Replica

めんつゆ

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第六章 ベクトル

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 そういうことだったんだ。殺してしまえばいいんだ。なんて簡単なことだったんだろう。俺は俺の手で、自分を解放するんだ。

「つか、ショータ、これいらねえ?」

「おお。ジッポじゃん。いるいる」

「そう思ってお前の分もとってきてやったんだぜ。感謝しろー」

「なになに、ヨウイチ。あんたそれ万引きー?」

「おい、マリカ。チクんなよなー」

「えー? どうしよっかなあ」

 大声でなに言ってるんだ、こいつらは。自慢のつもりなんだろう。タバコも万引きも。わざわざ周りに聞こえるように言って。
万引きするなら金なんて要らないだろうに。恐喝もまた、かっこいい行為なんだろうか。まあ、いい。これだから、俺の作戦はうまくいく。

(作戦ってほどでもないけど)

 場所はここでいい。こそこそ隠れたって、どの道ばれるんだ。入手ルートがインターネットの時点ですでに足はついている。大体こんなことを考えるのは、俺ぐらいだ。動機も十分。そう、十分すぎる。

「つか、とっしー金は」

「あ、は、はい」

 かばんのチャックを開け、財布を探すふりをした。みつからない。なぜなら、さっきの間にポケットに移し変えたから。今このかばんの中にあるものは。

「なにやってんだよ、とろいな。かばんよこせ」

 俺の返事も待たず、かばんはひったくられる。

「ん?」

 怪訝そうに、かばんの中を覗き込むヨウイチ。どうやらアレを見つけたらしい。

「おい、蝦名。お前、蝦名の分際で校則破るとはいい度胸してんなあ」

「え? なになに、どーしたの」

「ほら見ろよ」

 校則を破るのは不良の特権らしい。うちの学校は、水とお茶以外の飲み物は持ち込み禁止だ。アーモンドラテは校則違反。くだらないことだ。でもこいつらは、それを見逃さない。

「なにこれ。超おいしそう。飲んじゃおうよ」

「いいねー。こんなおしゃれな飲み物とっしーにはもったいないし」

 そうだ。飲め。さっさと飲んで終わりにしてくれ。

「すっげー、アーモンドのにおい」

「本当だ」







『十七歳の少年が、クラスメイト三人に毒を飲ませた事件で……』

『少年は、自分を虐めた奴らに仕返しがしたかった、と容疑を認めており……』



あの時の光景は、見れたものじゃなかった。毒殺っていうのは、もっと美しいものだと思っていたけど、そんなことはない。知識がなかった。今なら、もっとうまくやる自信がある。

 苦笑してから、男はポケットに手を突っ込んだ。大勢の人間が行きかう町並みに、小汚い格好は浮いている。さあ、これからどうしようか。

「にいちゃん……?」

 心臓の音が、どくんと轟いた。男は、弾かれたように振り向いた。

「かな……め」

思い出の中で止まっていた弟が、ずいぶんと大人びて、こちらを見ていた。

「あっ、待てよ、何で逃げんだよ!! 兄ちゃん!!」

蝦名 敏也、二十二歳。ボサボサの髪に眼鏡。冴えない風貌は健在だった。

**

「四年前にこの高校で起きた、クラスメイト毒殺事件……。あれをやったのが、要くんのお兄さん……?」

冷たい瞳でにこにこと笑っていた要。彼の奥に潜むものは、想像よりずっと深い。

「そうよ。要くんがいじめられた原因はそれなの。彼自身は何も悪くない。ああ、でも」

「でも?」

「殺しをお兄さんに促したのは要くんだったって、聞いたことあるけど」
「ふーん……」

 相槌を打ちながら、森山はパソコンの画面を眺めた。
蛯名 要。そう検索しただけで、兄の蝦名 敏也の事件について、記事がごまんとヒットする。詳しい事件の内容はもちろん。家族構成、生い立ち、顔写真。被害者の情報だって、大量に。

「蝦名 敏也……。少し前に出所してる……」

二人は眉をひそめた。
三人の殺し、しかも計画犯罪だ。法律はよく知らないが、あまりに短い服役期間ではないだろうか。もしかしたらすぐ近くに彼は潜んでいるかもしれない。

そう考えるだけで、気味が悪かった。それに。

「クスリを使った、毒殺……」

 床に向かって落ちていく小瓶。こぼれ出す液体。

「なんだ、これ」

「森山……?」

 クスリというワードを聞いた瞬間。脳裏をかすめた映像。鮮やかに、だけど何か現実味に欠けていて。これは、どこで見た景色なんだろう。

「……本当ごめんね、今日の日直俺なのに」

「その脚じゃ仕方ないじゃん。にしても階段から落ちて骨折って。何やってんの、生徒会長のくせに」

「生徒会長は関係ないよ」

 自分の代わりに黒板の文字を消してくれているユウタ。森山はその横で苦笑した。

「で、会長はそんなとこで突っ立ってて良いわけ? 次英語だけど宿題誰かに写させてもらわないの?」

「そんなことしないよ。ちゃんとやってきたし」

 誇らしげに言う森山に、ユウタは「ふうん」と相槌を打った。

「最近どうしたの? ずっとそんな感じじゃん」

「いや、俺ってもともとは優等生なんだよ。ただ生徒会の仕事が忙しくてなかなか宿題まで手が回らなかったって言うか」
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