【完結】いわゆるひとつのミステイク【R18】

有喜多亜里

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4 間違いは間違い?

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「……つまり?」

 と言ったのは、やはり彼だった。

「本当は〝女〟なのに、〝男〟だと思ってる奴がいるかもしれない――ってことですか?」

「まさにそのとおりです。当事者を前にして私が言うのも何ですが、昔はどちらが〝女〟か――つまり、一定期間直腸内に精液を注入されつづける役を負うかを、腕力で決めていたそうです。何しろ好戦的な種族ですからね。どちらも子供を産む側になりたくないわけですよ。そんなわけで、格闘の末、勝った者が相手より強いから〝男〟、負けた者が相手より弱いから〝女〟ということにしたわけです。ゆえにこの種族の言語では、〝男〟は〝勝利した者〟、〝女〟は〝敗北した者〟という意味を持っています。
 ――おわかりですか? つまり、彼ら自身も腕力によってでしか性別を決められなかったのです。乱暴な決め方ですが、それで不都合はなかったのですから、だいたい腕力と性別は一致していたのでしょう。しかし、どの星でも時代の流れというものはあって、こういう決め方は野蛮すぎるのではないかということになった。ですが〝女〟は〝敗北した者〟です。進んで〝敗北者〟になりたがる者はまずいない。ましてや、この種族の場合ではなおさらです。
 不思議なことに、彼らが昔ながらの決定方法を否定しだした頃から、彼らの間で〝半分〟が見つからなくなった。彼らにとって〝半分〟とは〝女〟と同義です。しかし、その研究者は、〝半分〟が減少したわけではなく、同族の中から〝半分〟を見つけようとしなくなったから、減少したように錯覚したのではないかと主張しました。その根拠として、彼らが自らの決定方法を否定しだした時期は、彼らが自分たちとは違う種族を知った時期とも一致しているのです。そう――自分たちよりも力が弱く、なおかつ美しい種族を知った時期と」

 そこで田中は言葉を切って、彼に笑いかけた。どう返したらいいものか迷っているうちに、「彼」が強引に彼の顔を自分のほうへと向けさせてしまった。
 今まで第三者がいるときに会ったことがなかったから気づかなかったが、「彼」は相当に嫉妬深いらしい。彼は少し笑って、おとなしく「彼」の肩を眺めることにした。

「ここからは我々の推測になりますが……もしも、他の星に自分たちの子供を産める種族がいるのなら……しかも、自分たちより確実に力が弱いのなら……その種族の中から〝半分〟を見つけて子供を作ったほうが、殴りあう必要もなくて都合がいい。――あなた方はそう考えたのではないですか? しかし、その条件に合致する、ほとんど唯一の種族である地球人の〝男〟は、あなた方の〝半分〟にはなれても〝女〟にはなれないんです。ですからここは一つ、発想の転換をしてみませんか? あなた方もよくご存じのように、地球人と生殖自体は可能なんです。それなら、必ずしも地球人の〝男〟が〝女〟にならなくてもいい。もしかしたら〝女〟かもしれないあなた方が子供を産んだっていい」

 彼は頭の中で田中の言葉を反芻してから、自分の目の前の「彼」を見上げた。
 「彼」は憤然とした顔で田中を睨みつけている。その横顔は精悍で、どう眺めてみても――

「あのー、田中さん。俺にはこれはどう見ても、〝男〟に見えるんですけど……」
「外見上は皆〝男〟なのだと言ったでしょう? ついでに言えば、〝女〟であっても勃起も射精も可能で、おまけに地球人の〝女〟との交配も可能です。そもそも、地球人の〝女〟の中から〝半分〟を見つけてくれれば、こんな面倒なことにはならなかったのですよ」

 そこで田中は深い溜め息をついた。溜め息こそつかなかったが、彼もまったく同感だった。

「まあ、私が今言ったことは、あくまで仮説です。しかし、このままいくら交接を重ねても、その地球人の彼が〝女〟になることはないし、はたまた妊娠することもありません。それならば、一度駄目元で試してみてもいいのではないですか? それでもし子供ができれば、初めての事例ケースとして、保護監察つきですが、一緒に暮らすこともできますし、結果しだいでは、今後種族全体の交接が許可される可能性も出てきます。ですが、あなたが本当に〝男〟であるなら、残念ですが、しかるべき機関でしかるべき処分を受けていただくことになります。……ああ、地球人のあなたは大丈夫ですよ。せいぜい記憶調整をされるくらいでしょう」

 田中はとんでもないことをさらりと言ったが、彼はうっかり聞き流してしまった。

(駄目元って……)

 彼は困惑して「彼」の顔を盗み見た。「彼」は相変わらず不快げに眉をひそめている。「彼」にとって田中の仮説及び提案は、受け入れがたいものであるようだ。
 彼はというと、田中の仮説には納得できたが、提案にはやはり抵抗を感じた。「彼」とは成り行きで(というか力ずくで)このような関係になってしまったが、もともと男は性欲の対象外だったのだ。今までさんざん自分がされてきたことを、今度は「彼」にしろと言われても、想像する前に頭が拒絶反応を示してしまう。

「すみませんが……少し、考えさせてくれませんか?」

 ためらいながら彼がそう切り出すと、田中は無言で細い目を向けた。その視線が自分をとがめているように感じられて、彼はあわてて言葉を重ねた。

「いや、田中さんの話を疑ってるわけではないんです。最初は驚いたけど、言われてみればそのとおりだなって納得できたし。でも、頭ではそう思ってても、感情のほうがついてこなくて……」

 彼の言い訳を最後まで聞き終えてから、田中はあの人好きのする笑顔を見せた。

「謝らなくても結構ですよ。こんな話、すぐに信じろというほうが無茶でしょう。どうぞゆっくりお考えください……と言いたいところですが、残念ながら、あまり時間は差し上げられません。これから一ヶ月――これでは短すぎますか――では、二ヶ月以内に何らかの兆候が見られなければ、あなたをその異星人から強制的に保護させていただきます」
「そうしたら……こいつはどうなるんですか?」

 不安になって「彼」を人差指で指すと、田中は少し困ったような表情を見せた。

「それはまあ……ご自分の星に強制送還ということになりますね。今でもそうしようと思えばできるんですよ。ただ、こちらもかなりのリスクを覚悟しなければならないですけどね」

 田中がそう言ったとたん、それまで不満そうな顔をしながらも一応おとなしくしていた「彼」が、低く声を発した。

『貴様……我慢して聞いてやっていれば図に乗りやがって……やれるものならやってみろ! 我が名にかけて、おまえら皆殺しにしてやる!』

 「彼」の遣った言葉は彼には意味はわからなかったが、その表情と声の調子から、田中に対して怒っているのだということはわかった。

「ちょっと! 何言ってんだかわかんないけど落ち着けよ! おまえだって、子供ができなきゃ別れなけりゃならないって言ってただろうが!」

 自分以上に大声で彼に怒鳴られた「彼」はたちまちひるみ、それはそうだがと今度は日本語でぼそぼそと呟いた。

「今のままだったら、子供なんて絶対できっこないんだから、だからその、ええと……」

 続ける言葉が見つからなくて彼が口ごもると、田中が笑ってその後を引き取った。

「まあ、そういうことです。我々としては、あなた方をしかるべき施設に収容して、直接監視したいところですが、そんな実験動物のような扱いをされるのは嫌でしょう? これが我々のできる最大限の譲歩です。くれぐれも、逃げようなどという気は起こさないように。この星の上では私が、この星の外では我々の仲間が、どこまでもあなた方を追っていく」

 どこまでも笑顔で田中はそう警告し、それではこれで失礼させていただきますと丁寧に頭を下げてから、部屋を出ていった。




「殺してやればよかった」

 田中がドアを閉めた直後、「彼」はいかにも口惜しそうに吐き捨てた。

「さっきもそんなこと言ってたんだろ。ここであの人殺したって、何の解決にもならないだろうが。おまえの目的は、子供を作ることなんだろ? だったら、俺以外の誰かと子作りするか――今度は女にしてくれよ、頼むから――その……さっき、田中さんが言ってたことを試してみるか――」
「俺は子供が欲しいわけじゃない」

 ぼそりと「彼」は反論した。驚いて「彼」の顔を見つめる。

「え? だっておまえ」
「俺がいちばん欲しいのはおまえだけだ。でも、子供ができなければ、おまえと一緒にいられない。おまえとの子供でなければ、俺には何の意味もない」

 そうだった。思い返せばこの「彼」は、ずっとそう言いつづけてきていた。
 ただ単に子供が欲しかったのなら、乱暴な話、女を拉致して人工授精させることもできたはずだ。しかし、「彼」らが真に欲しいのは、通常は男の体をした〝半分〟であり、子供は〝半分〟と一生を添いとげるための許可証のようなものにすぎない。

「そんなこと言われても……俺だって、産めるもんなら産んでやりたいけど……」

 自分のこの体では、「彼」と愛しあうことはできても、子供を産むことはできない。「彼」の顔を見ているのがつらくなって顔をそむけると、「彼」はそんな彼を慰めるように強く抱きしめてきた。そうして、黙ったまま、固く抱き合っていた。

「――よし。やれ」

 突然、「彼」が耳元で呟いた。

「は?」
「不本意だが、非常に不本意だが。一週間だけ我慢してやる。――やれ」
「やれって……まさか」

 思わず、彼の顔が引きつる。

「やれと言ったら一つしかないだろ。ちょっと待て、このままでは危ないな。少し待ってろ」

 「彼」はそう言うと、彼から離れ、押し入れから布団を引っ張り出してきて、なるべくガラスの散らばっていない場所に乱暴に敷いた。「彼」の中には、まずガラスを片づけてからにしようという考えはないらしい。
 彼は呆れて「彼」の行動を眺めていたが、「彼」はそんな彼の手を強引に引いて、いつものように布団の上に押し倒した。

「おい、まだ昼だぞ! 今からやるのか!」

 よく考えてみたら、「彼」とは真夜中以降にしか行為に及んだことはなかった。窓にはレースのカーテンしかかかっていない。昼の光の中では羞恥心も倍増だ。本気で「彼」の腕をふりほどこうとしたが、やはりその手はいつものようにびくともしなかった。

「やるなら少しでも早いほうがいいだろうが。あいつも言ってただろ、俺たちには時間がないんだ」

 それを言われると彼も弱い。つい抵抗をゆるめると、「彼」は慣れた手つきで彼の服をはぎとりはじめた。これから何をすればいいのかは、「彼」の強引な〝教育〟(〝調教〟?)のおかげで嫌になるほどよくわかる。だが、今まで入れられるばかりで、入れたことは一度としてない。自分も服を脱ぎだした「彼」を下から見ながら、彼はこれが夢なら覚めてほしいと心から思った。

「なあ……」

 彼がそう声をかけたときには、「彼」はすでに服を全部脱ぎ終えていて、呆れたことにその中心はもう立ち上がりはじめていた。

「さっき、田中さんの話、聞いてて思ったんだけどさ……」

 どう見ても男としか思えない「彼」の体に敷きこまれながら、彼はうんざりとして言った。

「おまえらが必死で〝半分〟を探すのって……結局、やりたいからだろ?」

 〝貞淑なる野蛮人〟。
 彼らは自分の〝半分〟にしか反応しないと田中は言った。
 ということは、今まで〝半分〟を探しつづけてきたというこの「彼」は、それまで誰ともしたことがなかったということで――

(それで、あんなに強引だったのか)

 今さらながら、彼は深く納得した。同時に、なんと難儀な種族なのだと同情した。それでは、仮に一生〝半分〟が見つからなかったとしたら、そいつは童貞(処女?)のまま人生を終えなければならないということになる。
 彼の質問に「彼」は答えなかったが、彼の顔を見下ろすと、思いきりにやりと笑った。それがもう、彼への答えだった。
 「彼」に〝半分〟として選ばれてしまったこと自体がすでに間違いの始まりだが、せめて田中の〝推測〟だけは当たっていてほしい。
 今まで触れられることのなかったあの部分を、意外と巧みに「彼」に扱かれながら、ひそかに彼は願った。

  ―了―
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