【完結】いわゆるひとつのミステイク【R18】

有喜多亜里

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1 間違いの始まり*

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 また今夜も、たっぷり子種を注ぎこまれた。
 無意識のうちに身じろぎすると、またいつものように、しばらく動くなと言われてしまう。

「こぼれちまうだろ? また最初からやり直すか?」

 ――俺はそれでもかまわないが。
 もちろん、あわてて首を横に振った。
 それにしても。いったいいつになったらわかるのだ、このバカは。

「……もう何度も言ってるけど……」

 乱れる息を必死で整えて、また同じ主張を「彼」に試みる。

「こんなことしても、まるで無駄なんだよ……」
「そんなことはない」

 やはり。「彼」はまったく聞く耳を持ってくれない。

「頼むから……もっと地球の人間について勉強してくれよ……」

 根本的なものが間違っているのだ。毎晩しようが何しようが、「彼」の望む結果が得られるはずもない。

「したぞ。それで、この星の人間となら生殖可能だとわかったんだ」

 絶滅の危機に瀕しているという宇宙人は嬉々として笑い、軽く唇を合わせるだけの別れのキスをした。
 生殖に関係のない行為はしたがらない「彼」だが、キスだけはなぜかする。単に余計なことをしゃべらせたくないからかもしれないが。

「産むのは、一人だけでもいいんだ」

 そう言って、太ること以外に膨れる道のない平らかな腹をさする。

「もちろん、おまえの面倒は俺が一生見る。だから……おまえが俺の子を産んでくれないと……」

 ――困るんだ。

(うっ)

 しかし、そんなことを言われても、無理なものは無理で……産めるものなら、五人でも十人でも、いくらでも産んでやりたいが。

「また来る」

 入ってきたのと同じように、「彼」は窓から出ていった。宇宙人のくせに、泥棒と同じような行動をする。パッと消えたり現れたりはできないらしい。
 でも、やはり「彼」は宇宙人だろう。そうでなかったら、この自分にあんなことは言うものか。

「いったい……いつになったら気づくんだよ……?」

 おまえは地球人の何を勉強したのだ?

「俺は……おまえと同じ〝男〟なんだよ……」

 だから、いくらやっても無駄なのだ。

   *

 「彼」が彼の前に現れたのは、今から一ヶ月ほど前。
 ごくごく普通の大学生である彼は、街でいきなり肩をつかまれた。
 驚いて振り返ると、彼よりは少し年上らしい男が立っていた。それが「彼」で、「彼」もまた驚いたような顔をしていた。

「何か?」

 なかなか二枚目の日本人(ちょっと微妙)には違いないが、彼にはまったく見覚えのない顔だ。彼は戦々恐々として訊ねた。

「今、独身か?」

 「彼」――男の第一声は、そんなふうだった。

「は?」
「決まった相手はいないか? 先約は優先する」

(もしかして、これはナンパか?)
 最初はぽかんとしていた彼も、急速に不愉快になって、自分の肩から男の手を払いのけた。

「悪いけど、俺にはそういう趣味はないんだ」

 そう言い捨てて、男に背を向けた。

「待て。質問に答えていない」

 だが、男はひるまず、彼の後を追ってきた。

「まだ決まった相手はいないか? それだけ答えてくれ」

 彼は答えなかった。そんなことを見ず知らずの男に教えてやる義理はないと思った。男を振り切るために歩調を速めたが、それでも男はあきらめない。彼よりも速く歩き、彼の前に立ちふさがった。

「頼む。俺の一生がかかっている。正直に答えてくれ」

 そのせっぱつまったような表情と声に、彼は思わず怒る言葉を失った。事情はさっぱりわからないが、自分の答えが男の人生を左右するらしい。

(まあ、そんな質問に答えるくらいなら……)

 そう思ったのが間違いで、正直に答えたのが問題だった。

「まだいないよ。……これから作る予定だ」

 何しろまだ入学したばかりで、慣れないことばかりだし。
 誰にともなく、彼は心の中で言い訳したが、とりあえず、男の要求には応えたのだ。これで満足だろうと男を見返したら。
 男は――それはそれは嬉しそうに笑っていた。

「そうか。よかった。本当に、よかった」

 何が、どうして、どのように?

「これであきらめるのは辛いと思っていた。やはり、おまえがそうだ。おまえ以外ない」

 男は勝手にそう結論づけ、呆然としている彼の手をとった。

「まだ相手がいないのなら、正式に申しこむ。俺の子を産んで、俺の伴侶になってくれ。おまえや子供の面倒は、全部俺が見る。おまえは、俺の子を産んでくれれば……」

 そこまでが限界だった。彼はとられた手で、男の顔を思いきり平手打ちしていた。

「言う相手を間違えてんじゃないのか……?」

 こんなに侮辱されたのは初めてだと彼は思った。確かに小さい頃はよく女の子に間違われもした。しかし、大学生にもなった今、女に間違われたことなど一度もない。こいつはきっと、自分をからかっているのだ。男に〝俺の子を産んでくれ〟などとプロポーズするバカがどこにいる?

「いや。おまえだ」

 だが、男は叩かれて赤くなった頬を押さえようともせず、真剣な顔で断言した。

「一目でわかった。おまえが俺の〝半分〟だ。おまえ以外に考えられない。おまえにだけ、俺の子供を産んでほしいんだ」
「産めるか!」

 これ以上男の言うことを聞いていたら、こっちの気がおかしくなりそうだ。彼はそう言い捨てて、その場から走り去った。
 今日は厄日に違いない。何が悲しくて、街のど真ん中で、いきなり男にプロポーズなどされなければならないのだろう。あの場に誰か知りあいなどいなかっただろうか。知れたら末代までの恥だ。
 幸い、男はもう彼の後を追っては来なかった。でも、このまま外にいたら、また男とばったり会ってしまいそうだ。彼は午後の講義は自主休講することにして、そのまま自分のアパートに帰った。
 だが、その夜。
 もう忘れようと思っても、やはり昼間の男のことを思い出してしまい、そのたび気分がむしゃくしゃしてしまうので、今日はもう早めに寝ようと布団を敷いていたら。
 突然、呼び鈴が鳴った。

「誰だよ、こんな時間に……」

 ぶつくさ言いながら、彼は玄関へ行き、特に何も考えず、薄くドアを開けた。

「どちらさま……」

 声は中途で切れた。いきなり腕をつかまれ、噛みつくように唇を塞がれたからだ。おまけに、そのまま部屋の中へと上がりこまれ、敷いている途中だった布団の上に押し倒された。

「な……!」

 必死で身をねじって、不法侵入者を見上げると。
 それは、昼間のあの男だった。

「匂いを追えば、おまえの居場所はすぐにわかる」

 彼の表情を読んだのか、男はそう囁いた。

「噂には聞いていたが……本当にわかるもんなんだな。やはりおまえが俺の〝半分〟だ。本来なら、こういう性急なやり方はしたくないが……」

 ――もう、我慢できないんだ。
 その一瞬だけ、男はすまなそうな顔を見せたが。
 あとの行動は、完全に犯罪者だった。
 彼の両手首を片手だけで簡単に布団に縫いつけ、彼の足の動きを封じながら下着ごとスウェットウェアを引きずり下ろし、彼をうつぶせにした。何とか逃れようとする彼を体重で押さえつけ、空いているほうの手を彼の尻に滑らせると、前から後ろへ、探るように双丘の間を撫で上げた。

「……!」

 思わず、彼は言葉にならない悲鳴を上げた。

「ああ……やっぱり最初はこうなんだな……」

 妙に冷静な声で男は呟くと、恐怖と羞恥から収縮を繰り返していた彼の秘部に、強引に指を突き入れた。

「ふぁ!」

 我ながら間抜けな声だが、出てしまうものは仕方がない。

「ここに……」

 中を押し広げるように動かしながら、男は低い声で彼の耳元に囁いた。

「今まで、誰も入れたことはないか?」

(あってたまるか! この野郎!)
 彼はそう叫び返したかったが、もはや口からは吐息しか出てこなかった。
 たかが排泄器官だ。そこに指を入れられて、かき回されているだけだ。
 なのに。
 確かに、彼は感じていた。こんな格好で。こんな見知らぬ男の指で。

「俺以外の、誰にもここは許すなよ」

 もう一本、指が増えた。男の指の動きが、さらに複雑になる。
 狭い口を無理やり広げられているのだ。痛みは当然ある。だが、それと同時に、快感もある。体の下で勃ち上がっている彼自身が、恥ずかしいくらい露骨にそれを訴えている。
 しかし、男は彼の〝表〟には興味はないようで、〝裏〟ばかりを執拗に攻めた。手を封じられているから、自分で扱くこともできない。何でもいいからいかせてほしいと彼は鳴いた。――と。
 男は指を引き抜いて、彼の腰をつかんだ。その指が濡れているのが、いやにはっきりと感じとれた。だが、そう思ったのもつかのま、指とは比べ物にもならないほど熱くて太いものが、彼の中に押し入ってきた。
 反射的に逃れようと彼は暴れた。しかし、男の手は強固な枷のようだった。どうやってもはずれない。

「俺の……ものだ」

 掠れた声で男がそう言うのを、彼はおぼろげに聞いた。

「ここまで来て……やっと見つけたんだ。俺にはもう、見つからないと思ってた……俺の〝半分〟……おまえと、一つになりたいんだ。おまえとの子供が、絶対に欲しい……」

 熱に浮かされたように呟きながら、男はゆっくりと巨大な凶器を動かしはじめた。指のときとはわけが違う。下半身を裂かれる激痛に、彼は目をつぶって歯を食いしばった。
 ――どうしてこんなことになってしまったのか。
 ふと目を開けると、つけっぱなしのテレビが涙で歪んで見えた。
 たった数十分前までは、それを見て笑っていたのに。
 今は見知らぬ男に犯されているのを、冷ややかに見下ろされている。男なのに、子供を産めと迫られて、子供など産めるはずもない場所を犯されている。
 男の前後運動は少しずつ速さを増していた。男が動くたびに、きつくつながっている部分から、淫猥な音が漏れる。彼の両手を封じていたはずの男の手は、いつのまにか、今度は彼の腰を固定することに使われていた。だが、両手が自由になっても、彼がその手でできたことは、布団を思いきりつかむことくらいだった。
 腹の中で、男がいっぱいに膨れ上がっている。その表面を走る血管の凸凹具合まで、彼にはわかるほどだった。脂汗を流しながら、彼はせりあがる吐き気と悪寒とに懸命に耐えた。
 しかし、ある一点。
 そこを突かれたときだけ、彼に苦痛以外のものが生じた。無意識にぴくんと腰が浮いてしまう。すぐに我に返って元の状態に戻すのだが、そのうち男に気づかれてしまった。自分でもよくわからないその一点を探り出すと、そこを重点的に攻めだしたのである。

「あ……やっ……」

 抑えようとしても声が出てしまう。体の中心が疼くような、今まで味わったことのない感覚。

「ここなんだな?」

 嬉しげに男が確認した。恥ずかしかったが、現に彼のものは膨張し、先走りさえ滴らせていた。ここだけは嘘をつけない。

「なら、そこがそうだ……そこで俺を感じてくれ……」

 男の動きに変化が生じた。同じ男だからわかる。達しようとしているのだ。そして、それは彼も同じだった。

「あ……!」

 彼の中で男が弾けた。それとほとんど同時くらいに彼も布団を濡らした。

「俺の……俺の〝半分〟……!」

 後ろから感極まったように男が彼を抱きしめた。その下半身は相変わらずつながったままだ。

「このままで……聞いてくれ……」

 彼を抱いたまま、男は呟いた。

「俺は……この星の人間じゃないんだ……」

 ――こんなときに、こんな体勢で、いったい何を言い出すんだ?
 頭の中ではそう思うが、射精直後の虚脱状態で、とにかく体が動かない。彼は黙って男の話に耳を傾けた。

「俺の星では今、子供を産める人間が激減してるんだ。原因はわからない。わかれば対処の方法もあるんだが……とにかく、このまま行けば、確実に一人もいなくなるだろうって言われてる。そうなれば……俺たちは滅びるしかない。だから、俺たちは子供を産んでくれる人間を外に求めた――つまり、他の惑星に」
「…………」
「ずいぶん探した。なかなか俺たちと生殖可能な種族は見つからなくて。でも、やっと見つけた。この星の人間なら、俺たちの子供が産めるんだ。ただ――俺たちには一つ問題があって……」

 男は言いよどむと、そっと彼の背中を撫でた。いきなりだったので、彼は驚いて体を震わせた。すると、男は悪かったとでもいうように、再び彼を抱きしめた。――あんなに強引に、力ずくで犯したくせに。

「子供を……産めるだけじゃ駄目なんだ……」

 男は彼の背中に頬擦りした。おまえが愛しくて愛しくてたまらない。男の全身がそう言っていた。

「自分の〝半分〟じゃなきゃ……俺たちは指一本触れる気になれない。欲しいのは、〝半分〟との子供だけなんだ。今まで話には聞いていたが、今日初めてそれを実感した。おまえとの子供だったら何人だって欲しい。きっと、おまえに似て可愛い」
「――それ、何?」

 やっと、それだけ言えた。

「何のことだ?」

 すっかり自分の世界に没入していた男だが、小さくとも彼の声は聞こえたらしく、怪訝そうにそう問い返してきた。

「さっきから言ってる……その、〝半分〟って何?」
「ああ、それか。それはつまり、自分の伴侶のことだ」

 自称宇宙人は、流暢な日本語でそう解説してくれた。

「俺たちは誰でも会えば一目でわかる。俺もわかった。見つけて、まだ相手がいなかったら、自分のものにする。誰でもすぐに見つかるものでもない。一生〝半分〟に出会えずに終わる奴も結構いる。――寂しい人生だ。死んでいるのも同じだ」

 ――でも、俺はおまえが見つかったから。
 男はまた改めて彼を抱きしめるのだった。いまだ彼の中に自分を収めたまま。

「あんたの……理屈は一応わかったよ……」

 信じるか信じないかは別として。

「でも……あんた、肝心なとこ、間違ってるよ……」

 そう。男の目的が子孫繁栄ならば、その間違いは致命的だ。

「俺……あんたと同じ、〝男〟なんだよ……」

 こんな状態で、そんなことを言わねばならないのも、たいがい間抜けだが。

「それで……普通、この星の〝男〟は、どんなにがんばったって、子供は産めないものなんだ。ご期待に添えなくて悪いけど、誰か他の、できたら子供が産める〝女〟を探してくれ……」

 今ならこれも、〝事故〟に遭ったとあきらめるから(相手を確認しないでドアを開けたのは、確かに不注意だったと思うし)。難しいとは思うが、何とか努力して忘れてやるから。だからいいかげん――抜いてくれ。

「でも、おまえだって感じてただろう?」

 思い知らせるように、腰をくいと動かされる。あ、と彼はのけぞった。またあそこを突かれてしまったのだ。

「それが証拠だ――俺だって、すぐに開くとは思ってない……」

 さりげなく、男はまた謎の言葉を吐いたが、今度はそれを追及することはできなかった。彼の声に刺激されたのか、彼の中の男が、また勢いを取り戻しはじめたのだ。

「おまえとだったら、何回だってできそうだ……」

 恐ろしいことを男は言い、体をつなげたまま、器用に彼をひっくり返した。
 ――初めて、男とまともに目を合わせた。
 こうして見てみると、確かにいい男ではある。それは認めてやろう。しかし、だからといって、自分を好きにしていいはずがない。はずがないが……

「ああ……やっぱりおまえは可愛いな……」

 愛しそうに目を細められ、両手を今度はそっと指を絡めて押さえられ、ついばむような口づけを繰り返されたら。
 感じない、わけにはいかないではないか。
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