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めんつゆ

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第三章 距離

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「…………? 行かなくていいんですか?」

森山が急いで生徒会室を飛び出したのに対し、副会長はその場を動かない。

というより、見られている気がする。

「会長が最近、この教室にこもるのは、あなたがいるから?」

「へ? や、逆ですよ。森山……センパイがここにいるから、私が通うようになったっていうか」

そういうと、眼鏡の奥の瞳が険しくなった。

それを見て柊は慌てて訂正する。

「いや、ちがっ。変な意味じゃないんです。
私、クラスでひとりで……、ってか、友達いなくて、森山先輩はそんな私を気にかけてくれてるだけで……」

「友達いない」だなんて。

今までならこんなこと簡単に口にできなかった。

きっと、本当はひとりじゃないから言えたんだ。

柊はそう思った。森山のおかげだ。

「そう。なら、もっとクラスに溶け込む努力が必要なのでは?
会長はいつまでもあなたひとりにかまってられる程暇ではありませんよ。
第一、ここは生徒会室。生徒会役員の教室です」

「……あ、えっと」

来るな、と言われているんだ。

柊はうつむいた。彼女の言い分はすごく正論で。

返す言葉がみつからない。

「…………」

副会長は、押し黙る柊を軽く睨み、それから踵を返した。

どうしよう。漠然とした不安。

もう、ここに来れないのか。

すごく、嫌だ。でも、だからと言って。
 
ため息が出た。

(副会長、森山のこと好きなんだろな)

 どうでもいいことだけ、心の中で呟く。







その日は、一段と肌寒かった。

いよいよ本格的に冬が始まる。

柊は、自分の席から、窓の外を眺めた。

真っ白い空が、広がっている。

「柊。お前何してるんだ」

「えっ」

突然の声に、柊の肩が跳ね上がった。

「え、なにって、え?」

廊下から、学年主任の教師が、こちらを覗いていた。

その不審なものを見るような眼が、心臓に悪い。

気付けば、この教室にいるのは自分ひとりだけだった。

休み時間とは言え、これはおかしい。嫌な予感が沸き起こる。

「五時間目から全校生徒、体育館に集合だ。
あと三分だぞ、誰にも教えてもらってないのか?」

誰にも教えてもらってないのか。

「……あ、ごめんなさい、忘れてました。今から……」

そんなこと、気付いたって言わないで欲しかった。

「……急げよ」

クラスの子は誰も、自分と話してはくれない。

今更だ。体育館シューズの入った袋を手に、教室を出る。








「ついに始まりましたー! 生徒会主催、波北高校クリスマスパーティー!」

「生徒会はこの日のために必死になって準備してきましたからねー」

体育館。

副会長と森山の声が響き渡る。

柊は、クラスの列の中でそれを聞いていた。

忙しそうだったのは、これか。ひとりで納得する。

「今日はスペシャルゲストも用意しているとか」

「そうなんです。超ビッグですよー」

(森山じゃないみたい)

声が違って聞こえるのは、マイクを通しているからだろうか。

でも、口調も違う。

それに、笑顔だっていつもの穏やかなそれじゃない。

弾けるように笑っている。

やっぱり、千愛みたい。

柊は思う。

彼はおそらく、「大勢の人の前」にまだ慣れていない。

慣れていないところで表情が必要なとき、彼は千愛になる。

きっと、本人も意識してやってる。

(ひと多いな。締め切ってるから、空気悪い。
風邪菌、充満してるだろな。マスクしてるから大丈夫だよね)

ざわざわ、ざわざわ。

程よい雑談が、心を締め付けていく。

この空間を楽しめていないのは、自分だけだ。

「って、タカムラ先生じゃないですか。なにコスプレさせてるんですか」

「いやいや、副会長。彼こそが今日のスペシャルゲスト。その名もサンタさんですよ」

「もー、会長に任せたのが失敗でした」

体育館が笑い声で包まれる。

柊は自分だけが世界から抜け落ちたような錯覚に陥っていた。

なんだろう。胸にぽっかり穴が開いたよう。

ーー会長はいつまでもあなたひとりにかまってられる程暇ではありませんよ。

頭の中で、副会長の鋭い声が繰り返される。

もう、生徒会室には行けない。

そのうち、檀上には生徒会メンバーが集合して漫才をはじめだした。

中心は森山。

今、彼は生徒全員の視線を一身に浴びて、笑っている。

(遠いな……)

すごく遠い。

苦しくなった。

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