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めんつゆ

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第四章 一線

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……俺の中で世界は此処だった。波北高校だった。どんなに心が拒否しても、この学校が俺の居るべき場所。

不登校も退学も間違った行為だって、頭が理解してる。だから、あと半年。卒業するまでは、此処で生きていくんだ。

例えどんなにあの二人によるイジメが酷くなろうとも。
 蛯名 敏也は拳を握りしめた。自分にだって、悔しいという感情はある。誰も知らないだろうけど。

「メーリクリスマース」
「プレゼントフォーユー」

 この二人のサンタのイメージってなんなんだろう。

「おい、プレゼントっつってんじゃん。受け取れよ。日本語わかんねんですかー」
「まあコイツ虫だかんね。しゃーないっちゃ、しゃーないけどー」
 お前らがしゃべっていたのは英語だろう。恐らくどこの国でも通じない、へたくそな。

 何でこんな馬鹿に俺は虐げられるんだ。この世界の基準はなんなんだ。意地が悪けりゃ、のし上がれるのか。「先生」という法律が何も力を持たないこの世界では……。

 手に乗せられたのは、真っさらな冬休みの宿題。一週間前、学校のクリスマスパーティーが終わったあとに配られたものだ。今年こそは冬休みに入る前に終わらせてしまおうと思っていた。

「じゃー虫。俺らにお返しのプレゼントちょーだい」
「……え」

 まさか。まさか、こいつら……。

「世の中ギブアンドテイク。等価交換。でしょ?」

 そう言って、俺のカバンをひっくり返すショータ。教科書やノートが床にばらまかれる。
 
「うお、すっげ。お前ほとんど終わってんじゃん」
「ラッキー、俺数学のワークもーらい」
「じゃー俺、評論の宿題いただきー」

俺にはこれしか無いのに。
楽しみも目標も、何も無いのに。

「なに? 文句あんの?」
 
なんで。なんで、最後のひとつまで奪っていくんだろう。こうも軽々しく。
「…………」
 
 返事は、しなかった。せめて、文句が無い、と、それだけは言いたくなかった。文句がある、とも言えなかったけど。

「何黙ってんだよ、きっしょ、死ねまじで」
「黙っても喋っててもキモイな、すごいよ、君」

 二人は俺を睨んで去って行った。名前も書かれていないワーク、真っ白な原稿用紙。俺に残されたのは、それだけ。

「…………」

 手の中の原稿用紙が、クシャリと音をたてた。泣きたくないのに。泣いたら負けなのに。涙を恨んだ。
 違う。泣こうが泣くまいが、はじめから完敗だった。そんなこと、わかっている。

「またいじめられたの?」

落とされた声が誰に向けられた物なのか。数秒、顔を上げるのに躊躇した。俺に声をかける人間なんて居ない。

「……え」
「ヨウイチでしょ? ヒッドイよね、あいつ」
「……ああ、まあ」

茶色に染めた綺麗な髪に、白い肌。隅から隅までメイクを施された、派手な顔。見るだけでわかる。俺とは違う人間。話すことすら許されない人間。なんで、こんな女が俺に?

「負けないでね」

 負けないで、なんて。ひとごとで無責任な言葉。それでも。

「……ありがとう」

ちゃんと俺を人間だと思ってくれている人がいる。心があること、知ってくれている人がいる。

**

「柊 莉子を生徒会に入れる!?」


 三年九組のクラス教室。副会長の絶叫が轟く。ただでさえ、二年生である副会長がこの教室に居ることで目立っているのに。クラスメイトから注目され、居心地が悪い。

「いや、まだ決定じゃないから。ぬか喜びは禁物だよ」

「喜ぶはずないでしょう!? どうしてそんな話になったのか説明してください!!」

「えええ……」

 副会長の剣幕に押されながら、森山はぼそぼそと答える。

「入りたいって言うからさ。大変だけど、頑張るならいいよって」

「軽っ! 会長はあの人に甘いんですよ!」

「えー……、そーかな。そんなつもり無いんだけど」

 いまいちピンと来ていないらしい森山の反応。それがますます、副会長のイライラを煽る。本人にそんなつもりが無くても、柊を特別扱いしているのは一目瞭然。

――友達いなくて、森山先輩はそんな私を気にかけてくれてるだけで……。

 あの時の言葉を反芻する。

(それだけじゃない)

 副会長はぐっと唇を噛みしめた。






 せいとかい。クリスマスパーティーで体育館の檀上に上がっていた彼ら。キラキラ笑っていて。楽しそうだった。

(あの中に私が?)

 想像もつかない。ただ空気を悪くするだけではないだろうか。ものすごく、そんな気がしてきて、柊はため息をついた。

(鍵、かかってんのかな)

 ドアノブに触れると、想像以上に冷たかった。さすが金属。手が氷になるかと思った。屋上への扉を開いた瞬間、視界が一気に開けた。薄暗い階段と、外の世界のギャップが大きい。

(うそ……)
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