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めんつゆ

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第四章 一線

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 ギラギラ光る、彼女の眼が脳裏をかすめた。柊が行動を起こす前に、すべてを終わらせなければ。カッターを握る手に力がこもる。復讐鬼なんて、自分ひとりで十分だ。

「あ、ああ。なんであいつが柊をターゲットに選んだのか知らねえけど、完全に無関係さ。悪いことしたとは思ってるけど、あいつに逆らったら、俺も殺されてた……!」

「あいつって誰? 犯人のことだね? 名前を言ってもらおうか」

「……そ、それは」

「言えよ。千愛は誰に殺されたんだ?」

 つ、とカッターナイフの刃先を喉に押し当てた。

「っひ」
「!?」
 
しまった、そう思った時には遅かった。ガシャンガシャンガシャン……! 耳を塞ぎたくなるような爆音と、鷹谷の叫び声。追い詰められた彼がもたれかかったのは、森山が細工したフェンスだった。
あっけなく崩れ落ちる。伸ばした手は、何にも届かなかった。
目の前には、何も無くなっていた。ガシャンガシャン、またあの音。そして、どっ。と、鈍い、命が壊れる音。

「う、うそ、だろ……」

 体中が震えた。下を見る勇気も出なかった。屋上に風が通り抜けた。

**

 鷹谷が犯人なら、殺してやろうと思っていた。そのことに対する躊躇は無かった。
けれど、違った。鷹谷は千愛を殺していなかった。
それならば彼を死なせる理由など、なにひとつない。

「わたし、あいつめちゃくちゃ憎かったよ。ほんと、何度も殺してやりたいと思ってた、だから……」

「思うのと実際やるのは違うよ」

重いんだ。ズシリと、カタマリの重みが体に、残る。

あの時の音。あいつの表情。伸ばした手が触れた、空気。全部、鉛みたいに重い。

「あいつ、さ。妹いたんだって……。めっちゃ可愛がってたらしいよ。似合わないけどね。なんかヤンキーの世界では結構慕われてたとか、それから……」

消した。もう鷹谷は、壊されたんだ。俺に。俺に。俺が……。

「やめてよ。森山、抱え込みすぎないで……。殺す気は無かったんでしょう」

「ちがう。言ったじゃん。殺すつもりで呼び出したって」

大体、気持ちのどうこうなんて、何も関係ない。ただ知らなかった。コロスの意味。ヒトのイノチの意味。

もう、手遅れなんだ。此処からなくなってしまったんだから。

――俺が殺してしまったんだから。

「殺してしまえば終わりだと思ってた」

そんなことはない。今まで感じたことも無かった、世界の命がざわめきだす。自分だけを残して、世界中に転がっていた息が動き始める。


……手が震える。もう、何の権利もない。



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