アンチ・リアル

岡田泰紀

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アンチ・リアル 29

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「アンチ・リアル」  29

型枠の脱型が終わり、平面上は真四角の、露になったコンクリートむき出しの藤田邸の外見を見渡しながら、日出郎は型枠材やら鉄筋が片付かない敷地に突っ立ている。

台風が過ぎた翌日、蝉の鳴き声を耳に飼い慣らし、流れる汗を拭いもせず、心ここに在らずとはこんな感じだろうか。

自宅に出向いた時以外、藤田とのやり取りは全くない。
建築家でありながら-それも、名古屋で最も名が知れた注文住宅の設計士の一人だった-一度として現場に足を運ぶことがない、その理解し難い対応の全てに、不吉な感情を覚えずにはいられなかった。

意味不明な文言に充ちた手描きの図面。
世の和洋を問わずあり得ない居室の意匠。
設計士の施主でありながら質疑に一切応じず、なげやりに全てを施工者に投げたまま、会えば変質者としか考えられない放言で愚弄する態度。

狂っている…
いや、狂っている風を装った、正気を極めた末の暴走なのだろうか?

日出郎が知っていた藤田明人は、そこに微塵も存在していなかった。

物腰が柔らかく、傲ったところも一切ないジェントルな初老の建築家。
ポストモダンな静謐なデザインながら、決して冷たくないその建築。

個人名義となり人格が豹変した最後の設計でも、フランク・ロイド・ライトを現代に再生するような正統な姿に立ち返り、微に入り細を穿つような異常さでこだわり抜いた姿。

漆喰、レンガタイルでアクセントされた壁面、そして、天井、床、建具から家具に至るまで溢れんばかりに使用されたオークの無垢材。
その美しかった室内は、ここには存在しない。

代わりにやってきたのは、狂い咲きした変態パンク野郎だ。

世界の全てを拒むような、むき出しのコンクリートと、便器だけの墓場だ。
子飼いの小姓と尻遊びを楽しむ失楽園って訳か?
俺がゲイでも、あんな場所でエレクトなんてできる気はしないと、日出郎は思う。

隣で、山盛はタバコを投げ捨てた。

「現場でポイ捨てしてんじゃねえよ。
大体、現場が汚なすぎだ。きちんと型枠大工に片付けをさせろ。

出来なきゃお前がやれ」

日出郎は山盛を見てるだけで苛々してくる自分に、さらに苛々する。
いい加減な男はぐちぐち言い訳を垂れながら、日出郎の剣幕にいやいや片付けの真似事をする。

外部の脱型は終わったが、中の天井のスラブ(躯体)を支えるジャッキはまだ外していない。
竹藪のようにジャッキが乱立した屋内は、アリバイのために設けられたはきだしのサッシュの開口部からの光を受け、人工的な美しさを見せていた。
しかしそれも、わずかな一時に過ぎない。

建築検査が終わったら、サッシュは撤去され、開口部は打ち放しで塞がれる。
建築家が自らの手を汚して違法建築を手掛ける。
自分の家で。

光を閉ざしたこの屋敷は、この世の極北なのだ。
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