【完結】シャングリラ【R18】

有喜多亜里

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3 リバとキス*

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 男は口はしゃべること以外に使わなかった。
 なぜ口は使わないのかと訊ねると、男はにやりと笑い、トイレで使うのはここだけだろ? とつながったままの腰をくいと動かして、彼に話すことすらできなくさせた。
 だが、彼も男も、ここでその本来の用を足したことは一度もなかった。
 空腹も眠気も感じない。ただ猛烈な性欲だけがあった。
 男は疲れを知らなかった。達しても達しても、すぐに元の張りと反りを取り戻し、狭くて硬い便器ベッドの上で、延々と彼を犯しつづけた。
 犯される彼のほうもまた、男ほどではないにしろ、回復は早かった。彼の下半身は常に熱く疼いていて、たとえわずかな間でも男が外に出ると、男を求めてわななくのだった。
 それでも、男は時々今のように、彼を自分の胸の中に抱き寄せ、彼のほてったアヌスにトイレの水――さすがに便器の中のそれではなく、水を流したときに出る手洗い用の――で湿したトイレットペーパーをあてがって冷やした。
 アヌスの強い締めつけにとても執着している男だったから、あまりやりすぎて壊れたら困るとでも思っているのかもしれない。しかし、その行為はいつも彼に不思議な幸福感をもたらした。男の厚い胸に抱かれて下肢に大きな手を添えられていると、それだけで高ぶった。
 もとより、男との間に愛情はない。だが、こうして静かに抱きあうのも悪くない。
 無理やり犯したのはこの男なのに。憎んで当然の相手なのに。
 いつのまにか、彼はこの男と共にいることに安らぎを感じはじめていた。

 ――もしかしたら、自分はこの男を好きなのかもしれない。

 心の中でそう呟いたとたん、すでに尽きたと思えた羞恥心がよみがえり、彼は赤くなった顔を男の胸に押しつけた。そのときだった。

「たまには、逆もしてみるか?」

 唐突に男が言った。

「逆?」

 せっかくのいい気分に水を差されて、彼は男を恨みがましく見た。しかし、男は頓着せず、トイレットペーパーを便器の中に捨てると、彼を抱きしめたまま立ち上がり、今度は彼を正しい向きで便座に座らせた。その後、今度は彼に背を向けて、まるで彼の足を押し開くように自分も便座に腰を下ろす。

「おまえが、俺の中に入れてみないかってことだ」
「……え?」

 言われた意味がわからず、彼は男の広い背中を見つめた。

「俺が……あんたの中に?」
「何度も同じこと言わせるな。やりたくなきゃそれでいい。俺だって、カマを掘らせるより掘るほうが、ずっと好きなんだからな」

 背中を向けたまま男が怒鳴り返す。それなら言わなければいいのにと彼は口に出そうとしたが、ふと、これはこの男なりの愛情表現なのかもしれないと思った。そうすると、急にこの男がたとえようもなく可愛く愛しく見えてきた。

「でも、俺、どうしたらいいのかわからない……」
「あれだけさんざん入れられてるのにわかんないのかよ?」

 呆れたように男が言う。むっとして彼は切り返した。

「さんざん入れられてばっかりだからわからないんだよ!」

 これには一理あると思ったのか、男はそれについてはもう触れず、「とりあえず、濡れるまでたせて入れろ」とそっけなく答えた。手伝う気はないらしい。

「俺は年中発情してるあんたと違うんだから……」

 ぶつぶつ言いながら、彼は自分のモノを扱いたが、すぐに天を向いたばかりか、滴るくらい濡れそぼった。ひどく気まずかったが、彼はそれをさらに全体に塗りたくった。

「本当に……いいの?」
「できるもんならな」

 彼は遠慮がちに男の腰に手を伸ばした。それで準備ができたと知ったのか、挿入しやすいように男が腰を浮かせてくれる。もちろん、彼にはこんなことは初めてだった。それも、いつもは自分を貫いている男相手に。
 男の器官がどこにあるのか、初心者の彼にはよくわからなかった。先端で撫でて、あたりをつけてみる。

「そこだ、そこ」

 じれったくなったのか、男が口を出してきた。

「いいか、一、二、三で突けよ。そしたら、あとは俺が入れてやるから」
「う、うん……」
「じゃあ、行くぞ。一、二、三!」

 男の掛け声に合わせて、彼は腰を進めた。たっぷり濡らしておいたおかげか、彼はあっけなくするりと男の中に入りこんだ。その瞬間、男は少し声を漏らしたが、彼を奥へと導くように、括約筋を締めた。

「アッ!」

 反射的に彼は声を上げた。これが男の力説する締めつけなのかと思った刹那、彼はもう果てていた。信じられない思いで結合部を見下ろす。まだ半分も入っていなかった。

「何だ、もう終わりか? ずいぶん早かったな」

 首をめぐらせて男がからかう。返す言葉もなくて、彼は男の腰にしがみついた。
 男の中は火傷しそうなくらい熱くて狭かった。男が無意識に締めつけるたびに、下半身に官能の疼きが走る。男はいつも、こんな感覚を味わっていたのだ。だが、それは彼には少し刺激的すぎた。

「どうする? また最初からやるか?」

 彼の回した腕に、男がそっと手をかける。彼は首を横に振って、男の大きな背中に身を預けた。

「もういいから……もう少しだけ、このままでいさせて……」

 男は何も言わなかったが、便器にきちんと座り直した以外は、言いつけどおり動かなかった。男の背中に抱きついたまま、彼はうっとりと目を閉じる。
 これまで、男の胸に抱きしめられることはあっても、男の背中を抱きしめることはできなかった。一度でいいから思いきり抱きしめてみたいと、実はひそかに思っていた。

 ――胸だけでなく、この背中も好きかもしれない。

 彼の想像どおり、男の背中は固くて広かった。

「頼みが……あるんだけど……」

 男から自分を抜き取ってから、ためらいながら彼は口を開いた。

「何だ、まだあるのか?」

 ぶっきらぼうに男が言う。しかし、これはたぶん照れ隠しだ。

「うん……一度でいいんだ……」

 彼は再び男の背中に頬を寄せた。

「キス……してくれないかな。どうしても嫌だっていうんならいいんだけど……俺、あんたとキス、したいんだ……」

 たかがキスしてくれと言うのがこれほど恥ずかしいことだったとは、彼は思ってもみなかった。男と顔を合わせていたら、とても言い出せなかっただろう。
 男は黙ったまま、彼を振り返ろうともしなかった。それを無言の拒絶と受け取って、彼が口にしたことを後悔しながらあきらめようとしたとき、ぽつりと男が言った。

「目、つぶれ」
「え……それって……」
「いいから、早く」
「う、うん……」

 もしかしたら、本当にキスしてくれるのだろうか。だが、この男には何度もこうやって不意打ちされたことがある。そもそも、最初からしてそうだった。でも、もしかしたら。今度こそは。期待に胸と股間とを膨らませて、彼は目を閉じた。
 男が彼の膝の間から立ち上がる。しばらく、彼が本当に目を閉じているか確かめているような間があって、顎をすっととらえられた。
 瞬間、目を開いて、男が今どんな顔をしているのか見てみたい衝動に駆られたが、瞼に力を入れてぐっとこらえた。男の熱い息が吹きかかる。それに反応して軽く唇を開いたとき、驚くほどやわらかい感触をしたものが、その先に押しつけられた。

「もう、いいぞ」

 そう声をかけられて、彼がゆっくりと目を開くと、男はまた元のように背中を向けていた。まるでついさっきまで唇を重ねていたのは、自分ではないのだというように。それほど自分とキスしたくなかったのかと恨めしくなって、彼は憎まれ口を叩いた。

「キスは下手なんだね」

 効果はてきめんだった。男は仏頂面で振り返ると、彼の両手首を蓋に縫いつけ、貪るようなキスをした。
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