摩訶☗大大大☖異世界 ダイ×ショウ×ギ=レインジャー

gaction9969

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☖1二香(あるいは、なすがままの今日、あるがままの明日)

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「えっと」

 吊り上がった両目の色は金色……って言ったらいいのかな、ジンジャーエールみたいな色で。そして染めたり抜いたりじゃ出せないようなグラデが綺麗にうねる光沢の肩までブロンドはすごいサラツヤ感で。毛穴とか、しみ/くすみとか全く無さそうな、なめらかな褐色の肌……そして座ってても分かるほどのスタイル良さそう感はあって。さらには黙っていれば多分トップモデル並みの外観なのだけれど、何が嬉しいのか顔力強めに入れてすごい食い気味でこちらに言葉を投げかけてくるサマとか、思い切り人差し指を他人に向けて突き付けてくる残念なコミュ力とか、耳のところあたりからぴょこと生え張り出している白い毛並みの正にの「猫耳」とか、諸々を足し引きしてみるとだいぶマイナスな人なんだろうということだけは分かったけれど。分かったから何、分かったからどうしよう感が左右からがっぷり絡み組み付いてきて、あたしはどうしていいかも分からないまま、とりあえずそんな保留めいた言葉を紡いでみるんだけれど。と、

 ちーきゅぅうーのー、にーほーんのー、しょーおぎのぉーもおしぃぃごがぁー、みたいな伸びやかな高音でいきなりアカペラが始まった。面食らってる局面でさらに面食らわせられるという、ちょっと意味分かんないし喰らってる最中の面が許容を超えて割れでもしそうだしで、咀嚼も嚥下も出来ない状態に一気呵成に寄り切られようとしている。何だろう。夢だとしてもちょっと荒唐無稽が過ぎるよねあたしってばそんなにメンタル追い込まれていたんだちょっとやばいどころじゃないよね……と、

「……勇者よ。戸惑うのも無理はないですにゃ。でも安心にゃされよ。もう面倒くさいので端的に言い放ってしまうと、そう、これは貴女を主役へと据えた大異世界転移譚なのでありますのにゃ……」

 相変わらず肘掛け椅子にしなだれかかったままのリラックスしてそうな姿勢から、こちらの困惑はよそに、そんなのっぴきならなそうな事をどんどこ言ってくる。その金色の瞳はかっきと見開かれていて、どういう表情を浮かべたらよいかも分かってないあたしの瞳孔の奥の奥まで覗き込んでくるような獰猛さで。逸らしたいけど逸らすとまずいんじゃないの、とかって思わせるほどに強烈なパワーを持っているようで。でも、

「……あの、その『異世界転移』っていうのが、あたしよく知らなくて、わからなくて」

 その根拠ない自信みたいなのに満ち溢れた佇まいは、小さい頃のあたしの、曇りなく自分が「主役」と思えてた時の雰囲気に、外見は全然違うけど似ていなくもなかったから。その強い光を湛えた目から目線を切れないまま……切りたくないまま、もごもごと掠れた言葉を繋いでいくばかりのあたしがいる。

 へにゃ? という力の抜けた驚き、のような声が、ネコルニエル……さんの白いルージュに彩られたつややかな唇から放たれる。あ、あにゃにゃ……ここここれはまたこうゆうベクトルでの規格外なコが来たという……これは昨今の風潮なんですかにゃんね私にとっても試練なのかも知れんにゃんね……というような、今までとは真逆のあやふやなぶつぶつ呟きを泳ぐ金色瞳と共に始めてしまったのが何か気の毒で。あ、またやっちゃった、よく空気読めないって言われるけど、やっぱそうなんだね……

「ごめんなさい。あたし物心ついた時から将棋しかやってこなくて。だから他のことってよく分からなくって。分からないっていうか、興味が振れなくて。学校の勉強も、友達が話してることとかも、上っ面のことしか分からなくて……分かろうとしなくて。それ無意識でもうやっちゃうようになってて……」

 何でか分からなかった。でもこのネコルニエルさんに謝ってさっさとこの場を去ろうと思って喋り出したら止まらなかった。夢だからかも。言いたいこと全部言っちゃおうとかって思った。初対面の人に。初対面の人だからなのかな。

「……それで、そうやってそんな風に将棋だけに全振りしてたのに、本当は大した才能も無いことも分かってきちゃってて。周りからも腫れ物以上の下手にいじくったらえらいことになる腫瘍みたいな扱いになってきてて。だから。だからあたしはもう何にも役に立たない人間なんです……何も出来ないダメな……ふぐっ……ダメ人間……」

 勝てなくなってからは、何も言われなくなっちゃった自分。こっちからも何も言い出せなくて。ただただ惰性で将棋を指すだけ。そんな、AIなんかより全然役に立たない、意味の無い存在。分かってた、でも誰にも、自分にもはっきりとは言えなかった。そんなのを全部、吐き出したかった。言えないで言えないで喉の奥からおなかの底まで沈んでいってしまっていた色んな、何かを。

 相対した金色の瞳は最初は驚きのままだったけれど、立ち上がり徐々に近づいてきたそれらは次第にあたしがあまり面してこなかった「優しさ」みたいなものに満たされていっているようで。不遇けなげショートボブ推せるす……とか何かよく分からない呟きも流れてきてたけど。

 あたしは、あたしの方は途中から自分でも何喋ってるか分からなくなって、ただいつも頭の片隅でぐるぐると無駄に回転しているだけの考えを言葉にして吐き流して。そうしてるうちに両目からもじわりと熱いのが滲み流れてきていて。突っ立ったまましゃくりあげるだけのあたしの身体を、あたたかく柔らかいものが包み込んできて。

「だいじょうぶにゃよ……だいじょうぶ、だいじょうぶ。ダメな人間なんて、ひとりもいないにゃんよ……」

 ありがちな言葉だったのかも知れない。でもそれを自分に向けてゆっくりやさしく、ぬくもりもプラスして柔らかな声で紡がれたら、それはもう絶対こっちの心に沁み込んじゃうわけで。あたしの、ひからびてひび割れてちょっとした衝撃でぱりんといってしまいそうな奴には特に。

「……そう、例えケレンミ一辺倒で何の流儀ルールもわきまえない学習野が擦り切れとる粗野野卑なる輩でも、漢字しか興味を抱くことのできない割にここ一番でその知識が炸裂してその場にいる者の母性本能までも鈍く鋭くえぐってくるチートちんまい君でも、くそ平凡な人生でゲームにのめり込んではVRと現実の区別がつかず他人との距離感が測れない割に無駄に他人に干渉しようとしてしまう規格外デバッグ野郎でも、さらには植物状態にあっても自分の意識の中で最善を追い求め何千回ものリトライをかまして『世界』をぶち破り抜けてしまうヒトでも、総じてダメなんだけど、ダメじゃないただ一点の何かで何事も貫ける、そういうのは、いやそういうのが『人間』であって、だから全然だいじょうぶにゃんよ……」

 ちょっと言ってることの前半部は全然分からなかったけれど、落ち着いてあたしを諭すようにして紡がれてきた声には、何故か安心させられる不思議な感じがあって。「大丈夫」って言葉が、これほど大丈夫に聞こえたことなんて今まで無かったから。だから。

「……『ネコルニエル=セカンドタロゥネスヨンティアゴスティーニ神』さま」
「あ、流石の記憶力……で、でもいいにゃんよ、『ネコルさま』ないし『ネコルニエルさま』で。何てかさらと流そう思うてたトゥルーネームにゃのだから……そして貴女のお名前も教えてちょうだいにゃ、勇者?」

 なんか引かれたけど、もうそんな空気読めない自分でもいいや、って思えるようになっていた。なんでだろ。

「『はかな』です……『人の夢は儚い奈』って書く方の『儚奈はかな』です……」

 お、おう……みたいな猫が喉奥から出すような声がネコルニエルさまから聞こえてくるけど、相変わらず全身で抱き留められたままのあたしの身体はあたたかさとふわと香る白い花のような匂いに包まれている。

「……儚奈。人生一度や二度の挫折で投げ出したらもったいないにゃよ……何度だってやり直せる。お決まりの言葉かも知れにゃいけれど、それゆえにきっとそう。だって私のような全能神でもそれなりの試行錯誤は必須、なのですから……恐れずに前を向いて。ばんと目の前に示された局面に臆せずに向き合って。腹からの声を一発出してみればいいんにゃよう……そうすれば、何とかなる。自分の内に溜め込んでばかりじゃあ何も開けないのですにゃ……」

 言って欲しかった言葉だけを選りすぐって掛けられているような。だからこれはやっぱり夢なのかなってまた思っちゃったけど。夢なら夢で、この猫神さまから言われたことは、しっかりやらなきゃいけない気がした。

 よし。代り映えのしない日常に戻っても、それか「異世界転移」でも何でも、やってみよう、やってやる。将棋がダメだったからって、それだけで、人生は、あたしの人生は終わらない。

「にゃふふふ良き顔になりましたにゃね……そぁうっ、心意気ひとつでガンギマリチートが罷り通るが異世界の流儀でもあるのですにゃから……さらにッ今から貴女が訪れし『世界』はにゃぁんと『棋力』が及ぼす影響大な、摩訶不思議なる世界なのです……貴女の力で、世界を統べること、それすらも可能にゃのかも知れない……」

 うん、いいね。夢でも何でも、久しぶりにそんな全開で没頭できる、ぶん回せる感覚って、今のあたしにはいちばん欲しいものなのかも。よぉぉぉぉし、やるぞぉぉぉぉ……

 ――それでは勇者:儚奈よ、その無限なる『将棋パゥワー』にて、群がる野郎どもに『神の一手』を繰り出しつつ、スコカンとカマしてやるのですにゃよぉぉぉぉん……

 そんな猫神さまの言葉がすごいエコーを伴ってあたしの頭の中で響き渡ったかと思った瞬間、ふわふわしていた意識が、さらにぱす、と途切れたように感じた。

 その次の瞬間には、

 うおおおおおおおおんッ、という唸り声なんだか怒鳴り声なんだか分からないけど、とにかくのっぴきならないテンションで放たれるだろう尋常じゃあない野太い声が百とか千とかじゃあ利かないくらいの規模で響く、

「……」

 そして無駄に晴れ渡っただだっぴろい平原の中で、「血煙」と表現するとしっくりくるというかそれしか無い的なものが視界にいやでも入り込んで来る、

「ええ……」

 歴史の教科書でちらと見たくらいだけど、正にの「合戦」の場の、その真っ只中に、制服姿の女子高生がひとり放り込まれているとしか言えない図の、その中心に自分がいることを否応なく認識させられて。思わずあたしは叫ぶのであったけれど。

「んんんんネコルニエルぅぅぅぅぅううううぅぅぅッ!!」

 腹からの、とても、とてもいい声が出た。出たとて、ではあったのだけれど。

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