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めんつゆ

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第八章 進行

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タイムリミットが近づいているのだ。

何を見つけたのか知らないが、警察は鷹谷殺しの犯人が森山だと、ほとんど確信を持っている。家宅捜査をされたのが、その証拠だ。しかし、肝心の第二塩化鉄液の残りは、柊に預かってもらっていた。

だから、証拠という証拠は出ていないはずではある。

ただ、もう一刻の猶予も無いことは確かだった。
脚が治るまで、だなんてそんな悠長なことは言っていられない。早く終わらせなければ。中途半端に終わるぐらいなら、切り捨てるものはいくらでもある。なんせ、始めから自己満足だった。

計画を思いついたのは森山だった。あまりに短い蛯名 敏也の服役期間を知って、何気なく遺族に同情の念を抱いた。それが始まりだった。

 きっとまだ、遺族は蛯名 敏也の存在を憎んでいる。殺しても、殺したりないほどに。なら、その苦しみから解放させてあげよう。彼らに殺して貰おうじゃないか。兄弟共々。彼らに。

 しかし、彼らの復讐心を今更煽るのは容易ではない。四年前の出来事だ。その間必死に耐えてきた彼らに。彼らの理性を崩すのには。行き詰った中で名乗りを上げたのは柊だった。

「蛯名 敏也本人を利用すればいいんじゃない? 彼と遺族を再会させてあげるの」

 蛯名 敏也はおそらく自らの犯した殺人という罪を反省していない。
すぐに釈放されたことを思えば、確かに反省したそぶりを見せていたのだろう。だけど、彼にとってそれは本心ではない。

確かな証拠などもちろん無かったが、「いじめられたことへの復讐」という経緯を考えれば、そんな気がするのだ。

現に柊自身、鷹谷の死にそれほどの重みを感じなかった。死んだのは自業自得。森山の手を汚しやがって、鷹谷のくせに。そんな風で。

殺したのが自分だったとしても変わらないだろう。間違っても反省なんかしない。あんな奴のために。そう、思っていた。

「すれ違うぐらいじゃ足りない。完璧な舞台を私たちが用意するのよ」
「でも、どうやって」
「私が蛯名 敏也に近づく。恋人詐欺みたいなものよ」

 柊はにこりと笑った。彼女は、自分の整った容姿を一応は自覚していた。命がけでやれば、一人の男に近づくぐらい訳ない。そのはずだ。

「だから、この件は私に任せてよ。森山は協力者を探して」

もう何でもいい。怖いものなんて、なにもない。

 外観がレンガ造りなら、内装もレンガがむき出しになったデザインだった。軽快なジャズが流れる、ここはとある喫茶店。

「ごめんなさい。私、あなたに言わなきゃいけないことがあるの」

 柊は、蛯名 敏也の目を見つめた。

「私、人を殺したことがあるの」

 音が消えた。

「……へえ」

 彼の口角が上がった。別人のように、不気味に。

「また、わからない嘘をつくね、柊さんは。もともと俺のことを知ってた? だから近づいた?」

「あなたのこと、っていうのは、あなたが人殺しだってこと?」

「やっぱり知ってたんだ。怪しいと思ったんだ。綺麗な女の子には裏がある。それはよく知っているからね」

 彼はくつくつと笑った。そのいきいきとした顔を見ながら、柊はいつかのトレーナーを思い出していた。ポイズン。ダサすぎる、と呆れるのと同時に気味が悪かった。
こいつは狂っている。今だって、すごく強気な目で私を見ている。人を殺したことだけが彼のプライドなのだ。

「私と全く同じ」

 柊はおかしくなった。

「おなじ?」

「私の人生ね、何にもないのよ。頭もよくない、運動もいまいち。友達だっていない。私にあるのは真っ黒な歴史だけ。でもね、それは誰も持っていないものなの。私だけが持ってる、私を特別にしてくれる宝物」

 蛯名 敏也は面食らったように柊を凝視した。それから、ふっと笑った。

「君、いいね」

奇妙な少年に連れられてやってきたのは、こじゃれた喫茶店だった。レンガ造りの建物で、三角屋根に煙突が特徴的。

 江梨香は促されるままに店内に入った。お昼過ぎという時間帯も相まってか、客はなかなか多い。若い女性から老夫婦、家族連れなど客層はばらばらで、入りづらい雰囲気ではない。

「あれ、おかしいな、ひとりじゃん」

 少年はよくわからない言葉を放つと、まっすぐ店の奥へと足を進めた。足より、松葉づえで歩いているという方が正しい気もするが。仕方なく、それを追いかける。

「ひーらぎ」

 少年の呼びかけに、四人掛けのテーブルをひとりで独占していた女性が顔を上げた。
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