で、手を繋ごう

めいふうかん

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第3章

デートと就活と(10)

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映画の座席チケットは涼さんがネットで予約をしてくれていた。料金を払おうとしたが、涼さんが受け取らないので、今回は甘えることにする。


「ポップコーン食べない?」


タイ料理を食べたばかりで、お腹は空いていない。だが、娯楽映画はポップコーンを食べながら見る雰囲気が好きだ。

それにしても、涼さんはよく食べる。


「いいですね。ここは俺が出します」


「本当? 嬉しいな」


映画のチケットより、全然安いんですけど。
と、いう言葉は飲み込む。


「何味にします?」


フードコーナーの売店に向かって、2人で並び、看板を見つめる。


「色んな味があるんだ」


「塩、キャラメルは定番ですね。北海道バター醤油、焼きそば、3種のチーズピザ、いちごみるくシェーキ」


俺はメニューを右から読み、左に行くにつれてポップコーンのフレーバーの想像から離れていく。


「どれがいいですか?」


「守りに入るが、バター醤油がいいかな。しょーちゃんは?」


「俺はキャラメルがいいです」


「それじゃ、キャラメルとバター醤油でペアーセットにしようか」


ペアーセットとはドリンクが2つと、バケツのような紙の入れ物の真ん中に仕切りがあり、2つのフレーバーのポップコーンを楽しめるセットである。もちろん、個々に注文をするより安い。


「個別にしましょう。ペアーセットは食べにくいですから」


「食べにくいかな?」


「はい。俺、前にペアーセットを友達と頼んで、ちょっとストレスでしたよ」


「そっか」


少しがっかりする涼さんを俺は無視する。

食べにくいなんて嘘だ。

前に彩と映画に来た時、ペアーセットを頼んだのだが、同じタイミングにポップコーンに手を伸ばし、箱の中で手が触れた。
彩だから別にいいが、相手が涼さんだと緊張してポップコーンを食べるタイミングとか色々と気にしてしまう。

だから、ペアーセットは断固拒否する。

俺はカウンターに並んでポップコーンとドリンクを買い、その間、涼さんはトイレに行っていた。
涼さんにフードを渡して、先にシアターに入ってもらい俺もトイレにいく。


手を繋ぐと思うと、俺は必要以上に爪の先などを洗った。

ハンドクリームとか買っておけば良かった。
そう思うが後の祭りだ。

俺はコートを脱いだ。鏡を見て、手櫛で髪を整えてセーターも整えてトイレを出た。

シアターは小さく、一目で座席を見渡せた。
人気がないのか、客の入りは少なく、ポツン、ポツンと埋まってるだけだ。上映まで、あと10分ほどあるが、満席になるとは思えない。

涼さんは一番後ろの席の真ん中に座っていた。彼以外、最後尾の列に客はいない。
俺を見つけて片手を上げている。
俺も小さく左手で応えると、涼さんは手を下げる。

そんな小さなやり取りに、いちいち俺は嬉しくなる。ニヤける顔を隠すため、少し俯いて、小走りで席に向かう。

涼さんの左側が俺の席だった。
ポップコーンとドリンクが乗ったトレーは、凹凸があり、凹みにポップコーン、ドリンクがぴたりと入る。そして、ドリンクの凹みは、俺の席の右側のドリンクホルダーにスタンバイされていた。

小声で前回の主演作品の話をしながら、ポップコーンを摘む。お腹は空いてないのに、ついつい食べてしまうものだ。

「しょーちゃん、バター醤油食べてみる」

涼さんは小さなバケツのような箱を俺に差し出す。俺は一摘みして、口に入れた。


「バター醤油は癖になりそうですね」

「うん、俺、これ好きかも」

「涼さんもキャラメル食べますか?」

「食べる」

涼さんの綺麗な爪の指がポップコーンに伸びる。だが、そこはほとんどキャラメルがかかってない。

「ちょっと待って!」

俺の声で涼さんは慌てて手を引っ込めた。

「そこ、キャラメルかかってませんから。これみたいにかかってるの食べてください」

俺はそう言って、一番キャラメルがかかってる塊を取る。あろうことか、手にしたポップコーンを涼さんの顔の近くに差し出した。

人が掴んだものなんて、気持ち悪がるかな。
そう思っていると、涼さんは少し薄めの唇を開いた。

これって。

俺は涼さんの唇に釘付けになりながら、細心の注意を払って口の中にポップコーンを入れる。

涼さんの唇が閉じられ、ゆっくりと咀嚼していく。俺はまだ彼の唇から目が離せない。

「うん、キャラメルも美味しいね。もう、1つちょうだい」

「どうぞ」

俺は涼さんが口を開けて待たないように、かぶせ気味に喋って、ポップコーンを差し出した。

「好きなだけいいですよ」

俺はやっと涼さんの唇から目を離して、ポップコーンの箱を涼さんに向かって更に差し出す。

「なーんだ、サービスは1回だけなんだ」

「そうです。何度もサービスしていたら、ありがたみがなくなるでしょう?」


俺は引きつりそうになりながらも、ゆったりと微笑んでみせた。

涼さんは口元に握った右手をあててクスクスと笑った。
俺が無理しているのがわかったのかも。

俺は涼さんの笑いには特に反応しないで、ポップコーンを口に運び続けた。


そうこうしているうちに、シアターは暗くなり、映画が始まる。

物語の冒頭はいきなり戦闘シーンから始まる。
主人公は複数人の敵に囲まれ、逃げながらも攻撃する。お互いに銃も武器も持たない。素手だけの闘い。

瞬きもできないほど、素早い手、足さばきが続く。

掴みでもある怒涛のアクションが終わり、主人公の生活を説明するような場面が続く。
内容は正直、流してみていてもわかる。

この主演の人の映画はとにかく、アクション。
だから、俺はここぞとばかりに隣の涼さんを意識する。

手を、いつ、どのように、繋ぐかだ。
この手の映画は、必ずヒロインとのラブシーンがある。
だからといって、それを狙って手を握りたくはない。とてもチープに感じる。

少し首を曲げて右側にいる涼さんを見る。
映画に夢中のようだ。
いきなり握ったら驚かないか?
それに、今から手を繋いだら先は長い。今度は離すタイミングに悩む。

手のひらにじっとりと汗が滲む。
ズボンの腿で拭こうと試みて、寸前で止める。

待てよ。
この位置なら、手を繋ぐのは必然と右手だ。

俺は右手の指先と指をくっつける。

ヤバい。ポップコーンのキャラメルで、少しヘドベトしてる。利き手ではない左手は無事だが、こちらで手を繋ぐのは位置的に無理がある。

ふと思い、右の指先を鼻先に持っていくと、甘い香りがした。

だ、だめだ。
こんな状態では、手なんて繋げられない!
俺が右側で、涼さんのバター醤油の香りのする右手と手を繋ぐなら気にしなかったのに。

俺は悶々とした思いで、手を繋ぐことを諦めた。







手を繋ぐのを諦めたせいで、俺は映画に集中できた。

勧善懲悪の使い古されたストーリーかもしれないが、俺はやはりこの俳優の映画が好きだと再確認して、爽快な気持ちになった。

スクリーンにスタッフロールが流れても、席を立つ人は少ない。
俺たちもシアターが明るくなるまで、席を立たなかった。


「おもしろかったですね」

俺は少し興奮し、体を右側に捻り声を掛けた。
涼さんのしっかりとした眉と眉は寄せられ、間に軽くシワがよる。

「映画自体はね」

明らかに不機嫌な声で答える。

あれ?
もしかして、俺に怒ってる?

「どうかしまたか?」

何となくわかるが、敢えて素知らぬ顔で聞く。

「手を繋ぎやすいように、肘掛に手を置いていたのに、無視された」

やっぱり、そうか。
映画の途中で、涼さんは俺との間の肘置きに手を置いていた。

もしかして、これは俺から手を出しやすいようにか?と思ったが、気付かない振りをした。

「ごめんなさい。俺、キャラメルで手がベトベトしていたから」

そう言っても、涼さんの機嫌は直らず、席から立ち上がらない。それどこらか、長い足を組み始め、不機嫌さを露わにする。でも、本気で怒ってないのも雰囲気でわかる。

「ベトベトでも良かったのに」

「俺が嫌です」

涼さんはふんっと言うように、そっぽを向く。俺は椅子から立ち上がる。


「本当にごめんなさい。でも、不貞腐れてる涼さんも可愛いです」

そう言って、俺が左手を差し出すと、横目でチラリと涼さんは見る。

「こちらは大丈夫です、ベトベトしません。行きましょう、涼さん」

涼さんはまだ不貞腐れたように口を少しへの字にしていたが、俺の左手を右手で握る。

さらりとした冷たい大きな手だった。痛いほどぎゅっと握られる。

俺は涼さんを立たせるために、肘を曲げて力を入れた。

涼さんの体は動かない。俺は更に力強く、腕を引っ張った。

すると、ふわりと涼さんの体が浮いて立ち上がる。だが、そのまま止まらずに俺の方へ体を寄せた。

俺は反射的に顔を少し傾げる。
涼さんの高い鼻が俺の鼻先に触れた。
同時に涼さんの少し薄めの唇がそっと俺の唇に触れる。

「キャラメルの味がする」

俺は何が起こったかわからずに固まってしまう。

「キスは慣れているのかな?」

涼さんはふっと笑って俺の頭をポンポンと2回叩く。

「さあ、行こうか。でないと、もう1度するけど」

俺は油が切れたブリキ人形のように、ぎこちない動きで歩き出した。
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