トリプティック

岡田泰紀

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トリプティック 17

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「トリプティック」第17話

「場所を変えて話そう。片付けてくるからここで待ってて」

佐藤は巴の肩を軽く触れ、ファイルを持って部屋に戻った。

ミーティングルームで待つ間、この時間は一体何なのだと巴は思った。

「同じだった」、のだ。
今は違うのだ。
それを聞く必要など本当は無いのに、人は誰もが変えられぬ結果の理由を知りたがる。
理由を知っても「覆水盆に返らず」とわかっていながら。
人とはどれだけ間抜けな存在なのだろう。
女はどれだけみじめな存在なのだろうか。

いや、女じゃない。
私だ。

賑わいを取り戻しつつある街の喧騒に紛れ、巴は佐藤の横に並んで歩いた。
夜でも汗が滲む蒸し暑い名古屋の大気をまとい、巴は強引に佐藤の腕に通した腕で手を組んだ。

「どんな話を聞かせてくれるかわからないけど、恋人のふりをするぐらいはタダでしょ?」

佐藤は巴を振り返り、微笑んで組んだ手を離し巴の頭を撫でた。
巴は佐藤の柔らかくやさしい愛撫をまかせるままにした。

「いい娘にしてたら気持ちが変わるの?」

佐藤は何も答えなかった。

会社から10分ほど歩いたところにダイニングバーがあった。
社のスタッフが時折使う店で、巴もスタッフと共に何度も訪れたことがある。
佐藤はそこに入ろうとして、巴は慌てた。

「ねえ輝君、そこはまずいよ」

「多分誰もいないよ。いたって構わない」

佐藤の行動に巴は戸惑った。
私たちは付き合うことが無理なんじゃないのか。
そんな二人を社の人間が見たら「やっぱり」と思うだろう。
どうにも説明つかない関係になるかもしれないのに誤解されたくはないではないか。
この男は、何を考えているのだろう。

しかし、強く止めることもせず巴は佐藤の後に続いた。

「Bacchus」という店はよくあるイタリア風味がベースの洋風居酒屋のテイストで、酒が充実した店だった。
いつも繁盛していて、運良く予約もない二人は席に着くことができた。
もう一つ運が良かったのは、社のスタッフがいなかったことか。

佐藤は生でなく中瓶を頼み、巴はレッドアイをオーダーした。
「お疲れさま」
二人はグラスを合わせ乾杯する。

「俺は、巴が好きだった」
やおら話し出す佐藤に、巴は少し身体が固くなった。

「いや、今でも好きなんだよ。
でも、そうじゃないんだ」

この男は一体何を言っているのだろう?

「田村さん、覚えてる?」

田村は半年前に退社した会社の中堅スタッフで、次世代のホープと目されていた男だった。
人当たりが良く、やさしいながらも粘り強いネゴシエイターでもあり、クライアント、社のスタッフ、協力企業の誰からも絶大の信頼を寄せられるナイスパーソンであった。

田村の退社は2年前から伸ばし伸ばしになっていた。
佐藤がコンバートされてしまったテキスタランドマークのプロジェクトの中心スタッフだった田村は、設計事務所として独立する意向を所長に伝えていたが、プロジェクトの切りがつくまで慰留されていた。
結局、まだグランドデザインが完了する前に退社することとなり、会社は田村の後に社のナンバー2をあてがわざるを得なくなり、そのあおりで佐藤はスタッフ不足を補うためテキスタランドマークのプロジェクトから外れることになったのだった。

「テキスタランドマークの事業は困難を極めた」

佐藤は手酌でビールを注ぎながら、静かに続けた。

「東明都市計画舎の過去最大の案件だ。
どう考えてもこれを纏めるのは至難の技で、でも田村さんはそんなことを尾首にも出さずみんなを引っ張っていった。

最高のリーダーだった」

「俺はJVの担当企業との折衝役で、元々デザイン担当の自分がそんな仕事をするのは初めてだった。
全てがきつかった。
辞めたくなった。

でもそんな俺をいつも全力でフォローしてくれたのが田村さをだったんだ。
自分の仕事ですら本当にままならない状況だった筈なのに」

巴はじっと聞いていた。
私たちと田村さんの間に何があるのか。
短かからぬ付き合いの中で今まで一度も話さなかった佐藤の気持ちが明かされることに、巴の感情は蝋燭の炎のように頼りなく揺れていった。
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