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第1章
偶然的に平凡な再開(2)
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「ただいま」
家の扉を開けて入ると、醤油が焼ける香ばしい香りが鼻をついた。
この懐かしい香りを嗅いだのは何年ぶりだろうか。
小学生の頃。
土曜日は授業が午前中で終わり、家に帰ると、かなりの割合で母さんはチャーハンを作っていた。
中華屋のパラパラチャーハンとは程遠い、もっちりした母のチャーハンは独創的で、金平ごぼうを刻んで入っている時もあれば、蓮根や山芋が入ってる時もある。
つまり、残り物をなんでも入れてしまうのだ。
チャーハンの具としては聞きなれないが、鶏ガラと醤油で炒めれば、きっちりと「母のチャーハン」として纏まる。
俺と兄貴はその独創的なチャーハンが嫌いではなかった。
実家にいた時は、月に1度は食べていたが、ここ数年食べることはなかった。
だが、醤油の香りだけでチャーハンだとわかるのは三つ子の魂百までというやつだろうか。
「ただいま」
俺はボストンバックを手にしたまま、台所に立つ母に声を掛けた。母はガス台に身体を向けたまま、首だけを捻ってこちらに顔を向ける。
「おかえり」
母は笑顔で答えてくれたが、頬が少しやつれていた。そのせいで、一気に老け込んで見えた。
まあ、年相応の顔かもしれないが、息子からしてみると、少しショックを受ける。
少なくとも1年前は今よりも、5歳は若く見えた。
「今、チャーハン作ってるから、手を洗ってきなさいな」
「そうする」
取り敢えず、キッチンテーブルの下にボストンバックを置き、洗面台に向かった。
手を洗って戻ると、テーブルの上にはチャーハンが入った白いお皿が置かれている。
その横にはクリームシチューが湯気をたてていた。
「チャーハンとクリームシチューって、すごいメニューじゃない?」
「いいじゃない、両方、あんたの好物でしょう」
確かにそうだが、チャーハンとクリームシチューではボリュームが半端ない。
母の優しさに言いたいことはあるが、今日は戻ってきた初日だ。好意は好意として受け取っておく。
あまり世話を焼かれたくないが、実家に帰ってきたからには我慢するしかない。母も誰かしらの世話を焼いていれば気が紛れる。
だからこそ、俺はここに帰ってきたのだ。
「翔、就職のことなんだけど、いいところありそう?」
いただきますと手を合わせてから、クリームシチューにスプーンを差し入れた時だった。
「有給休暇消化中だから、まだ何もしてない。今、人手不足で求人も多いし、贅沢いわなければ働き口は見つかると思うよ。だから、心配するなって」
母は俺が実家に戻ることを伝え時、喜びはしたものの、仕事を辞めることを心配していた。
「でも、それは若い子だけじゃないの?」
「若くはないけど、それほど年でもないから」
「そうかもしれないけど」
ここまで話して、正直、口うるさくてうんざりしていた。
が、今日はまだ初日だ。
我慢、我慢するんだ!
「でさ、お母さん考えたんだけど」
「どうせお母さんの考えなんて、碌なことじゃないだろうが」
我慢しようと思っていても、やはり口から意地悪な言葉が出てしまう。
「そんなことないわよ」
母さんは、専業主婦で、まともに働いたことがない。そのせいか、仕事については、かなりズレた意見を言って俺の反感を買う。
「お兄ちゃんの友達の涼ちゃんって覚えてる?」
「も、ちろん」
つい、言葉が詰まってしまう。
「さっき、駅で会ったよ」
「ホント? それは運命じゃない?」
お母さんの「運命」は俺の運命とは違うのだが、俺はどきりとしてしまう。そのどきりを消すように、俺はすこし乱暴に言う。
「運命ではない、偶然」
「だとしても、神様の御導き」
母は無宗教なくせに、こう言う時に「神」を口にする。
「前にお兄ちゃんが言ってたんだけど、涼ちゃんに仕事先を紹介してもらって上手くいってるお友達が何人かいるんだって。翔も頼んでみたら?」
「そんな図々しいよ。まずは自分で探してみるって」
「そんな遠慮しなくてもいいのよ」
母親のわけのわからない立場の意見に俺は苦笑いを浮かべる。
「遠慮するよ。涼さんは優しいけど、俺が甘えるのはおかしい」
「そうしから?」
「そうだよ」
「でも、涼ちゃんは優しいから大丈夫よ。おまけにイケメンだし。お母さんがあと30歳若ければ、涼ちゃんと付き合うわ」
「30歳若くても、涼さんの方がお断りだよ」
「何言ってるのよ、母さん、これでも若い頃は可愛かったんだから」
「はいはい」
俺は聞き流して、チャーハンを口に頬張る。だけど、涼さんの話しをされただけで、味がよくわからなくなる。
バカだな、俺は。
思春期のガキじゃあるまいし、涼さんの話題が出ただけで、動揺するなんて。
「でも、何で離婚しちゃったのかしらね」
チャーハンを吹き出しそうになったが、グッと堪えて、無理やり飲み込んだ。
「涼さん、離婚したの?」
「うん、お兄ちゃんが言ってた。涼ちゃんの仕事が忙しくて、奥さんを放ったらかしにしていたのが原因らしいわよ」
離婚、やっぱりしてたんだ。
左手の細くて長い薬指を思い出す。
俺は頭を振った。
ダメだ、ダメだ。
何を考えそうになってるいるんだ、俺。
涼さんが独身だからって、俺とは何にも関係ないんだから。
家の扉を開けて入ると、醤油が焼ける香ばしい香りが鼻をついた。
この懐かしい香りを嗅いだのは何年ぶりだろうか。
小学生の頃。
土曜日は授業が午前中で終わり、家に帰ると、かなりの割合で母さんはチャーハンを作っていた。
中華屋のパラパラチャーハンとは程遠い、もっちりした母のチャーハンは独創的で、金平ごぼうを刻んで入っている時もあれば、蓮根や山芋が入ってる時もある。
つまり、残り物をなんでも入れてしまうのだ。
チャーハンの具としては聞きなれないが、鶏ガラと醤油で炒めれば、きっちりと「母のチャーハン」として纏まる。
俺と兄貴はその独創的なチャーハンが嫌いではなかった。
実家にいた時は、月に1度は食べていたが、ここ数年食べることはなかった。
だが、醤油の香りだけでチャーハンだとわかるのは三つ子の魂百までというやつだろうか。
「ただいま」
俺はボストンバックを手にしたまま、台所に立つ母に声を掛けた。母はガス台に身体を向けたまま、首だけを捻ってこちらに顔を向ける。
「おかえり」
母は笑顔で答えてくれたが、頬が少しやつれていた。そのせいで、一気に老け込んで見えた。
まあ、年相応の顔かもしれないが、息子からしてみると、少しショックを受ける。
少なくとも1年前は今よりも、5歳は若く見えた。
「今、チャーハン作ってるから、手を洗ってきなさいな」
「そうする」
取り敢えず、キッチンテーブルの下にボストンバックを置き、洗面台に向かった。
手を洗って戻ると、テーブルの上にはチャーハンが入った白いお皿が置かれている。
その横にはクリームシチューが湯気をたてていた。
「チャーハンとクリームシチューって、すごいメニューじゃない?」
「いいじゃない、両方、あんたの好物でしょう」
確かにそうだが、チャーハンとクリームシチューではボリュームが半端ない。
母の優しさに言いたいことはあるが、今日は戻ってきた初日だ。好意は好意として受け取っておく。
あまり世話を焼かれたくないが、実家に帰ってきたからには我慢するしかない。母も誰かしらの世話を焼いていれば気が紛れる。
だからこそ、俺はここに帰ってきたのだ。
「翔、就職のことなんだけど、いいところありそう?」
いただきますと手を合わせてから、クリームシチューにスプーンを差し入れた時だった。
「有給休暇消化中だから、まだ何もしてない。今、人手不足で求人も多いし、贅沢いわなければ働き口は見つかると思うよ。だから、心配するなって」
母は俺が実家に戻ることを伝え時、喜びはしたものの、仕事を辞めることを心配していた。
「でも、それは若い子だけじゃないの?」
「若くはないけど、それほど年でもないから」
「そうかもしれないけど」
ここまで話して、正直、口うるさくてうんざりしていた。
が、今日はまだ初日だ。
我慢、我慢するんだ!
「でさ、お母さん考えたんだけど」
「どうせお母さんの考えなんて、碌なことじゃないだろうが」
我慢しようと思っていても、やはり口から意地悪な言葉が出てしまう。
「そんなことないわよ」
母さんは、専業主婦で、まともに働いたことがない。そのせいか、仕事については、かなりズレた意見を言って俺の反感を買う。
「お兄ちゃんの友達の涼ちゃんって覚えてる?」
「も、ちろん」
つい、言葉が詰まってしまう。
「さっき、駅で会ったよ」
「ホント? それは運命じゃない?」
お母さんの「運命」は俺の運命とは違うのだが、俺はどきりとしてしまう。そのどきりを消すように、俺はすこし乱暴に言う。
「運命ではない、偶然」
「だとしても、神様の御導き」
母は無宗教なくせに、こう言う時に「神」を口にする。
「前にお兄ちゃんが言ってたんだけど、涼ちゃんに仕事先を紹介してもらって上手くいってるお友達が何人かいるんだって。翔も頼んでみたら?」
「そんな図々しいよ。まずは自分で探してみるって」
「そんな遠慮しなくてもいいのよ」
母親のわけのわからない立場の意見に俺は苦笑いを浮かべる。
「遠慮するよ。涼さんは優しいけど、俺が甘えるのはおかしい」
「そうしから?」
「そうだよ」
「でも、涼ちゃんは優しいから大丈夫よ。おまけにイケメンだし。お母さんがあと30歳若ければ、涼ちゃんと付き合うわ」
「30歳若くても、涼さんの方がお断りだよ」
「何言ってるのよ、母さん、これでも若い頃は可愛かったんだから」
「はいはい」
俺は聞き流して、チャーハンを口に頬張る。だけど、涼さんの話しをされただけで、味がよくわからなくなる。
バカだな、俺は。
思春期のガキじゃあるまいし、涼さんの話題が出ただけで、動揺するなんて。
「でも、何で離婚しちゃったのかしらね」
チャーハンを吹き出しそうになったが、グッと堪えて、無理やり飲み込んだ。
「涼さん、離婚したの?」
「うん、お兄ちゃんが言ってた。涼ちゃんの仕事が忙しくて、奥さんを放ったらかしにしていたのが原因らしいわよ」
離婚、やっぱりしてたんだ。
左手の細くて長い薬指を思い出す。
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ダメだ、ダメだ。
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