蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

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我が愛しの猟犬

2.

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(鷺沼はともかく。骨董馬鹿で人間の女に無関心な石川が、一色さんのことは気に入って、旅行にまで連れだしてやるくらいだ。いい子なんだろうけど、白けるよなー)
 一回り近く年下の相手に大人げないと思いつつ、溜息を呑み込んだ。

「ま、その話もいいや。そもそも、休みの日まで石川の面倒は見たくねえし」

 冗談めかして、また会話を誘導していく。

「本題に入るか。異能者が関わってくるイレギュラーな案件だって、言ったよな?」
「はい」

 後輩が頷いた。

「丹塗矢家のご当主が、捜索に同行することになっています」
「丹塗矢家?」
「以前、九雀先輩がお会いになられた三輪辰史氏の従兄にあたる方ですね。京都から緒田原家に挨拶へいらしていて、問題の犬が逃げ出す現場に居合わせたそうです」
「資料はあるか?」
「はい」
「俺の携帯に送ってくれ。確認したい」
「承知しました」

 通話が切れる。
 すぐに、メールでファイルが送られてきた。

「これはまた、見るからにお堅そうな男だな」

 三輪一族の中でももっとも本家筋に近い、丹塗矢家の長男。
 国内における評価は本家筋である三輪家の長男よりも高く、前当主の早すぎる隠居を受けて、二十代のうちに家督を継いだ。正義感が強く、礼節を重んじる生真面目な人物。本家当主からの信頼も厚く、いくつかの仕事も任されている。
 ――と、ある。
 人物評にざっと目を通して第一に感じたのは、あの後輩と気が合いそうだということだった。異能者としての経歴も申し分なく、身元も保証されている。

「俺が出張る必要はなさそうだが……」

 ほとんど思案せず、律華に電話を掛け直した。

「真田、俺だ。資料に目を通した」
「……問題はなさそうですか、先輩」

 訊き返してくる声には、微かな不安がある。

「分かりやすい後輩ちゃんだ」

 九雀は思わず口に出して、少しだけ笑った。

「経歴が立派すぎるな。お前一人に任せるのは、ちと酷だ。俺も付き合うよ」
「よろしいんですか? せっかくの非番なのに……」
「どうせ他に予定もねえし、後輩の世話を焼くのも趣味のうちだ。ま、ワーカホリックってやつだな。俺くらいの歳だと珍しくねえだろ。仕事に対する責任ってやつもある」

 我ながら、どの口でそれを言うのかと思いつつ――

「相手とは、何時にどこで会うことになっている?」

 長く話し込んでしまったことに気付いて、訊ねる。

「十三時に皇明館大学へ迎えに行くことになっています」
「分かった。これから三十分で支度するから俺のアパートに回ってくれ。丹塗矢家のご当主サマと合流する前に、どこかで早めの昼飯を食っていこう。異能ペットとやらについても聞かせてもらう必要があるし……」
「承知しました。三十分後に迎えに上がります!」
「ああ、頼む」
「はい! では、失礼します」

 返事とともに通話が切れた。

「さて、俺も支度するかね」

 一つ伸びをして、寒々としたベッドから起き上がる。

「ワーカホリックか。我ながら、適当なこと言うよな。まったく。別に、仕事はしたかねえんだけどさ。こういうの、なんて言うんだろうな」

 苦笑いしつつ、十五分でシャワーを浴び、十分で身支度を済ませた。
 律華が五分前に到着するところまで想定して、二十五分。玄関を出て鍵を掛けたところで、到着したと連絡が入る――ぴったりのタイミングだ。
 階段を降りて駐車場へ向かうと、車の外で待つ後輩の姿があった。

「先輩、おはようございます!」

 いつもの敬礼。
 小ぶりな尻のあたりに、ちぎれんばかりに振られる尻尾が見えるようだ。

「ああ、おはよ」

 小さく笑いながら、九雀は助手席に乗り込んだ。それを見届けて、律華が運転席に着く。慣れた手つきでエンジンを掛け、車を発進させる。

「食事を先にとのお話でしたが、どこにしましょう」
「そうだな。皇明館大学の近くにカフェがあったはずだ。飯はうまかったが、店員の制服がいまいちなんだよな。スカートの丈が野暮ったいというか」

 つい、余計なことまで愚痴ってしまう。
 律華は律儀に相槌を打った.

「なるほど。確かにスカート丈は長すぎない方が、いざというときに動きやすいですからね。そういう意味では自分はパンツスーツ推奨ですが、ウェイトレスだと難しいですか」
「毎回訊くが、皮肉じゃねえんだよな。それ?」
「皮肉? なんの話でしょう?」

 と――返ってくるのは分かっているのだが、つい訊かずにはいられない。
 後輩は一度だけ不思議そうに瞬きをすると、皇明館大学の方角へハンドルを切った。

 ****

「オムライス一つ、トマトリゾット一つ、お持ちいたしました~」

 若い給仕が、そう言ってテーブルの上に料理を置いていった。

「先輩、リゾットだけで足りますか?」

 使い捨てのおしぼりを開封しながら、律華が訊ねてくる。

「いや、まあ朝飯も遅かったからな。休みだったし――」

 答えながら、九雀はスプーンで皿の中身を軽くかき混ぜた。明け方近くまで飲み歩いていたため、空腹感はあまりない。

「そうですか」

 律華は軽く頷いて、それ以上詮索しなかった。厳しいようでいて、他人のプライベートに対しては驚くほどに寛容なのだ。あるいは、興味がないだけなのか。

「後輩ちゃんは、小言を言わないよな」

 律華が気にも留めなかった話題を蒸し返すのは恰好が付かないなと思いつつ、つい呟いてしまった。彼女はきょとんと目を瞬かせている。意味が分からなかったようだ。

「はい?」
「自堕落だー、とか。不摂生だー、とか。女遊びは最低だー、とか」

 実際にそう思われていたら、それはそれで凹むのだが――

「先輩も自分に小言を言いませんから。オフの環境を作れとはおっしゃいますが」

 律華は、あっさり頷いた。

「女のくせに格闘訓練ばかりして、とか。休日の過ごし方まで息が詰まりそうだ、とか。遊び歩くような友人の一人もいないのか、とか……」
「そりゃ、悪いとは思わんからな。お前の身体能力に助けられる場面は多い」
「自分も同じですよ。先輩のフットワークの軽さには、いつも助けられています」
「……だが、そうは言ってもな。俺の場合、弓弦のこともある」

 ――自分から話題に出すようなことではなかったかもしれない。
 それでも、九雀は言わずにはいられなかった。お七の指輪事件で、築いてきた信頼関係を損なう真似をしてしまった自覚がある。弁解する暇もなく律華が死にかけたため、有耶無耶になっていた。あらためて彼女の口から、どう思っているのか聞きたい気持ちがあった。
 律華をちらりと伺う。目が合った。やはり、軽蔑の色はない。肩透かしを食うほどだ。

「誰にだって、異性関係での失敗の一つや二つあるでしょう。自分にも覚えがありますし」
「お前、なあ……」

 ああ言えば、こう言う――という言葉は、この場合も当てはまるのだろうか。

「とことん、俺を庇うよな」

 先輩贔屓も、ここまでくると問題だろう。
 素直に安堵することもできず、苦笑しかけたところで――

「ちょっと待て」

 ふと気付いてしまって、九雀は眉をひそめた。


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