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第六章 ベクトル
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森山は日本史の教科書を机に出した。副会長が自分の教室に戻るため出て行くのは、決まって授業開始の五分前だ。いつも三年の教室まで来させるのも悪いが、足が言うことを聞いてくれないので、どうしようもない。
それに、彼女が嫌がっている様子もない。度胸がある。頼もしい仲間だ。柊ならそうはいかない。他人の教室なんて。ひとの目に怯え、異常な被害妄想に駆られたりするのだろう。強い眼の裏の彼女は、脆くて弱い。だけど、どちらが本物なのかと聞かれれば。どう答えるべきだろう。虚無感が込み上げる。でも。いつか、これがいっぱいになる瞬間が、来る。
「彼、何がしたかったんだと思う?」
「……要くん? 遊んでるようにしか見えなかったけど?」
生徒会室。蛍光灯が切れかかっていて、薄暗い。森山は廃棄の資料を置くための机に、柊は表面の剥がれたソファーに、それぞれ腰を降ろした。
松葉づえは、一本は机にたてかけ、もう一本は森山が自分で持った。かつかつ、と床に叩き付けて、よくわからないリズムを取っている。
何事も無かったかのように出来る会話は、お互いが割り切れた証拠だ。森山が要に妙な意地を張る必要も、もう無い。
「いや、なにかあるよ。事件に関係あるんだ。何か、目的があって俺たちにちょっかいをかけてきてる」
「なんのために?」
「それは、わからないけど。でも、真相がわかれば、要くんの本意はおのずと知ることになるよ」
復讐を促した彼の行動。なにかがある証拠だ。前に進んでいる感覚がした。彼が糸口だ。このまま犯人を手繰り寄せてやる。森山の中の闘志が疼いた。
「要くんは鷹谷を恨みすぎるがゆえに周りが見えてなかった。そのくせ、千愛が俺を好きだと気づいていた。自分は好きでもないくせに千愛に告白した……」
「めちゃくちゃだわ。でも、なんだろう。なんか……」
森山は頷いた。一見、わけのわからない行動だけど、繋がるような気がする。でたらめに並べられた針の穴。だけど、それぞれの穴のすべてに、一本の糸を通せる。そんな気がした。これは、なんなんだろう。
「ねえ、でも、要くんは自分で千愛の好きなひとに気づいたんじゃなくて、千愛本人に教えてもらったってこともありえるんじゃない? ほら、告白して、ごめんなさい、私は有ちゃんが好きなんです、みたいな」
「たしかに……」
なら、そもそもなんで告白したんだろう。告白したってことは、つまり付き合いたかったと考えるのが普通だけど。好きでもない千愛と付き合って、要くんに何の利益がある? 鷹谷しか見えてなかった要くんに何の利益が……。
「もしかして……」
森山は息を飲んだ。糸が、ものすごい速さで通った。今更になって鷹谷が残した言葉の意味を理解した。「スケジュール帳の中見たら、有ちゃん有ちゃんってお前の名前ばっかりで……どうしようもなく辛くて」。あれはつまり。
「千愛に惚れてたのは、要くんじゃなくて、鷹谷だった……?」
「……え?」
柊はきょとんとして、数秒考えた。鷹谷が千愛を好きだった? 眉をひそめ、その意味を考えた。そして、目を見開いた。
「まさか、要くんの復讐? だとすると、千愛は……」
「千愛は復讐に巻き込まれて、死んだのかもしれない」
復讐の機会を窺っていた要は、鷹谷が千愛に惚れていると気づく。千愛を自分のものにすれば、鷹谷を傷つけられる。そう考え、告白するが玉砕。逆恨みに千愛を窓から突き落とした……。
「これは、仮説だ」
まだ、仮説にすぎない。でも、もう彼の存在を無視できない。要について調べる必要がある。
「柊。要くんの下の名前は?」
「え? 要が下の名前よ。彼の苗字は……」
パソコンの電源を入れる。柊が紡ぐ名前を打ち込んでいく森山。それを眺めながら、柊の中には違和感が浮かんでいた。
(その仮説が正しかったとして、じゃあ、結局要くんが私たちにちょっかいをかけてきた理由は?)
それに、キスだって説明がつかない。
それに、彼女が嫌がっている様子もない。度胸がある。頼もしい仲間だ。柊ならそうはいかない。他人の教室なんて。ひとの目に怯え、異常な被害妄想に駆られたりするのだろう。強い眼の裏の彼女は、脆くて弱い。だけど、どちらが本物なのかと聞かれれば。どう答えるべきだろう。虚無感が込み上げる。でも。いつか、これがいっぱいになる瞬間が、来る。
「彼、何がしたかったんだと思う?」
「……要くん? 遊んでるようにしか見えなかったけど?」
生徒会室。蛍光灯が切れかかっていて、薄暗い。森山は廃棄の資料を置くための机に、柊は表面の剥がれたソファーに、それぞれ腰を降ろした。
松葉づえは、一本は机にたてかけ、もう一本は森山が自分で持った。かつかつ、と床に叩き付けて、よくわからないリズムを取っている。
何事も無かったかのように出来る会話は、お互いが割り切れた証拠だ。森山が要に妙な意地を張る必要も、もう無い。
「いや、なにかあるよ。事件に関係あるんだ。何か、目的があって俺たちにちょっかいをかけてきてる」
「なんのために?」
「それは、わからないけど。でも、真相がわかれば、要くんの本意はおのずと知ることになるよ」
復讐を促した彼の行動。なにかがある証拠だ。前に進んでいる感覚がした。彼が糸口だ。このまま犯人を手繰り寄せてやる。森山の中の闘志が疼いた。
「要くんは鷹谷を恨みすぎるがゆえに周りが見えてなかった。そのくせ、千愛が俺を好きだと気づいていた。自分は好きでもないくせに千愛に告白した……」
「めちゃくちゃだわ。でも、なんだろう。なんか……」
森山は頷いた。一見、わけのわからない行動だけど、繋がるような気がする。でたらめに並べられた針の穴。だけど、それぞれの穴のすべてに、一本の糸を通せる。そんな気がした。これは、なんなんだろう。
「ねえ、でも、要くんは自分で千愛の好きなひとに気づいたんじゃなくて、千愛本人に教えてもらったってこともありえるんじゃない? ほら、告白して、ごめんなさい、私は有ちゃんが好きなんです、みたいな」
「たしかに……」
なら、そもそもなんで告白したんだろう。告白したってことは、つまり付き合いたかったと考えるのが普通だけど。好きでもない千愛と付き合って、要くんに何の利益がある? 鷹谷しか見えてなかった要くんに何の利益が……。
「もしかして……」
森山は息を飲んだ。糸が、ものすごい速さで通った。今更になって鷹谷が残した言葉の意味を理解した。「スケジュール帳の中見たら、有ちゃん有ちゃんってお前の名前ばっかりで……どうしようもなく辛くて」。あれはつまり。
「千愛に惚れてたのは、要くんじゃなくて、鷹谷だった……?」
「……え?」
柊はきょとんとして、数秒考えた。鷹谷が千愛を好きだった? 眉をひそめ、その意味を考えた。そして、目を見開いた。
「まさか、要くんの復讐? だとすると、千愛は……」
「千愛は復讐に巻き込まれて、死んだのかもしれない」
復讐の機会を窺っていた要は、鷹谷が千愛に惚れていると気づく。千愛を自分のものにすれば、鷹谷を傷つけられる。そう考え、告白するが玉砕。逆恨みに千愛を窓から突き落とした……。
「これは、仮説だ」
まだ、仮説にすぎない。でも、もう彼の存在を無視できない。要について調べる必要がある。
「柊。要くんの下の名前は?」
「え? 要が下の名前よ。彼の苗字は……」
パソコンの電源を入れる。柊が紡ぐ名前を打ち込んでいく森山。それを眺めながら、柊の中には違和感が浮かんでいた。
(その仮説が正しかったとして、じゃあ、結局要くんが私たちにちょっかいをかけてきた理由は?)
それに、キスだって説明がつかない。
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