摩訶☗大大大☖異世界 ダイ×ショウ×ギ=レインジャー

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☗3三飛竜(あるいは、光射す/盤面にて指し示すは/光速より疾きその一手)

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「……」

 ようやく(要約?)、この場まで、辿り着いた。

 砂塵渦巻く、大平原。夜半から続いていた霧雨はようやく収まっていたけど、朝ぼらけ。周囲全体をもわりと巻く白煙のようなもやは、どうとも「現実感」とか「緊張感」とかを和らげていってしまいそうでもあり。

〈フハハハハ!! ぃよぉくぞここまで辿り着いたなぁ、『聖棋士』よぉッ!! ……っつって。まあまあその面構えを見れば敢えて問うまでも無ぇーとは思いますが? 我らが軍門に下る気はさらさら無さそうよなぁ……ならば尋常にッ!! 『対局』でケリをつけようじゃあないかぁ、と〉

 とは言え元よりそんな感覚を挟ませるような「世界」でも無かったかな。今も今まさにこの時も、何インチとかいうレベルじゃない、二十五メートルプールをそのまま横倒しにしたくらいの面積はありそうな、巨大な「ウインドウ」が、あたしたちと、敵方のど真ん中に衝立のようにそそり立っているわけで。そしてそこに表示されているのは何でか分からないけどポップアップしてくる巨大な人物像たちえだったりするんだけど、彼我距離は七十メートルは離れていると推測されるから、まあ便利。音声もこの人いきれが激しい「盤面」を包むようにサラウンドも鮮明に響いてくるけど。こういう舞台装置的なものについての便利加減ユーザーライクさについてだけキメ細かいのはやっぱり猫神さまの若干ズレた思考嗜好志向によるものなのかしらぁ……との達観気味で流せるくらいには、あたしはもうこの世界に順応は出来ている。

 約一週間。けっこうかかっちゃったなあという焦りと、みんなと共に過ごせたこの数日間は思い返してみれば短かったなあという寂しさが等分にあるように思えた。

 「対局」はあの後も何度も重ねて。その度に「軍勢」は膨れ上がっていった。もう何というか各人の顔も名前すらおろか、「歩」とか「金銀」がそれぞれ何人いるかとか、それすらあやふやだけど。そして、

【96×96:19×16】

 双方九十六名づつ。さらには盤面は「正方形」でも無いなんてこれぞ正しく摩訶不思議だよねえ……「摩訶大大将棋」というのがこれのモチーフになった古代将棋の正式名称らしいけど。投げやり感は如何ばかりかと。

〈リグオを陥落させたのは大したもんだよ……とは言え『二対五』はなかなかに埋められない差とも思えるけどねぇ……対立する意味もまた分からんし。僕らのこの問答無用な『力』を使ってさ、この世界で悠々と暮らしていく方が色々得だと思うよぉ? ええと、『ヤウチュラ ハカナ』くん?〉

 ウインドウにまずその軽薄ヅラを大写ししてきた二十代くらいの金髪のチャラ男……こいつが仕切り役なのか、それとも諸々のコーディネートを買って出るタイプの奴なのか、今の段階では分からないけれど。

 「斎瀬サイセ 忌郎イムロウ」……名前だけがその胸の辺りに「表示」されてくる。そしてあちらから見たらこちらにも出ているんだろう。でもそれでわざわざあたしの名前を確かめるように呼んだのは、はっきりあたしだけを狙ってくるつもり、なのかも。そのための認識づけ? 分からない。その細身の長身に纏っているのは、何て表現すればいいんだろう、「虹色」のようにラメるローブのようなものだ。動きづらいんじゃないの……とか思ったけど、「動く気も無い」んじゃないかも、とも思った。初手からのナメた態度はフェイクと見ることも出来るかもだけど、根っこの性格っなんじゃってのがあたしの見立て。どのみち初っ端から最前線に出張ってくることは無いと判断づけた。ある程度ヤマ張ってかないと、どうとも動きが取れなくなるから。

〈……何にせよ、『転移者』はかれこれ数か月くらい現れなかったから、もう打ち止めって思ってたのは改めないとね。こちらに引き込むにしろ排除するにしろ、そっちからやって来てくれたってのは、まあありがたいけど〉

 落ち着いた大人女性の声だ。でもその持って回ったような言い回しは、自分に言い聞かせるようでいて、こちらに向けて聞かせるつもりなんだろう。「排除」ってさらっと言った。腕を組んでちょっと斜に構えた姿勢でやる気なさそうだけれど、その細いレンズの下の視線は鋭い。頭頂部辺りでひっつめた茶髪をまとめていて、薄めのメイクと銀フレームの眼鏡で固めた小顔は、すらとした身体に身に着けたかっちりアイボリーブラックパンツスーツと相まってこれでもかの「教師感」を醸してきている。「杢止モクヤミ 瑞子ズイコ」。風貌とは異なるけったいな名前が表示されるものの、それについてはあたしからは何も言えることはないので流す。

 とは言え、「斎瀬」&「杢止」……この二人は割と理知的で話が通じそうな気もしている。牛男は「相容れない」とか何とか言ってたけど、てっきり「獅子」とか「鳳凰」型の怪物モンスターたちとやり合わなきゃいけないとか思ってたあたしにとっては、交渉の余地ありという新たな情報は僥倖とも思える。

 いや、待ってまって。

 「丸め込まれる」方が確度高いんじゃあない……? 向こうからどんどん言葉を紡いで話を展開させているこの状況……あっさり御せると思われてると見た方がいいよね。小娘ひとり余裕っしょ、みたいな。そしてこの二人は牛男みたいに「異形化」していない。確か「自分ごとになると恐ろしく慎重」なんだっけ。軽薄&沈着。タイプは違うけどその弱腰感……に何とか付け込めないか、とか考えていたら。その、

 刹那、だった……

〈んでしゃしゃしゃしゃしゃしゃぁ~ッ!! どのみち対局でノシてしまえばいいだけのお・は・な・しィィィィッ!!〉
〈何なら、な~んならッ!! 強制的に『成ら』せての、牛男とつがいみたいにして飼っちゃうってのもあ~り~ぃぃッ!!〉
〈そしてそしてへぇ~? もうこの『大陸』全土を下僕化しちゃうって壮大計画? 実行に……移しても……よかですか……?〉

 来たね。とんでもメンタル三銃士が。何となく来るかもって予期してるとこはあったけど、こうまでガチガチに固めてくるとはだよ。そうだよね、猫神さまの琴線に引っかかるのってやっぱりこういう面子だよね……むしろ今までがまともすぎたくらいあるけど……ひょっとしたら斎瀬も杢止も裏にはとんでもないものを隠し持っているのかも。その可能性は……高いと言わざるを得ない……横目であたしの右隣のマス目にちょこなんと座っている黒猫を流し見るも、例のにゃふ?顔をされたにとどまるのでそのままこちらも流して正面に向き直る。

高迂遁タカウトン 運命音サダネ
茄子八束ナスヤタバ 和歌李ワカリ
食達ジキタシ 矢羽呼ヤバコ

 うん名前もとんでも個性的ぃ……人の事は言えない身分なれど、こうも畳みかけてきますか……三人ともあたしより少し年下くらいの世代と見受けられるけど、とりあえず、黒ずくめ・三角帽子・ゆったりローブに手には木製の先端の巻いた杖のようなものを持っているのが「サダネ」、白に茄子紺色のセーラー服姿、巨大な金属質のハンマーのようなものを軽々と肩に担いでいるのが「ワカリ」、黒白の鳥の羽のようなものを全身に配置したよくわからない恰好でおかっぱの髪色も左右で白黒のツートンになっているいちばんやばそうなのが「ヤバコ」と。

 ともあれ、「五人」は確定出来た。出来たとて感はそれはうすら寒くあたしのうなじ辺りの産毛を逆巻かせてくるけれども。

「……ハカナ殿。奴らはまず『ケン』で来るはず。『神撃』のみを恐れるがゆえ。その隙をついて一気に私とハカナ殿で攻め上がるという策がまずは頭には浮かびます。が……」

 牛男の重々しい、それでいて持って回った言い方は、何となく肌で分かるところはあった。「その裏をかいてくる」、そんな空気がこの盤上には渦巻いているように感じられるからだ。そしてこれは【96×96】の弊害かも知れないけれど、盤上の三分の二ほどが「駒」たちが埋めていて、自陣敵陣共に立錐の余地が無い。実に六段もの分厚い堅陣に護られているのは心強いけれど、前線がみっちみちなので取りあえず後方のあたしたちは「見」をするほか無い状況だ。彼我間に横たわるのは間七段の「空白地帯」であり、そこがおそらく主戦場となるんだろうと思う。乱戦。そうなるしか無い盤上。でもそこに何かは……

 無い、かな?

 鼻から少し埃っぽいけれど冷たさを感じる空気を肺の底まで落とし込む。落ち着いて、考えるんだ。何かしらあるはず。それは多分に「猫神さま志向」がこの世界には蔓延しているからってだけじゃなくて、相手方「五人」が「法則」を「創って」るという前情報があったからでもある。とにかく実際に相対して思ったのは、五人が五人とも抜けているという印象なこと。真剣勝負の場には全然そぐわないほどの弛緩した空気を撒き散らして来ている。

 どんだけ負けが込んでやる気を失いつつあったあたしでさえ、盤上では最低限の真摯さで向き合おうとはしていた。今それが全然相手から感じ取れないのは、これが荒唐無稽な「人間将棋」だからというだけじゃなく、真剣になりようがない理由があるはず。

 つまりは「必勝の法則」を構築しているということ。

 「必勝」とまで言っちゃうともうあたしらの勝ちは無くなるから、そこまでの絶対的なものに至ってはいないと信じたい。し、まあ本当にそれだったんなら潔く諦めはつく、くらいまではあたしの肚は決まってきている。

 だから今考えなくちゃあいけないことは、その五人の拠り所が何かってこと。それを突き止めた上でそれを覆す「策」をやってのけなきゃならない。それも、相手方にはそうと察せられないように。うぅん……全部の情報が開示されている通常の将棋じゃああり得ないとこまで思考の触手を伸ばさなくちゃあいけない様相だけれど、そんなのはこの「世界」に来てからだいぶやらされたもんだから、そんなに苦でも苦手でも無くなってきてるんだよね……

 相手を深く知るということ、知ろうとすること。大事なんだよ、それは。自分勝手で独りよがりな「手」を指していたら決して辿り着けないんだよ、「境地」には。それが分かってなかった。分かってないまま、ただただ自分の内へ内へと潜り込むようにして。思考は深まったように感じてたけど、それはたぶん錯覚で。相手がいないとやっぱり辿り着けない。それは……そうでしょ。って、それすらも分かってはいなかったんだけど。

「……」

 今この突拍子も無い「場」で感じることは、この「世界」が色々と教えてくれたんだなってこと。達観しすぎなのかもだけれど、今、将棋を指したのならどうなんだろうとか考える。そして、あれだけ嫌で、苦しんで、頭の中が粘りのある液体で全部満たされてしまうような感覚の中で一手一手をどうしようもなく指していた将棋を、今指してみたいとか考えるようになっている。何か笑えてきたので鼻息をついてごまかしてみるけど、微笑みの形になっていた顔は隠せてなかったみたいだ。右横で静かに気合いを入れていただろうジェスの、こちらを向いたことが気配で分かる。

「ハカナ殿。やはりあなたは、私どもに光明を与えてくれる存在、『聖棋士殿』でありますれば」

 いつもながらの畏まりな言葉だったけれど、こちらをかちりと向いて相対した細面は、いつもならゼルメダがやりそうな、悪戯っぽさを湛えた、何と言うか「いい笑顔」だったわけで。銀髪が風に揺れてたなびくその向こうで、蒼色のうねる瞳が光る。

 行きましょうか。例え向こうの主力級が五人がとこだって、「必勝」の何かがあろうったって、そんなことはもう関係ないでしょ。

 最善を尽くす。それだけしか無いし、それだけを心に留めておけば。

 何だって出来るような気がしている。

 「対局開始」を前に、徐々に地鳴りのように響いてきた、「盤上の二百人弱」の自然と漏れ出ているだろう雄たけびのような音のうねりに全身を叩かれるようにしながらも。

 あたしは、ただそこに、力みも気負いも無く、ただただ立っている。
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