Replica

めんつゆ

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第三章 距離

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「ねえ、もう一度聞くけどさ。君、何の用?」


「だーかーら。たまたま会ったんですよ、俺たちは」

そんな訳ないだろう。森山はじろりと要を睨んだ。

生意気な年下だ。いじめに遭っていたというのは、本当だろうか。とても信じられない。

「俺に話があって来たんでしょ。柊に聞かれて困る話?」

「さすが、先輩。大当たり」

「…………」

しれっ、と言っていることを変えやがって。森山はあきれて嘆息した。

これまで要は、「バイト先のツッパリ店長武勇伝」だとか、「ツンデレクレーマーおばさんの話」だとか、
とにかくくだらない話題を提示し続けていた。

まるで、柊が帰るまでの間を繋ぐかのように。

辺りは暗い。ファミリーマートがぼんやりと明るい。

「俺が犯人だと言えば、あなたはどうしますか」

「ん、はんに……、え?」

あまりにもさらりと言うから、聞き逃しそうになった。

「はんにん」って何だ。

犯人? 

何の。

「千愛」の話だ。直感がそう告げる。

ーーだけど、いきなり。なんで。千愛のことだとして。犯人ってなんだ。

ーーそれは、つまり、「殺した」。

ーーそう言いたいのか。何でこいつが。

様々な声を発しながら、心臓がどよめいた。

ーーああ、違う。からかっているんだ、どうせ。


森山は、要を凝視した。目の前の男のひとことが、彼を大きく混乱させていた。

いや、からかっているのだとしても、わざわざ千愛の話を自分に振ると言うことは。

ああ、そうか。と、森山は納得した。

こいつは、要は、気付いているのだ。

森山がこれからやろうとしていることに。「犯人」に報いを受けさせる、そんな計画に。

「要くんは何が言いたいの?」

今度は要がじっと、森山の目を見る。

「だからつまり俺が……」

そう言い始めてから、彼は言葉を飲み込んだ。

「……この続き、わかるでしょう、先輩なら」

「そんなんでわかる訳ないだろ」

でまかせだった。本当は、ほとんど確信していたのに。

「…………」

その安っぽい言葉に、要は白けた目を向けた。

「詰め寄ってくれたら、話せたかもしれないのに。あんたもまた、肝心なところで臆病だ」

静かにそう言ってから、また胡散臭い笑顔を張り付けて「そういうもんですよね」と、ケラケラ笑う。

そんな要の態度を見て、森山は失敗したことに気付いた。


「ちょっと待って、君はなにか知ってるのか?」

「なにか、とは?」

「だから犯人って、千愛のことだろ!?」

今度は勢いに任せて、核心に迫った。

言ってしまったあと、心拍数が上がっていることに気付いた。

何に対して興奮しているのだろうか。

この時は、それを考える余裕さえ無かった。

そんな森山を見透かすかのように、要はその大きな目を細めた。

その不気味な表情に、微かな恐怖心が沸き起こる。

(どこまで気付いているんだ。まさか、鷹谷のこと……。いや、それは、ない)

ーーそれは、ありえない。

森山は、唾を飲み込んだ。

おそらく、ミナミ中学校で会った時から、自分の目論みについてはばれていたのだろう。

その上での、さっきの発言。

きっと、犯人への糸口は彼の中にある。

「あなたは真相に近づくにつれて、俺の人生を恨むようになります」

「……どういうことだよ」

「……つまり、これからもよろしく。そういうことですよ」

へらっ、と笑うその顔は、彼にこれ以上は何も答える気が無いことを示していた。

「かき乱すだけかき乱して、放置ってわけ」

「面白そうなものを見つけると、手を出さずにはいられない性分でして」

にこにこと笑いながら、要は無言の圧力を放っていた。

もう、遅いと。何を聞いても無駄だから、黙れ、と。

だけど、森山はその圧力にあえて気付かないふりをする。

「さっきまでの発言もでたらめ? そんなことないよね。君は何のために俺たちに近づくの?」

「好奇心ですよ」

気味の悪い奴。

彼の口から出る言葉は、あちらこちらに散らばって、まとまってくれない。

すでに、要の発言のほとんどに、頭はついていけていなかった。

それでも、この機会を逃したくなかった。今は情報が欲しい。焦りが森山の心臓を掴んで、揺らす。


「……じゃあさ。要くんは、千愛とはなにか関わりあったの?」

「え? なんですか、いきなり」

なるようになれ。とにかく、ひとつでも良いから手がかり引き出す必要がある。

覚悟を決めて、森山は、またひとつ目の前の男に質問を投げかけた。

どんな答えが返って来ても、半信半疑、いや、三割信七割疑ぐらいの気持ちでいようと心で決めながら。

「柊の元クラスメイトなら、千愛ともそうだよね」

要の、「あのときの、あの教室」での位置は

いじめられっこ。そのはず。

鷹谷にいじめられていて、そして?

千愛にとって、彼は何者だったのか。

なぜ、犯人への切符を握っているのか。


「あー、そうですね、うん、いいですよ。聞きます?」

にやりと笑って、彼はその顔を傾けた。相変わらず挑戦的だ。

しかし、憎たらしいと思う前に。そんなことが言えるほど、こいつは千愛と関係があったのか、と。

なにか、恐怖のようなものが、森山を襲った。

「聞く。教えて」

 真顔で返事をする森山に、要は一瞬きょとんとして、それからまた、薄く笑った。

「実は俺ね、千愛とはキスまでした仲なんですよ」

「……は?」

 予想の斜め上を行く返答に、森山は固まるしかなかった。









「はっ? きす!?」

「そう」

柊は、目を丸くした。
昼休み。生徒会室で何やら作業している森山の隣。

昼食のメロンパンが喉につまる。

(え? 要くんと? 無いでしょ。
だって千愛は森山のことが……、いや、そういう問題じゃない、根本的におかしい)

 正直な感想、「なんじゃそりゃ」と言ったところである。

あまりに馬鹿げている。

なぜ、そんな訳のわからない嘘が生まれたのであろうか。

唖然とする柊を無視して、森山はため息をついた。

「もしかして、付き合ってたのかなー。千愛なんも言ってくれなかったよ。俺知らなかったし」

「いやいやいや、森山、ちょっと待って。
千愛と要くんは守る側と守られる側で、それだけだったはずだし……。
え、てか、信じてるの? それで平気なの? 
そういや森山は千愛のことどう思ってたの」

「どうって。妹みたいに可愛がってたつもりだよ」

「……」

いもうと。

確かに、ショックは受けているようだが父親的な目線だ。

今更ながら、千愛が不憫でならない。

「あーあ、もっと詳しく聞いとくんだった。
あいつ、爆弾落としてさっさと帰っちゃったんだよねー」

自分たちの目的が要に筒抜けであることは伏せておこう、と森山は頭の片隅で考えた。

「そもそも、それ要くんの嘘だと思うんだけど」

「……でも、なんでそんな嘘つくの?」

好奇心。
とっさに浮かんだ奴の言葉を振り払う。

いくらなんでも、意味がわからない。

そんな嘘をついたところで面白くもなんともないはずだ。

「会長」

二人は顔を上げた。

いつの間にか副会長がドア横に立っていた。

「あ、ごめん、今いく」

森山は机の上に散らかしたペン類を筆箱に詰め、席を立つ。

柊は、その様子をぼんやり眺めた。

事情はよく知らないが、今生徒会は大変な時期らしい。

昼休みなのに、今日は会議があるとか。
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