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第二章 被害者の会
④
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中学にあがって間もないころ。
友達と呼べる人間はいなかったと、柊は思う。
一応三、四人のグループに所属はしていたものの、そこに友情があったとは言い難い。
ただ、ひとりひとりの顔色を窺って、思ってもいない他人の悪口に付き合って。
彼女たちと一緒にいるだけで、自分がどんどん汚いものになっていく気さえした。
そんな時に出会ったのが、当時学級委員長を務めていた千愛だ。
彼女は優等生だった。特別頭がいいわけじゃない。
ただ、正義感の塊みたいな女の子だった。
「やめなよ。なんでそんなに酷いことするの」
あの鷹谷にも臆せず立ち向かうのは、彼女ぐらいだった。
目がくりくりと大きな童顔で、ふわふわしたものの似合う可愛い子だったけど。
正しいものは正しい。間違ってるものは間違ってる。
極端なぐらい、線引きしていた。
当然、反感は買っていたし、とても賢い生き方とは言えなかった。
それでも、かっこいいと思った。強く憧れた。
だから彼女に近づいた。仲良くなりたかった。
明らかにクラスで浮いていた彼女と一緒にいることは、大きなリスクを伴った。
柊にしては、相当勇気のいる行動だった。
でも、もしかしたら。
自分を外そうとしていたグループの空気に気付いて、そうなる前に居場所を千愛に鞍替えしただけだったのかもしれない。
裏切ったりしない、確実な味方がほしい。
そんなずるい考えがあったのかもしれない。
そんな彼女を、千愛は歓迎した。
友だちになりたい。その言葉に、こちらが申し訳なくなるほど喜んだ。
「ね、もう要くんを庇うのやめたら? 確かに鷹谷たちがやってるのはいけない事だけどさ、言ってもあいつら、やめないじゃない。それに……」
そのころ、鷹谷による要へのいじめは度を超えて酷くなっていて。
傍観者を決め込んでいた柊にとって、毎回突っかかっていく千愛の態度にはハラハラするものがあった。
「何言ってるの、莉子。ちゃんと言いたいことがあるのに、諦めて黙るなんてダメだよ」
千愛は強い子だった。
だから自分は、心配するのと同時に、そんな彼女に強く憧れるのだ。
そして、彼女は確かにクラスメイトから敬遠されていたけど
やっぱり可愛いだけあって、男子には人気があったようだ。
それが余計、同性からの妬みを買ったのも事実だが。
そんな彼女が片思いをしている相手。
それが、森山 有。
ひとつ年上の先輩だった。
無愛想。というか無表情。
読書感想文でなんとか賞をとっても、体育祭でMVPをとっても。
「ありがとうございます。嬉しいです」と、全然そんな素振りも見せずに言うだけ。
誰も寄せ付けない雰囲気。
孤高の天才。一匹狼。
きれいなその顔が、喜怒哀楽に崩れることはない。
静止画みたいで不気味。正直こわい。千愛には似合わない。
それが柊の、森山に抱いた印象だった。
「有ちゃんはそんな人じゃないよ。勘違いされやすいの」
千愛はそういうけど、理解できなかった。
――千愛が自殺した
ジサツってなに? 千愛が、なんて?
どうして今日、千愛は学校に来てないの。
中二の冬。悲劇は、突然落ちてきた。
「お前なんだってな、千愛をいじめてたの。そのせいで千愛が死んだんだ」
鷹谷の、言葉の意味がわからない。
でも、否定しなきゃ。違うって、否定しなきゃ。
ほとんど本能に任せて。中身が真っ白な頭をぶんぶん振った。
ただ、微かに。
千愛にはもう会えないのだという事実が、柊の中を浮かんでいた。
手繰り寄せて、深く考える余裕なんてなかった。涙も出ない。
わからないの。何が起こっているの。
いじめのターゲットが、要くんから自分に変わって。
髪を引っ張られるのは屈辱。
ぶっかけられたのは、ただの水なのに、ネトネトする。気持ち悪い。吐き気がする。
「お前、水ぶっかけられんのと、毒飲まされんの、どっちがいいよ?」
わけのわからない鷹谷のセリフが、体に染みついて離れない。
彼がどんな表情でそれを言っていたのか、全く思い出せないけど。
あの頃の自分の感情だけは、しっかり残っている。
体が勝手に震えた。
怒りか、恐怖か。悔しさが込み上げて、頭の血管が切れそう。
投げかけられる言葉は痛くて、重い。
鷹谷が憎い。殺したい。周りで見ている奴らも憎い。
皆殺しにしたい。
みんなみんな、潰してしまいたい。
そういえば、千愛はどこ?
何を思ったのか、わからない。
何が柊をそこにひきつけたのか。
気が付けば、授業をさぼって屋上に来ていた。
(うそ、誰かいる……)
もりやま ゆう。
寒空のもと。白い背景。木枯らし。
黒い髪が、なびく。
学ランがはためく。
柊はそこに立ち尽くした。
自分の存在を忘れて、少年に見入っていた。
目が、はなせなかった。
ねえ。どうして。
どうしてあなたは泣いているの。
**
「ひいらぎ? ちょっと。おーい」
「え?」
ふと気が付くと、森山が心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。
演技じゃない。
彼はもともと「表情」を持っているのだ。
「確かに要くんの話はくだらなかったよ? でもさあ、そうやって完全に遮断するのはどうかと思うなー」
「え? や、そんなつもりは……」
「ひっど。ユーモアセンスの欠片も無い先輩の代わりに、俺がこの場を盛り上げようとしたのに」
あまりの言われように、要が頬をふくらます。
あざとい。柊は引きながら、そんな彼の顔を見た。
「でも盛り上がってないじゃん」
失敗だねー。そう言って森山は笑った。
笑った。
要は気付いていないようだが。
森山はいわゆる、人見知りなのだ。
単にコミュニケーションが苦手なのだ。
慣れていない人間の前では、表情が硬くなるだけ。
だから、たとえば「要」という人間に慣れてしまえば、こうやって自然と笑顔が出たりする。
相手にどんな感情を抱いているか、はおそらく関係ない。
あくまで問題なのは「慣れているか」、否か。
人見知りとは、そういうものなのかもしれない。
それは、この数日森山と関わってみて柊が気付いたことだった。
「それにしても仲良くなったのね、ふたり」
「柊。変なこと言わないで」
と森山。
「変なことってなんですか」
そう言って抗議するのは要。
……楽しそうだし。
つまり、学校でも毎日見せている柔らかな表情は、決して「フリ」では無いのだ。
高校に入ったばかりの時どうだったかは知らないが、今はそれを自分のものに出来ている。
「あ、私ここ曲がったらすぐ家なんだ。ありがとう、結局送ってもらって」
柊が立ち止まると、それに合わせて二人の足も止まる。
「ああ、ううん。気を付けてね」
「柊さん、またねー」
軽く片手を上げる森山と、大げさに手を振る要。
そんな二人に、小さく手を振り返す。
「またってどういう事。もう俺たちに近づかないでよ」と要に文句を浴びせる森山の声を背中に受けながら、柊は自分の家へと足を進めた。
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