トリプティック

岡田泰紀

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トリプティック 15

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どちらがそれを促した訳でもなく、巴と佐藤は翌日から何もなかったかのように仕事に従事した。

巴には、それが胸に突かれたナイフのように、何かを考えてしまったらどんどん深く刺さっていくような辛さを伴うものだった。
同時に、佐藤も同じ気持ちではないかと想ったりもする。
あの男は、私に何かを伝えなくてはいけない躊躇いに揺れていて、私はそれに耐えられるか不安の戸惑いに揺れている。

佐藤が異性に対してどのような恋愛感情を持つ男なのか、巴はわかっていた気がしていただけだった。
感受性と恋愛感情、それは近ければインセンティブにはなるだろう。
しかし、決してイコールになることはない。

私は佐藤が好きなのだと、巴は初めて明確に自身に認めた。
恋愛感情を認めるのが怖くて、それは(どんな理由があるのかは定かではないけど)きっと佐藤も同じで、なんだかいい感じのまま月日を浪費してきたのだ。
二人は拙い感情を玩ぶ、大人になりきれない魂の蛹だった。

居心地のいいそのぬるま湯の中でまどろんで、二人は服の上から愛撫を重ねるようなまどろっこしい感情を乗り越えることができない。
わかっているのだ。
二人とも、本当はわかりきっているのだ。

仕事を終えて事務所を後にする巴は、一人の部屋に帰る自信がなかったが、だからといって行く場所もなければ、頼るべき友人もいない。
学生時代の友人とは疎遠になっていた。
巴には、佐藤さえいれば良かったからだ。

その頼るべき相手が、自分の心を侵食している。
白蟻に喰われる枯れた幹のような心持ちで、巴はうだるような8月の街に放り出された。

スマホを手にして、連絡先を眺めた。
そしてある人物の名前を何度も押そうと迷い、その人物に頼ろうとする自分を例外なく恥じた。
それは絶対的に禁じ手だった。

静が引いたトリガーは、ちっぽけな巴を打ち砕くには十分だったのだ。
何も語りはしなかったにもかかわらず、何ひとつとして理解を共有できない姉は妹を捕捉している。

これは、私に仕掛けられた宣戦布告だ。
なぜ?
その答は、今不用意な迷いを誘発した連絡先にある。

巴は初めて、今日まで自分が封印していた過去がフラッシュバックした。
自分自身が封印していることすら気付いていなかった、その曖昧で際どかった交感や関係性を、でもきっと危険を感じたから距離を置いたに違いない。
私たちは歪で、それと見てわからない姿で家族であり続けて、姉はそれをずっと認めがたかったのではないのか。

私と姉が不適切な関係だったのではない。

不適切だったのは、私と父なのだ。

彼女はきっとそう思っている。
そしてもっと耐え難いのは、今私は後悔しているという現実だ。

巴はほうほうの体で部屋の前まで帰ってきたが、もう自分は耐えられないと思った。
踵を返すと、猛然と今来た道を戻り地下鉄に滑り込んだ。
全身から汗が滲み、感情が身体と同じだけ放熱した。
震える手で佐藤にメッセージを送った。

「今から会社に戻る。私は話したいことがある。輝君は私に話すべきことをはっきり言って」

「もう逃げられないから」

誰から?

私から?

いや、私も、逃げられないのだ。
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