で、手を繋ごう

めいふうかん

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第3章

デートと就活と(9)

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日比谷のタイ料理のお店は洗礼された小洒落たお店だと思ってた。

が、そうではなかった。
古いビルの2階にあり、地上にあるタイ料理と書いた立て看板は、ひび割れをガムテープで補強していた。
怪しさが漂う。怪しさしか漂わない。
ある意味、現地の裏道にあるお店ぽっい。

もし、一人だったならば、回れ右をして帰ったことだろう。

店内に足を踏み入れると、更に異国情緒溢れていた。現地の言葉が行き交っている。

古さは否めないし、デパートの屋上や、市民プールにありそうなテーブルや椅子がチープだった。だが、清潔感はあった。

テーブルに着くなり、タイならシンハービールだろ、と涼さんがいうので昼間っからアルコールを摂取することにした。
シンハーは小瓶で、コップが出てこなかったので、そのまま口をつけて飲む。

軽いビールに辛い料理がよく合った。
どの料理もピリっと程よい辛さで、後引く美味さだった。そして、何を食べても美味しかった。
昼間でなければ、もっと酒を飲むところだが、これから映画もあるのでビールは1本でやめておいた。

俺たちは辛いものの話から涼さんが数年前に行ったタイ旅行の話、それから互いの海外旅行の話になっていく。
俺はそれほど海外旅行はしていないが、涼さんもそれに毛が生えたぐらいのものだった。


食べ進めていくうちに気付いたが、涼さんはなかなかの量を食べる。俺の1.5倍は食べる。
豪快な食べっぷりで、見ていて気持ちが良かった。

会計は涼さんが払おうとするが、きっかりと割り勘にする。

それから映画館へと向かった。

日比谷の映画館は商業施設の中に入っている。
数年前に建ったばかりの施設で、たまに情報番組で見掛ける。
店舗もかなり入っていて、食べるところも沢山ありそうだ。

多くの人で賑わっていて、エスカレーターでは隙間なく人が移動する。

13シアターある映画館に辿り着くと、人の多さが倍増した。

特に続々とシアター側から人が流れて来るので、俺たちは波に逆らって歩く。圧倒的に若い女性が多かった。

「賑わってますね」

「ちょうどトークショーが終わったみたい」

涼さんが指差す方向を見ると「トキヒロトークショー」の文字と可愛い女の子のイラストのポスターがある。

確か、トキヒロって、人気の少女漫画だったよな。

「しょーちゃん、迷子にならないでよ。手でも繋ぐ?」

涼さんは冗談ぽっく言って、広げた手を俺の方に差し出した。細い指だが節が太い男らしい手だった。

俺は突然のあまり、涼さんの手を見つめたまま止まってしまった。

その瞬間、左肩に衝撃が走る。

すぐに誰かにぶつかったのだとわかった。相手の身体がぐらりと揺れるのが視界に入る。

「すみません」

俺は謝りながら、ぶつかった相手の方向をみる。

ぶつかった少年はバランスを崩したが、連れの背の高い男の子に支えられていた。

「俺の方こそ、すみません。話に夢中になって、余所見してました」

そういう男の子は目がくりっとした高校生くらいの男の子だった。

「いや、俺も止まってたから」

そこまで言って、俺は目の前にいる高校生の腰に視線が釘付けになる。

一緒にいる眼鏡をかけた男の子の手が腰に回されていた。よろけた友人を咄嗟に支えたのだろう。

だが、男の子が無事に二本足で大地を踏みしめているというのに、腰に手を当てたままだった。

友達同士では、考えられない手の位置。
俺の頭の中に疑問が湧く。

すぐに可愛らしい男の子の方が俺の視線に気付く。

「た、田中、手を離せよっ!」

小さく怒鳴ると、田中と呼ばれた子は「ん?」と聞き取れないというように耳を傾け、自然を装って今度は身体を密着し始める。

「ふっざけんなよ。人前では触るなって言っただろう?」

男の子が耳まで顔を赤くすると、田中と呼ばれた男の子はニコニコと笑って、両手を上げる。もう触ってないのポーズだ。

「人前でなければいいってことだね、山田」

きゅっと上げていた口角を少しだけ下げて、今度はニヤニヤとした笑みを作る。

明らかに山田は田中にからかわれていた。
山田はそれもわかっていて、強く睨んでから、もう一度俺の方にペコリと頭を下げる。
俺もつられて頭を下げる。

「いくぞ、田中」

と男の子が言うと、田中くんは俺と涼さん交互に見てから、優しく微笑んで頭を下げた。

その仕草が『同類ですね』と言っているように感じた。

高校生らしき2人は並んで歩き出したが、まだ何か言い、じゃれ合ってるようにみえる。

離れて行く2人の男の子たちの背中が、人波に隠れてしまうまで俺はその場で見つめていた。

「メガネの子がイケメンだから、見とれちゃった?」

涼さんは冗談だとわかるように言う。

「同じイケメンなら俺は涼さんの方がタイプです」

考えもなく答えると、涼さんは一瞬、真顔になり、それから「ありがとう」と言って崩れるように笑い顔になる。

「あの2人って、付き合ってますよね?」

「だろうね」

「羨ましい」

「しょーちゃんも支えてあげようか?」

「そっちではないです」

からかいの言葉をピシャリと跳ね除けて、俺は止めていた足を進めた。

「高校生でもキラキラしたお付き合いができるんですね。俺なんて、無理して女子と合コンしたりして、隠すのに必死だったのに」

自分でも自嘲の表情になっているのがわかるが、止められない。

「だから、俺がいるんでしょう?  今からでもキラキラした思い出作ろうよ、おじさん2人で」

そう言って、涼さんは再び大きな手の平を差し出してくれる。

俺は数秒だけ手を見つめたが、すぐに首を横に降る。

「色んな意味で恥ずかしくて無理です」

俺が頭をペコリと下げると、涼さんは「ホント、しょーちゃんは真面目なんだから」と言って、行き場のなくなった手で前髪を掻き上げた。

呆れられて当然だ。
俺自身が変わらないとならないのだから。

俺は無理矢理に恥ずかしがる自分の口を開いた。

「だから、映画館の中で暗くなったら手を繋いでいいですか?」


「えっ?」

涼さんは短く聞き返したが、俺はこれ以上言えない。

でも、涼さんも追求せずに「早く映画館の中に入りたいな」と答えてくれた。
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