トリプティック

岡田泰紀

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トリプテイック 24

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インターホンが鳴った時、巴にはそれが誰か確認する必要もなかった。

「はい」

「大丈夫か?」
エントランスホールの小さなカメラ画面越しの佐藤の表情はわからない。

「仮病の女を見舞いなさい」
巴はそう言い捨てるとロックを解除した。
それほど間を置くこと無く、玄関のドアホンが鳴る。

「開いてるわ」

ドアを引いた佐藤の前には、下着姿の巴があった。
佐藤は言葉を無くして立ち尽くした。
巴の足下には脱ぎ捨てた部屋着がだらしなくその姿を晒している。

「何もしないわ。
もっとも、あなたが何かをするかどうかまでは私の意中にはないけど。

上がったら?」

鮮やかな青色のブラとショーツの残像は、佐藤の脳裏にハレーションを巻き起こし、それはこれからの時間の過酷さを暗示させた。

「好きだった女のしどけない姿を見る気分はいかがかしら?」

巴の目は据わっている。
佐藤は努めて平静を装おうとしたが、それを全うしてこの部屋を後にできるかはまるでわからない。
どちらを選んでも、その先の芽が咲くとは到底思えないし、どちらを選んでも蛇の道だ。
それを、この女は知っている。

「先ずは謝りに来た。巴を傷付けたことを」
佐藤はうなだれて巴に頭を下げた。
「巴、ごめん。それしか言いようがない。
全部俺が悪い」

「ここに座って」
巴はソファーの前に立ち、小さな声で佐藤に言った。
佐藤は断ることもできず、言われた通りソファーに腰掛けた。

かつて二人がいい感じだった時、でもそれは友達以上恋愛未満の体で、お互いがその共犯者として幾度となくこの部屋で過ごした。
抱き締めることも手を繋ぐこともなく、勿論唇を重ねることもなく、それでも二人にとってはかけがえのない時間だった。
佐藤が他の対象への感情を自分自身に隠し、巴が家族の呪縛から恋愛を遠ざけたことに無自覚なまま、それは同時に進行して浸食されてしまった。
偶然なのか必然なのか、若しくは運命の悪戯なのか、それは二人にはわからない。

巴は佐藤の隣に座ると、佐藤の手を握った。

「私、言いたいことがあるの」

「うまく言えないけど、若い頃、それは10代の時で、私は多感で好奇心の塊だった。
ちょっと普通の女の子なら戸惑うようなあやういものに惹かれる少女で、だから輝君はその残像を引きずる私に興味を惹かれて、私はそんな好奇心をくすぐる輝君に惹かれた。
きっと偶然だったんだ。
でも人を惑わす偶然って、人生にはほとんど起こらない。
だから私は、その偶然に溺れたかった」

「でも、そんな感性を私に植え付けたのは、私のお父さん。

そのお父さんはきっと、私を自分の感性に合うように飼育して、私を思い通りにしようとした。
私はそれに気付いて、お父さんの手に墜ちる前に逃げ出した。
それから異性と普通の恋愛関係になることが難しくなった。

お姉ちゃんがね、それを知らしめたのよ。
私が自分の心に閉じ込めていた忘れたい過去の扉を開けようと…
父親を独り占めして家族を蔑ろにしようとした妹のことを、あの人はきっと忘れはしなかったんだ。

私は姉に、そして自分自身に、最後に輝君に復讐された」

佐藤は巴が握った手に、左手を重ねて包んだ。

「男なら、こんな時どうするの?

男が好きだとしても、あなたみたいな狡い男は男のままなのよ…」

巴の言葉を最後まで聞くこともなく、佐藤は巴の頬に手を回して唇を吸った。

それ以外、他にできることなど在るはずもない。
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