【完結】いわゆるひとつのミステイク【R18】

有喜多亜里

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2 間違いは続く*

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 結局。
 その夜は三回連続で犯された。
 呆れたことに、男――「彼」は四回目もしたがった。しかし、東の空が白みがかってきたことに気がつくと、名残惜しいが今夜はもうこれで帰ると言い、疲れきってしまって指先一つ動かせない彼に軽くキスをして、なぜか玄関ではなく窓から外へ出ていった。

(ここ、二階なんだけど……)

 ぼんやりそう思ったが、もはや意識を保っていられなかった。彼は昏睡状態のような眠りに陥り――次に目覚めたときには、再び夜になっていた。

(腹減ったな)

 どんな目にあっても、減るものは減る。彼は重い体をやっとの思いで起こすと、ひどい状態の布団から――一応、体に掛け布団はかけていってくれた。ついでに、テレビと電気も消していってもらいたかったが――勢いをつけて立ち上がろうとした。が、立てない。下半身にまったく力が入らないのだ。

(畜生。好き放題しやがって)

 彼は毒づいたが、ここにいない者を責めてみてもしょうがない。情けないと思いながら匍匐前進して、まずはトイレに向かった。
 ――中出しされると腹を壊すと、彼はそのとき初めて知った。
 だが、彼を妊娠させるのが最大の目的である「彼」が、コンドームなど使ってくれるはずもなく。彼はその後もその問題に悩まされるのである。
 次に、彼はいろいろなものでべたべたする全身をどうにかしたくて、苦労しながらシャワーを浴びた。予想はしていたが、人には言えない傷口に湯が染みた。当たり前だ。切れないほうがおかしい。何か傷薬でも塗っておいたほうがいいのかもしれないが、そんな手当てを一人でしなければならない自分がみじめすぎて、実行はしなかった。
 とにかく、腹が減った。考えてみたらほぼ一日、何も口にしていない。冷蔵庫を開けると、すぐに食べられそうなものは牛乳とハムくらいしか入っていなかった。牛乳は飲んだらまた腹を壊しそうだったので、ハムだけ貪るようにして食べた。それだけではとても足りず、買い置きのカップラーメンを持ち出したが、もう湯を沸かすのもおっくうだったので、ポットの湯を注いで、まだ少し硬いうちから食べはじめた。
 そうして食べ終わって、一心地ついたら。
 いきなり、涙が出た。

「なに泣いてんだよ? 男だろ?」

 そう自分を叱咤するが、涙は後から後からあふれてくる。ついには彼も止めることをあきらめて、思いきり声を上げて泣いた。
 ――まだだったのに。
 あんなわけのわからない男に強姦されて。しまいには自分から男にねだって。
 情けない。情けない。情けない。
 こんなに泣いたのは、中学生のとき以来かもしれない。しかし、泣くだけ泣いたら、何だか気が晴れた。泣くという行為は、こういうときにはかなり効果的であるらしい。

(洗濯しよ)

 やはり、この皺だらけで染みだらけのシーツとカバーがものすごく気になる。猛然と引きはがし――できたら、この布団はもう使いたくないが、布団はこれ一式しかない――ついでに、その近くに散らばっていたスウェットウェアと下着も拾い集めて、洗濯機の中に叩きこんだ。

(待てよ。今洗っても外に干せないな)

 洗濯機に寄りかかりながら(そうしないと立っていられないのだ)、現実的なことを悩みはじめたとき、カーテンを閉めきったままだった窓のほうから、ガラスを叩くような音がした。最初は気のせいかと思ったのだが、そういえば、昨日「彼」が出ていってから窓の鍵をかけていない。

(まさか……)

 嫌な予感を覚えて、洗濯機にしがみついていると。

「起きているな」

 窓とカーテンがほぼ同時に開いて、あの「彼」が部屋の中へと入ってきた。昨日は土足で上がりこんできたが、今日はちゃんとベランダに靴を脱いできている。が。

「何で窓から入ってくるんだ?」

 第一、ここは二階だ。近くに高い木があるわけでも、屋根伝いに渡れる家があるわけでもない。

「入りやすいからだ」

 身も蓋もない答えを返すと、「彼」はすたすたと彼に近づいてきた。文句なら山ほどあったはずなのに、いざとなると何も出てこない。ただ、また襲いかかられるのではないかと、彼は洗濯機にかじりついて身構えていた。
 そんな彼を眺めてから、「彼」は心配げに眉をひそめた。

「大丈夫か? ずいぶん無理をさせた。……悪かったな。我慢できなくて」
「え、あ……うん」

 そんなに素直に謝られると、こちらも対応に困ってしまうのだが。

「泣いたのか?」

 さらに顔を近づけて、自分を覗きこんでくる。

「いや、これはその……」

 あわてて顔を拭うが、その手を男に止められてしまった。

「悪かった」

 もう一度、繰り返す。

「いくら何でも焦りすぎたな。おまえは俺が初めてだったのに」

(な、何で知ってる?)
 あわてて「彼」の顔を見上げると、「彼」はにやりと笑って彼の頭を撫でた。

「風呂に入ったのか? 髪がまだ濡れてる」
「あ……ああ、うん」
「いい匂いがする。……もともとおまえはいい匂いだけど」

 そんなことを囁きながら、そっと彼を自分のほうに抱き寄せる。

(何か、昨日と態度が別人ぽくないか?)

 彼が言いたくないことは追及してこないし、彼を触る手はまるで壊れ物を扱うようだし。

「何か食べたか?」

 耳元に囁くようにしてそう訊ねてくる。

「うん……食べた」

 ――いったい、どうしたというのだ、自分は。
 昨日、あんなことをされたばかりの名前も知らない男に(考えてみたら、お互い自己紹介すらしていなかった)、怒るどころか甘えるように答えている。

「悪いな。俺、この星の食い物は口に合わなくて。俺が作るものも、きっとおまえの口には合わないだろうから、とりあえず、そこのコンビニで弁当買ってきた。……食うか?」

 「彼」は片手に提げていた、コンビニのビニール袋を彼の目の前に掲げてみせた。

「何買った?」
「ん……〝幕の内〟」
「漢字、読めるのか?」
「この星の主要な言葉は全部わかるぞ」

 ――どこに〝半分〟がいるかわからないからな。
 そう付け加えて、彼の頬に軽くキスを落とす。

(こういう芸当もできるのか)

 くすぐったくて、彼は首をすくませた。

「でも、今は食べたばかりだから、あとで食べる」
「そうか」

 彼を抱きしめたまま、「彼」はコンビニ弁当を流し台の上に置いた。そのまま、彼を囲うように抱きしめつづける。

「あの……さ」
「何だ?」
「俺の……名前とか訊かないわけ?」
「おまえはおまえだ」

 彼の髪に顔をうずめ、うっとりとした声で答える。

「名前なんていらない」
「んー……」

 そういう……問題でもないと思うが。

「じゃあ……あんたの名前は?」
「おまえの好きなように呼べばいい」
「んー……」

 そんなことを言われても……すぐには何も思いつかない。

「そんなことより……」

 「彼」は手を滑らせて、彼の腹をさすった。

「あれから……何か体に変化はないか?」
「変化って……」

 あそこが痛むとか、立っているのがきついとかいうのは、たぶん〝変化〟ではないだろう。

「ないんだな」

 「彼」は少しがっかりしたようだったが、

「まあ、最初は時間がかかるって言うから……」

 などと自分を納得させるように呟くと、いきなり彼を〝お姫様抱っこ〟した。

「うわっ」
「立ってるの、辛いんだろ?」

 彼だって決して軽くはないはずなのだが、「彼」はまったく重さを感じていないようだった。

「足が震えているぞ。今日は俺もこのまま帰るから、ゆっくり休め」

 「彼」は布団の上にそっと彼を横たえると、額にかかる髪を指先で整えてから、額に軽くキスを落とした。

(これって、完全に〝女〟扱いだよな)

 そう思いはするが、こうやって気遣われるのは悪い気分ではない。
 でも、「彼」がそうするのも、彼に自分の子供を産んでもらおうと思っているからで……そして、彼にはそんなことは一生かかっても無理なわけで……

「あのさ……」

 昨日はごまかされてしまったが、やはりこれははっきり伝えておかなければ。彼も「彼」も、これ以上時間の無駄遣いをするわけにはいかない。

「昨日も言ったけど……俺は〝男〟で、あんたの子供はどうしたって産んでやれないんだよ」
「今はな」

 だが、「彼」はあっさりそう言って、また彼の額に口づけた。今夜は唇にはするつもりはないらしい。

「心配するな。もう少し経てば、おまえにももう一つ穴ができる。そうしたら子供なんてすぐだ。初めてだとなかなか開かないそうだから、焦ることはないぞ」

 いや、焦っているのはあんたで、俺は全然……っていうか、開くか、そんな穴!

「だから、それも無理なんだよ! 男はどうしたってずっと男で、子供産めるようにはならないんだって! なあ、頼むから、いいかげんわかってくれよ! 俺も迷惑だし、あんたにこれ以上、こんな無駄なことさせたくないんだよ!」

 ――それほど自分との子供が欲しいなら、いくらでも産んでやりたい。
 今や彼はそこまで思うようになっていた。
 しかし、彼は男なのだ。どうしたって、同じ男の子供を産むことは不可能なのだ。小学生にだってわかる簡単なことが、なぜこの男にはわからないのか。

「迷惑か?」

 ふと。
 「彼」の声音が変わった。今まで一度も聞いたことがないような怖い声。

「おまえは俺の子供が欲しくないのか? 俺はおまえの〝半分〟じゃないのか?」

 彼はあっけにとられた。「彼」がそんなふうに自分のことを考えていたとは。道理で強引に犯しにかかってきたわけだ。
 だが、いくら生殖可能だと言っても、そんなところまで同じだとは限らないではないか。何て独善的な男。

「だから、欲しいとか欲しくないとかじゃなくて、俺の体は子供を産むようにはできてないんだよ」

 そう。本来なら産ませる側の性。「彼」と同じ立場にあるべき者。

「ああもう、どうしたらわかってくれるんだよ? 俺、〝女〟じゃないんだよ……」

 興奮しすぎて、涙まで出てきてしまった。「彼」はじっと彼を見つめると、親指で彼の涙を拭いとった。その仕草があんまり優しかったから、今度こそわかってくれたかと思ったのだが。

「駄目だ」

 ぼそりと「彼」は呟くと、彼のパジャマに手をかけて、強引に脱がしにかかった。

「え? え? え?」

 わけがわからず戸惑っているうちに――彼はもう全裸にされていた。

「今日はもう帰るって!」

 そのままのしかかってくる「彼」を、彼は両手を突っ張って押しのけようとした。

「俺も最初はそのつもりだった。でも、駄目だ。おまえの顔見たら、やっぱりしたくなる。なあ、これからは一回だけでいいから毎日しよう。大丈夫だ、そのうちだんだん慣れてくる」
「だから、そういう問題じゃないって……うわ、バカ、いきなり突っこむな! 壊れるだろ!」

 昨日のように指でほぐすこともせず、いきなりそのものを入れようとするので、彼は本気で怯えて「彼」の胸を足で蹴った。

「大丈夫だ。痛いのは最初だけだから」

 どこまでも勝手なことを「彼」は言い、彼の両足を捕らえて力まかせに大きく広げた。
 しかし、それ以上は何もせず、しばらくしげしげとそこを眺めていた。

「やっぱり切れてるな」

 そうしたのは自分のくせに、他人事のように「彼」は呟く。

「そうだろ! だからやめてくれよ!」

 力ではまったくかなわないので――この男は細身のわりに、ものすごく腕力があるのだ――畳みかけるようにそう懇願すると、「彼」は少し考えるような表情をしてから、彼の股間に顔を沈めた。

「あ、バカ……」

 非難はすぐに力を失った。彼の常に熱を持っている部分に、さらに熱くて濡れたものが触れていた。しばらく傷口を癒すように這い回ってから、今は固く閉ざされている入口を、少しずつこじ開けようとしはじめた。

「そんなとこ……舐めんなよ……」

 倒錯した興奮を覚えて、彼の声は上ずった。自分のが屹立しているのが、嫌でも目に入る。「彼」は丁寧に執拗に舌を動かしつづけた。指でされるより動きは制限されるが、男の顔が自分の足の間にあるというのは、それ以上に彼の情欲を掻き立てた。

(シャワー浴びといてよかった)

 こんなことをされているのは非常に不本意であるはずなのに、彼は心からそう思った。

「いい匂いだ」

 「彼」は呟いて、彼の袋の裏を一舐めした。思わずいきそうになって、反射的に足を閉じようとする。だが、「彼」はその足を強引に押し広げて、今度は指で袋に触れた。

「ここの下が裂けて、穴ができるんだそうだ」

 たぶん、それは膣口のことだろう。経験のない彼でも、それくらいの知識はある。しかし、それはこの星では外科手術でもしない限り男の股にできるものではないし、しても子供など絶対産めない。その先に連なる子宮も卵巣もないのだから。

「出産経験者だったら、この星の時間で一週間。未経験者だったら、二、三週間。時には一ヶ月以上かかることもあるそうだ」

 「彼」はやっと顔を上げると、彼の両足をつかんで、膝が彼の胸につくくらい折り曲げた。彼の今ある〝穴〟は、痙攣しながら男の再訪を待っている。あれほど傷つけられたのに。涙まで流したのに。

「あぁッ…!」

 「彼」が自分の中に押し入ってきたとき――彼は歓喜の声を上げたのだ。

「ああ……やっぱり、おまえの中はいい……」

 「彼」は満足げな溜め息を吐きながら、少しの間、留まっていた。

「熱くて、蕩けそうだ……いい。すごくいい。おまえだって、そうだろう?」

 返事のかわりに、彼は「彼」の背中に両腕を回して、強く爪を立てた。

「わかった、わかった。今やるよ……」

 「彼」は甘やかに囁いて、ゆるやかに体を進めた。昨日の今日だ。彼のあの部分は傷ついている。だが、なぜか苦痛よりも快感のほうが先に来て、彼は戸惑いながらも、すぐにその波に溺れてしまった。

「あ、あ、あ、あ……」

 「彼」に揺さぶられて、彼のものも切なげに揺れている。そちらには「彼」は何もしてくれないので、彼は自分の手で扱いて慰めた。
 自慰の経験はもちろんあるが、誰かにされながらというのはこれが初めてだ。扱くその手のリズムは、いつのまにか自分の中をえぐる「彼」と一致していた。自分一人のときとは、やはり興奮の度合が違う。今までになく固く反り返っていて、まるで自分のものではないようだった。
 ただひたすら頂点を目指して――
 求めて、求めて、求めあって。
 そして、そのときが来た。

「あ……」

 潮が引くように興奮が失せていく。
 寂しい。
 もっと、同じ高みを目指して探りあいたかったのに。
 もっと、一つになっていたかったのに。
 それは「彼」も同じだったらしい。多少ばつ悪げに彼に問いかけてきた。

「……なあ。あと一回くらいは……いいよな?」

 うなずくかわりに、彼は自分から「彼」にキスをした。

「子供、絶対作ろうな!」

 「彼」は嬉しげに笑い、彼を強く抱きしめた。
 彼が翌日も自主休講したのは、言うまでもない。
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