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第四章 一線
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生徒会室に寄っても森山の姿が無かったため、ここに来た。教室でのお昼はつらいから、屋上とか行けるかな、と。居場所をさがしてた。それだけだ。
こんなこと、あるんだろうか。
(デジャヴ……?)
寒空、木枯らし、黒髪、学ラン。そして、彼の涙。
前にも何度か、生徒会室にいない昼休みはあった。いつも彼は、ここに来ていたのかもしれない。知らなかった。
ただ、三年前と違うのは。柊は、駆け出した。
「え……」
頭のうえで、驚いたような声がした。
「ひいらぎ? なんで?」
涙声。その戸惑いごと、包み込めたらいいのに。抱きしめる腕に力を込める。森山、森山。お願いだから。
「思いつめないで」
「柊、おれ……」
「言わないでいい。知ってた」
風が、つよい。枯葉が、舞う。カラカラ、カラカラ。本当は、知っていたの。
「鷹谷を、死なせちゃったんでしょう」
彼が、息を飲むのが、わかった。
――私を疑っているんでしょ。
――柊は事件と関係ない。
おかしいと思った。初めて会った時、森山は確かに柊を疑っていた。
それなのに、あの日。ミナミ中学校へ行く途中、彼は突然言っていることを変えた。
彼の意見を変えたものは何? その間に何があった?
それは、鷹谷の死だ。
「あの時、思ったの。鷹谷に、何か聞いたんだって」
「……そんなことで、気付かれたんだ」
顔をあげて、森山の目を見た。
「おしえて。何があったの」
「…………」
森山は、じっと彼女をみつめた。そして、静かにうなずいた。
「俺、鷹谷が千愛を殺したって、決めつけてたんだ」
**
錆の嫌な匂いが、鼻の奥をつんと突く。
手入れされていないフェンスは、所々白い塗装が剥がれ落ちていて。
丸出しになったアルミは、焦げ付くように錆びていた。体重を預ければ、ガシャンと無駄に大きな音が響く。背中越しに、フェンスの冷たさが広がった。真っ暗な夜空。ミナミ中学校の校舎、屋上。
千愛の自殺から出入りは禁止になり、この空間は完全に放置されていた。とはいえ、まだ三年。フェンスが弱るのには、日が浅過ぎる。森山は静かに息を吐いた。錆の匂いは、血生臭い。
ポケットからペンチを取り出す。アルミを挟み込み、ぐっと力を込めた。切り口でペンチだとばれないよう、液体を塗り付ける。第二塩化鉄液。本来は銅画版用に使われる物らしく、画材店で簡単に手に入った。錆を作る薬品だ。不自然さが見つからないように、均等に塗りたくる。その作業の繰り返し。
「ここで起こるのは、不慮の事故」
仕組まれた、不慮の事故。
鷹谷を呼び出すのは造作もなかった。他校のヤンキーになりすまし、タイマン張ろうぜ、なんて電話をかけて。そんな馬鹿みたいな誘いにのこのこついてきた。黒地に金の登り竜。趣味の悪いスカジャンに冷めた視線を送ってしまう。
「おい、なんでここなんだよ」
さすがに違和感を覚えたらしい。金髪の奥の瞳が、鋭く光る。
「何でって。広いし近所迷惑にならないし、都合いいだろ。さっき俺言ったじゃん」
「それにしても、ここは……」
「……あー、そっか。ここに思い入れがあるんだ」
「……お前、だれだ?」
校舎の屋上は、もちろん二人以外誰もいない。森山は深く被ったキャップを取った。
「森山 有……!」
「知ってるんだ、話早いじゃん」
浅く笑うと、鷹谷の瞳が揺れた。
「俺がなんの話をしようとしてんのか、わかるよね」
「千愛のこと、か」
やっぱりコイツなんだな。ふう、と息を吐く。ポケットからカッターナイフを取り出し、刃先を鷹谷の喉元に突きつけた。怯んで後ろに大きくのけ反る鷹谷。空いた距離を詰めるため、足を前進させる。
「千愛のスケジュール帳盗んだの、鷹谷君だよね」
「…………!」
「あのスケジュール帳は、千愛の自殺を否定できる最大の武器だった。自殺の翌日、俺たちは遊園地に行く約束してたんだよ。千愛、一か月も前から張り切ってた。あのタイミングで死のうなんて、彼女が思うわけないんだ」
三年前、スケジュール帳を燃やす鷹谷を目撃したのは、確かに偶然だった。ただ、あの日、森山は確信した。千愛は殺された。こいつに。鷹谷に。
「お前が悪いんだぞ……! おれだって悩んで、だけどスケジュール帳の中見たら、有ちゃん有ちゃんってお前の名前ばっかりで……どうしようもなく辛くて」
「なんの話?」
「は? だってお前、俺がスケジュール帳盗んで燃やしたこと、怒ってるんだろ」
「まさか。君、千愛を殺したんでしょ」
「……は? おれが、ころした?」
違うのか? いや、なら誰が犯人だって言うんだ。
一歩、また一歩。鷹谷が後ずさる度、カッターナイフがそれを追う。
「ねえ、さっきから君何の話してるの。スケジュール帳燃やしといて、殺しとは無関係だって言いたいの?」
「脅されたんだよ。スケジュール帳を処分して、自殺の原因を他人に押し付けろって……!」
「やっぱり柊はただの被害者か」
こんなこと、あるんだろうか。
(デジャヴ……?)
寒空、木枯らし、黒髪、学ラン。そして、彼の涙。
前にも何度か、生徒会室にいない昼休みはあった。いつも彼は、ここに来ていたのかもしれない。知らなかった。
ただ、三年前と違うのは。柊は、駆け出した。
「え……」
頭のうえで、驚いたような声がした。
「ひいらぎ? なんで?」
涙声。その戸惑いごと、包み込めたらいいのに。抱きしめる腕に力を込める。森山、森山。お願いだから。
「思いつめないで」
「柊、おれ……」
「言わないでいい。知ってた」
風が、つよい。枯葉が、舞う。カラカラ、カラカラ。本当は、知っていたの。
「鷹谷を、死なせちゃったんでしょう」
彼が、息を飲むのが、わかった。
――私を疑っているんでしょ。
――柊は事件と関係ない。
おかしいと思った。初めて会った時、森山は確かに柊を疑っていた。
それなのに、あの日。ミナミ中学校へ行く途中、彼は突然言っていることを変えた。
彼の意見を変えたものは何? その間に何があった?
それは、鷹谷の死だ。
「あの時、思ったの。鷹谷に、何か聞いたんだって」
「……そんなことで、気付かれたんだ」
顔をあげて、森山の目を見た。
「おしえて。何があったの」
「…………」
森山は、じっと彼女をみつめた。そして、静かにうなずいた。
「俺、鷹谷が千愛を殺したって、決めつけてたんだ」
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錆の嫌な匂いが、鼻の奥をつんと突く。
手入れされていないフェンスは、所々白い塗装が剥がれ落ちていて。
丸出しになったアルミは、焦げ付くように錆びていた。体重を預ければ、ガシャンと無駄に大きな音が響く。背中越しに、フェンスの冷たさが広がった。真っ暗な夜空。ミナミ中学校の校舎、屋上。
千愛の自殺から出入りは禁止になり、この空間は完全に放置されていた。とはいえ、まだ三年。フェンスが弱るのには、日が浅過ぎる。森山は静かに息を吐いた。錆の匂いは、血生臭い。
ポケットからペンチを取り出す。アルミを挟み込み、ぐっと力を込めた。切り口でペンチだとばれないよう、液体を塗り付ける。第二塩化鉄液。本来は銅画版用に使われる物らしく、画材店で簡単に手に入った。錆を作る薬品だ。不自然さが見つからないように、均等に塗りたくる。その作業の繰り返し。
「ここで起こるのは、不慮の事故」
仕組まれた、不慮の事故。
鷹谷を呼び出すのは造作もなかった。他校のヤンキーになりすまし、タイマン張ろうぜ、なんて電話をかけて。そんな馬鹿みたいな誘いにのこのこついてきた。黒地に金の登り竜。趣味の悪いスカジャンに冷めた視線を送ってしまう。
「おい、なんでここなんだよ」
さすがに違和感を覚えたらしい。金髪の奥の瞳が、鋭く光る。
「何でって。広いし近所迷惑にならないし、都合いいだろ。さっき俺言ったじゃん」
「それにしても、ここは……」
「……あー、そっか。ここに思い入れがあるんだ」
「……お前、だれだ?」
校舎の屋上は、もちろん二人以外誰もいない。森山は深く被ったキャップを取った。
「森山 有……!」
「知ってるんだ、話早いじゃん」
浅く笑うと、鷹谷の瞳が揺れた。
「俺がなんの話をしようとしてんのか、わかるよね」
「千愛のこと、か」
やっぱりコイツなんだな。ふう、と息を吐く。ポケットからカッターナイフを取り出し、刃先を鷹谷の喉元に突きつけた。怯んで後ろに大きくのけ反る鷹谷。空いた距離を詰めるため、足を前進させる。
「千愛のスケジュール帳盗んだの、鷹谷君だよね」
「…………!」
「あのスケジュール帳は、千愛の自殺を否定できる最大の武器だった。自殺の翌日、俺たちは遊園地に行く約束してたんだよ。千愛、一か月も前から張り切ってた。あのタイミングで死のうなんて、彼女が思うわけないんだ」
三年前、スケジュール帳を燃やす鷹谷を目撃したのは、確かに偶然だった。ただ、あの日、森山は確信した。千愛は殺された。こいつに。鷹谷に。
「お前が悪いんだぞ……! おれだって悩んで、だけどスケジュール帳の中見たら、有ちゃん有ちゃんってお前の名前ばっかりで……どうしようもなく辛くて」
「なんの話?」
「は? だってお前、俺がスケジュール帳盗んで燃やしたこと、怒ってるんだろ」
「まさか。君、千愛を殺したんでしょ」
「……は? おれが、ころした?」
違うのか? いや、なら誰が犯人だって言うんだ。
一歩、また一歩。鷹谷が後ずさる度、カッターナイフがそれを追う。
「ねえ、さっきから君何の話してるの。スケジュール帳燃やしといて、殺しとは無関係だって言いたいの?」
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