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トリプティック 16
しおりを挟む事務所の階段を駆け上がり、「環境DIV.」の部屋のドアを開ける。
まだ20時前のフロアには数人のスタッフが就業していた。
いきなりドアを開けて入ってきた巴に、全員の視線が向かう。
そんか視線に耐えられはしない癖に、突発的で刹那な巴は、自分の視線の先にとらえた佐藤を真っ直ぐに見つめた。
「じゃあ、ミーティングルームに」
佐藤は顔色を変えずに、さも打ち合わせの如く席を立った。
本当は取り繕って平気な様子でいるのか、その表情から巴は本心を読み取ることはできない。
なんでこんな顛末になってしまうのだろうか。
なんで、人を好きになっただけで、こんな退っ引きならない事態に陥ってしまうのだろうか。
普通じゃダメなのか?
何が普通なんだろう…
ミーティングルームは、A1の図面が広げられるように大きめのスクエアなテーブルが4台あり、十字に置かれたパーティションで仕切られた大部屋だった。
その時間に他に使用者はおらず、巴を促して佐藤は窓際の一角に席を取った。
アリバイのために資料ファイルを携えてきた佐藤は、やはり何を考えているのかわからない。
「ねぇ、私に話したいことあるんでしょ?
私、もう耐えられないよ」
テーブルに対面に座ると、心持ち距離がある。
その距離が現実のものなのか、心の距離なのか、きっとそんなことを測りにきたのだ。
巴はそんなことを思った。
佐藤は少し顔を歪ませて、巴から顔を反らした。
そんな苦しげな表情を見るのは初めてだった。
「言いたいことは山ほどある」
佐藤は巴に向き直して、小さく確かな声でそう言った。
「巴、お前は俺をどう思っている?」
この男はずるいなと巴は思った。
男らしくない。
男らしくない。
でも、男らしい男が自分は苦手ではないか。
じゃあ私は女らしいのか?
女として、意識してもらっているのか?
「きっと、輝君が私を思っている気持ちと同じだと、私は思っている。
違ってるならそれでいい。
私は、輝君と一緒で…一緒にいるみたいな、なんかそんな他愛もなくて柔らかな瞬間に浸っていたかった」
佐藤はしばらく黙って巴を見つめていた。
やおら席を立つと、「巴、何を飲む?」と聞いた。
やっぱり男らしくないなと巴は佐藤を見上げた。
「あなたと同じものを。
それが何だって今の私にはかまわないわ」
…
ああ、そんなんじゃないわ。
「あんたが好きなの!
わかってるんでしょ。私の気持ち」
そう言うと、自分でもどうしてそうしたのかわからないけど、テーブルを立ち佐藤の左腕を掴んだ。
佐藤は、巴が掴んだ手をやさしく右手で包んだ。
「どんな感じがいい?
どんな風にされたい?
巴は…」
佐藤はそう言ったが、巴を抱き締めようともしない。
言葉の意味もわからず、それでも距離を詰めようとしない男の気持ちを考えたら、自ずと答えは出ているようなものだ。
ああ、私はダメなんだ。
女なんて弱いものよ
水みたいに…
「俺も同じだった…」
佐藤は突然そう口にした。
同じだった。だった。
それは、もう過去だったということなのか。
「じゃあ、今は?」
巴は、それはもう精一杯の言葉だった。
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