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第六章 ベクトル
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金髪。ミナミの制服。あんな不良みたいな奴がウチにいたのか。そんなことを考えながら、早足で彼のあとを追う。他人の行動なんていつもは全く気にならないのに、この時だけは勝手に足が動いた。自分の中の何かが、「そこ」へ導いているように。
体育館裏。そこにしゃがみこむ金髪少年。木の影に隠れながら、森山は息をひそめた。顔面蒼白の彼の、その事情が気になった。
彼は、胸ポケットからライターを取り出した。
(……タバコ、とか?)
いや、まさか。もっとなにかあるはずだ。すると、彼はズボンのポケットからピンク色の……。
(千愛のスケジュール帳!?)
目を疑った。なんで、あれがここに? 心臓がうるさい。
おかしいとは思っていた。いつも持ち歩いていたはずなのに、千愛の鞄にも、制服のポケットにも、それは無かった。
自殺なんてしない。ありえない。何度も叫んだ。狂うように。だけど、それは「千愛の死」を否定する言葉だった。明日、遊園地に行く約束をしていたんだ。あいつはそれを楽しみにしていたんだ。死ぬはずないんだ。生きているんだ。そんな風に。
スケジュール帳が、みるみるうちに燃えていく。それを「やめろ」と止めに行く余裕が無かった。
今、この状況を目の前に、頭が冷静になっていく。霧が晴れるように。そして、事実はすとんと、心の中に落ちてきた。
千愛は確かに死んだ。自殺じゃない。他人の手によって。
――あいつが、千愛の命を奪った。
自殺なんかじゃない。やっぱりそうだ。でも、もう手遅れじゃないか。証拠だって無い。
あんなに強く明るい女の子が無残にも殺されて。その責任を自分で被るなんて。彼女は被害者の上に冤罪まで着せられた。なんて理不尽なんだろう。
こんなことがあってたまるか。あんなにも優しく正しい人間を世界から消しておいて、誰にもばれず。あの男はこれからを、のうのうと生きていくというのか。千愛を殺した人間が? まるで何も無かったかのように? ありえない。許されない。
だけど、それを、世界は許してしまった。間違っている。そう、間違っている。
「間違っているものは間違っていると……」
頭の中でガンガン響く。夢を絶たれた千愛の代わりに、自分が。
(俺が、間違いを正してやる……)
迷子の気持ちを繋ぎ止めるために。
森山は、「千愛」を自らの中に取り込んだ。自分の体の中で彼女を生かし続けるかのように。彼は「千愛」の皮を被り、復讐を決意した。
「……うん。何だかんだ言って、犯人が憎いからってのが、一番太い筋なのかもね。進むべき何かが欲しかったっていうのも強いけど」
柊は、穏やかに話す、その横顔を見つめた。
「私、最近忘れてた。何のための復讐だったのかすら、思い出せなくて。復讐をするより、もっと違う選択肢があるんじゃないかとか、今更都合のいい未来が見えてきたりして。その度に、千愛を見捨てるのか? なんて、そんな風に自分を責めたりして」
言葉がスルスルと口から出ていく。一言では表せない、自分の心をじっと見つめて、追っていく。
「だけど、思い知ったわ。今日あの学校行ってみて、魂が揺さぶられる思いだった。悔しくて、辛くて、憎くて。負の感情だけど、こうも私を強く突き動かすのは、犯人への復讐心だけ。そこが私のスタートだった。
千愛なんて、もとから関係なかった。私は、私へのいじめが許せなかった。千愛なんて、心の隅にもなかった。そうよ……、汚い、正しくない心」
真っ黒に埋もれた心は、今更どう足掻けば救われるのか。進めば進むほど。知れば知るほど。自分が醜いものになっていく。間違えたものになっていく。
「……正しくありたいと願うから、苦しいんだよ」
「もりやま……?」
はっとして、彼の眼を見る。
「俺も、ずっと信じてた。世界は正しい形をしているんだって。千愛みたいな正しい人間は、きっと夢を叶えて、あるべき道を進んでいく。そういうものなんだって」
「…………」
「俺の中で世界の形が歪んだのは、千愛が殺された、その瞬間だよ。此処は理不尽が集まって出来上がった。正しい形に無理やりはめ込もうとしたって、跳ね返されて終わりだよ。だから、無駄なんだ。正しくありたいと願うのは」
きっとこれは。私に向けている言葉じゃない。
森山はそんなこと言わない。いつだって彼は、内に秘めている。だから、これは無意識。彼自身に向けた言葉。
(正しくありたい……?)
それは、あるかもしれない。だって、人間の存在意義って正しさだから。成績は良いほうが正しいし、スポーツは出来たほうが正しい。正しくありたいのに、たいていは正しくなくて。苦しいって、辛いって、きっと、そういうこと。
「捨ててしまえば楽になるんだ」
体育館裏。そこにしゃがみこむ金髪少年。木の影に隠れながら、森山は息をひそめた。顔面蒼白の彼の、その事情が気になった。
彼は、胸ポケットからライターを取り出した。
(……タバコ、とか?)
いや、まさか。もっとなにかあるはずだ。すると、彼はズボンのポケットからピンク色の……。
(千愛のスケジュール帳!?)
目を疑った。なんで、あれがここに? 心臓がうるさい。
おかしいとは思っていた。いつも持ち歩いていたはずなのに、千愛の鞄にも、制服のポケットにも、それは無かった。
自殺なんてしない。ありえない。何度も叫んだ。狂うように。だけど、それは「千愛の死」を否定する言葉だった。明日、遊園地に行く約束をしていたんだ。あいつはそれを楽しみにしていたんだ。死ぬはずないんだ。生きているんだ。そんな風に。
スケジュール帳が、みるみるうちに燃えていく。それを「やめろ」と止めに行く余裕が無かった。
今、この状況を目の前に、頭が冷静になっていく。霧が晴れるように。そして、事実はすとんと、心の中に落ちてきた。
千愛は確かに死んだ。自殺じゃない。他人の手によって。
――あいつが、千愛の命を奪った。
自殺なんかじゃない。やっぱりそうだ。でも、もう手遅れじゃないか。証拠だって無い。
あんなに強く明るい女の子が無残にも殺されて。その責任を自分で被るなんて。彼女は被害者の上に冤罪まで着せられた。なんて理不尽なんだろう。
こんなことがあってたまるか。あんなにも優しく正しい人間を世界から消しておいて、誰にもばれず。あの男はこれからを、のうのうと生きていくというのか。千愛を殺した人間が? まるで何も無かったかのように? ありえない。許されない。
だけど、それを、世界は許してしまった。間違っている。そう、間違っている。
「間違っているものは間違っていると……」
頭の中でガンガン響く。夢を絶たれた千愛の代わりに、自分が。
(俺が、間違いを正してやる……)
迷子の気持ちを繋ぎ止めるために。
森山は、「千愛」を自らの中に取り込んだ。自分の体の中で彼女を生かし続けるかのように。彼は「千愛」の皮を被り、復讐を決意した。
「……うん。何だかんだ言って、犯人が憎いからってのが、一番太い筋なのかもね。進むべき何かが欲しかったっていうのも強いけど」
柊は、穏やかに話す、その横顔を見つめた。
「私、最近忘れてた。何のための復讐だったのかすら、思い出せなくて。復讐をするより、もっと違う選択肢があるんじゃないかとか、今更都合のいい未来が見えてきたりして。その度に、千愛を見捨てるのか? なんて、そんな風に自分を責めたりして」
言葉がスルスルと口から出ていく。一言では表せない、自分の心をじっと見つめて、追っていく。
「だけど、思い知ったわ。今日あの学校行ってみて、魂が揺さぶられる思いだった。悔しくて、辛くて、憎くて。負の感情だけど、こうも私を強く突き動かすのは、犯人への復讐心だけ。そこが私のスタートだった。
千愛なんて、もとから関係なかった。私は、私へのいじめが許せなかった。千愛なんて、心の隅にもなかった。そうよ……、汚い、正しくない心」
真っ黒に埋もれた心は、今更どう足掻けば救われるのか。進めば進むほど。知れば知るほど。自分が醜いものになっていく。間違えたものになっていく。
「……正しくありたいと願うから、苦しいんだよ」
「もりやま……?」
はっとして、彼の眼を見る。
「俺も、ずっと信じてた。世界は正しい形をしているんだって。千愛みたいな正しい人間は、きっと夢を叶えて、あるべき道を進んでいく。そういうものなんだって」
「…………」
「俺の中で世界の形が歪んだのは、千愛が殺された、その瞬間だよ。此処は理不尽が集まって出来上がった。正しい形に無理やりはめ込もうとしたって、跳ね返されて終わりだよ。だから、無駄なんだ。正しくありたいと願うのは」
きっとこれは。私に向けている言葉じゃない。
森山はそんなこと言わない。いつだって彼は、内に秘めている。だから、これは無意識。彼自身に向けた言葉。
(正しくありたい……?)
それは、あるかもしれない。だって、人間の存在意義って正しさだから。成績は良いほうが正しいし、スポーツは出来たほうが正しい。正しくありたいのに、たいていは正しくなくて。苦しいって、辛いって、きっと、そういうこと。
「捨ててしまえば楽になるんだ」
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