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めんつゆ

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第二章 被害者の会

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 迷路のように入り組んだ道を右に左にと曲がり、住宅街を抜けると、今度は大きな畑が見えてくる。

そこを、まっすぐ進めば目的地だ。

「鷹谷が君をいじめていたのは知ってたよ」

 森山は、軽い口調でさらりと言葉を落とした。

「え? どうして?」

「言ったでしょ。俺はずっと犯人を捜してるんだ。怪しい人物の周辺はだいたい把握してる」

「……なにそれ」

 忘れかけていた。
柊はじとっと森山を睨む。

彼はいまだ彼女が千愛殺しに関わっているのではないか、と疑っているのだ。

 それでもこうやって、行動を共にしてくれるのだから彼の考えることはわからない。

協力の約束を反故にするつもりなのではないか、という不安はどうやら思い過ごしだったらしい。

そこには、とりあえず安堵しておくべきだろうか。

 二人は、母校であり、鷹谷の事故現場であるミナミ中学校に向かっていた。

そこに行けば、なにかを掴めるかもしれない、と考えたからであった。

「にしても、関係あるよね、絶対。今回のことと千愛のこと」

「まあ、死因が死因だしね」

「ミナミ中の屋上から、転落死」

「千愛と全く一緒だ。まああの子の場合、表向き自殺だけど」

 偶然なんて、ありえない。柊はそう確信していた。

三年前の事件はまだ終わっていないのだ。今頃になって、こんな不可解なことが起こるのだから。

「てかさ。柊は鷹谷に対して恨みとか無かったの? だって直接危害を加えられたのは鷹谷の方じゃん。それなのに復讐したいのは、噂を流した奴だけ?」

「……いや、ていうか、そうだ、言おうと思ってたんだけど。私、本当は千愛を殺したのは鷹谷じゃないかって、そう考えてたの」

「……え?」

 柊の言葉がよほど意外だったのか、森山は目を丸くして彼女を見た。

「あ、ごめん、違うの。そんな大した根拠は無いんだけど。
噂が広まったときにね、一応出所を探ったんだけど、やっぱりわからなくて。
もしかしたら、噂のせいでいじめられたんじゃなくて、いじめられたから噂が立ったんじゃないかって」

「……難しいこと言うね」

「……だから、私のこと率先していじめていたアイツが怪しいなって。そんな感じなんだけど。
……ま、森山は私も疑ってるんだもんね。鷹谷に罪をなすりつけてるみたいに思われるのは癪だから余計なことは言わない」

「……え、いや、柊は関係ないんでしょ」

「はあ!?」

 何を言い出すんだ、この男。柊の顔が歪む。

「どういうことよ。前と言ってることが違うじゃない。ちょっと、聞いてる?」

 いや、聞いてないな。
柊は嘆息した。黙り込む森山は、もう意識を別のところにやっていた。

なんて潔い前言撤回だろうか。とことんふざけた男だ。

「だいたい、どうして千愛は殺されたと思うのよ」

返事は無い。
答えたくないのか、それともただ聞こえていないだけなのか。

結局、行動を二人でしているだけなのだ。
こんなものの何が協力と言えよう。

「柊さんじゃん」

「え」

びくりと肩が跳ねた。

 呼ばれた? ためらいながら、柊は振り向いた。

 誰だろう。その疑問に焦ったのは一瞬だけだった。

目の前の男が、記憶の中の一人と一致する。

「要(かなめ)くん……」

 男は、垂れた目を細めて笑った。

「久しぶり」

「あ、うん、ほんと。久しぶり……」

 くっきりとした二重まぶたは変わっていないが、記憶では短かった天然パーマが伸びきって、あちらこちらにぴょんぴょんはねている。

「柊さんも鷹谷の死に場所を見学しに来たの?」

 気が付けば、もうそこはミナミ中学校の校門前だった。

ここに彼がいる理由も、自分たちと同じらしい。

「どうせ死ぬならもっと早く死んで欲しかったけど、まあスッキリしたよねえ」

要は、くっくっ、と喉の奥で笑った。
柊は乾いた笑みを浮かべて、彼を見つめた。

ためらいもなく、狂った台詞を口にできる彼。

気味が悪い。

だけど、いけないとわかっているのに。
心のどこかで同じことを思っていた自分のこと。

もっと気味が悪い。

「なに、柊、もしかして中学のときの?」

「あ、うん。そうそう。元クラスメイトよ」

「ども。要です。あなたは、森山先輩ですね」

 森山が驚いて固まる。

だけど、考えてみれば、自分も彼も同じ中学の出身。
名前を覚えられていても、そうおかしいことじゃない。

「うん、そう、俺、森山。えーと、久しぶりだね、要くん」

 覚えてないくせに。
呆れながら、柊は森山を睨んだ。

それは要も同じだったようで、彼は苦笑した。

「無理しないでくださいな。印象薄くても仕方ないですよ。俺、しがないいじめられっ子でしたから」

「え」

 いじめられっ子? そのワードを聞き直そうとして、すんでの所で飲み込む。触れていいのかわからない。

「まあ、関係ないか。あんた、周りのことなんか全然興味なさげだったし。森山先輩は優秀で有名だったし」

「……いや、ええと」

 それこそ関係ないのでは。と思いながら、曖昧に笑う。

「それよりも、ふたり、おかしな組み合わせですよね。接点といえば、千愛ぐらいしか思い浮かばないけど、正解かな?」

 疑問形の割には、確信を持っている。

苦手なタイプだ、森山は直観的にそう思った。

「ふうん。今更、千愛繋がりでコンビ組むなんて怪しいー。なに企んでんの?」

「……深読みしないでよ。たまたま転校先に森山がいたって、それだけだよ。それより、要くん。久しぶりの再会だし、どう? 昔話に花を咲かせるのも……」

「俺たちの昔話って、花が咲くほど明るくないでしょ」

 まあ、確かに。柊は言葉に詰まった。

「懐かしいよねー。鷹谷。俺と柊さんの接点って、鷹谷だったよね」

「……被害者の会だね」

 そう言って柊は、校舎を仰ぎ見た。

雲一つない真っ青な空に映えるそれは、鷹谷の死など我関せずで。

どうにも、実感が湧かない。

鷹谷がこの世から居なくなったこと。今の奇妙な状況のこと。

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