慨に浸るラウルに、フェネセンが明るく声をかける。

「そしたらさぁ、ラウルっち師匠。今からでも御苦労目のお茶しなぁい?お茶請けはもちろん、ラウルっち師匠の絶品スイーツがいいなッ!」
「「「…………」」」
「あのね?吾輩ね、今日はね、ホンットに久ッしぶりに、真面ッ目に真ッ摯に、懸ッ命に山ッ盛り、そりゃもうたッッッ……くさん働いたのよ?イヤマヂデ」
「だからね?そのご褒美を、ちょこーっとだけ、今欲しいのよ。でもって、使い果たした糖分補給もしたいのよ」
「それら全部を一気にまとめて解決し得る、美味しいスイーツを希望するものなりなのよッ!」

 今にも床に寝転がって、手足をジタバタさせそうな勢いのフェネセン。
 確かに今日一番働いたのは、間違いなく穢れを祓う術を行使したフェネセンであろう。

「しゃあないな。すぐに用意するから、ちょっと待ってろ」

 苦笑しながら、厨房に向かうラウル。
 そこにレオニスが、フェネセンに向かって追い打ちをかける。

「おい、フェネセン。お前、ラウルの料理の弟子だろう。師匠にだけ用意させていいのか?」
「え、ダメ?」
「そりゃダメだろう。弟子の名折れってもんだぞ?ほれ、さっさと師匠を追いかけな」
「うひーん、吾輩自分のご褒美貰うのにも追加で働かねばならぬの?ううぅ……」

 何気にフェネセンには厳しいレオニス。
 だが、世に名高き大魔導師フェネセンにここまで物を言えるのは、本当に数少ないごく一部の人物のみである。
 甘やかしたり媚び諂うだけでなく、時には厳しく接してやる者も必要なのだ。
 でなければ、フェネセンは『孤高のカリスマ』という名の孤独な人になってしまうのだから。

 レオニスに厳しいことを言われて、しおしおと萎れるフェネセンにライトがススススー、と近寄りそっと言葉をかける。

「……ねぇ、フェネぴょん」
「ふぇぇ……ン?ライトきゅん、なぁに?」
「師匠を慕い、寄り添う弟子ってさぁ。弟子を労る師匠と同じくらい、素敵でカッコイイ存在だと思わない?」

『素敵』『カッコイイ』
 ↑如何にもフェネセンが好きそうな言葉を、フェネセンの耳元で囁くライト。
 ライトの甘い囁きに、萎れていたフェネセンの顔つきが俄然輝きだす。

「え?素敵でカッコイイ?……うん、吾輩カッコイイの、大好き!素敵カッコイイ弟子になりたい!」
「そうだよ、フェネぴょんには素敵カッコイイ姿が一番似合うよ!」
「ぃよッしゃー!ぃぇーぃ!ラウルっち師匠ー、この不肖フェネぴょん、今すぐお傍に行きマッスルぅー!」

 ライトにおだてられて、コロッと機嫌良く厨房に向かってバビュン!と走り出すフェネセン。
 その後ろ姿を、軽く手を振りつつにこやかに見送るライトを、レオニスは驚愕の眼差しで見つめていた。

「ライト……何て恐ろしい子……ッ……!」

 ラグナロッツァの屋敷に、束の間の平和が戻ってきた瞬間だった。




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 今回マキシの足に着けるためのような、ギミック式の開閉できる指輪というのは実在します。『指輪 開閉式』で検索するといくつか出てきます。

 作者的には、作中の足輪は蝶番のついた開閉式のものが理想的なモデルですね。当然リアルでもオーダーメイドになるようですが。

 つか、手錠も似たようなギミックですが、さすがに手錠をモデルにするのはちとイメージ悪くて憚られる……ということでボツになりました。
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