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第八章 進行
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「やっと来た。ぼっちコーヒー恥ずかしかったんだから」
「コーヒーじゃなくて、それカフェオレだよ」
「カフェオレもコーヒーよ」
会話から親しい間柄なのはわかる。美男美女だ。少年は二本の松葉づえを重ねて、テーブルに立てかけた。それから、椅子に腰をおろす。促されて、自分もその隣の椅子に座った。
「あ、紹介するね。こちらが」
「芳沢 江梨香さんですよね。はじめまして。私は柊 莉子。波北高校の二年生です」
にこりと笑いながら、自己紹介をする柊。江梨香は目を丸くした。名前を知られていることももちろん驚きだが、波北高校と言えばほかでもない。娘が通っていた学校だ。
少年の言葉を思い出す。マリカさんのかたきを討ちましょう。彼らは何をする気なのだろう。これが穏やかでない状況であることはとっくに理解していた。
「で、柊。そちらのお連れさんは? 見当たらないけどトイレかなにか?」
「ごめん、何か察したみたい。逃げられちゃった」
「え、ちょっと待ってよ、柊」
ひとりでいるのを見つけたときから、だいたい予想はついていたのだが。蛯名 敏也がいなくては何も始まらない。
「大丈夫。安心して」
柊はテーブルの上に何やら小さな機械を置いた。
「ボイスレコーダー?」
「そう。ここに蛯名 敏也の声がおさめられているわ」
なるほど。森山は納得した。
蛯名 敏也は頭の良い男だ。遺族を前にすれば、突然、後悔を全面に押し出した哀れな男を演じかねない。
そんなことをされれば、江梨香の自制心に歯止めをかけるだけだ。ならば、声だけとはいえ、こちらのほうが……。
ちらりと芳沢 江梨香を盗み見る。心臓が削られる音がした。彼女の体は震えていた。
『あの三人を殺してから世界は開けたんだ。いつも貶められ、もはやどこからが憤って良い仕打ちなのかもわからずに。何をしても抜け出せなかった。あの学校の、あの世界から』
確かに、マリカという少女は蛯名 敏也をズタズタに傷つけた。彼女の死はその報いと言えるかもしれない。だけど、そんなドロドロした理由とかじゃなくて、ただ。ただ、彼女は娘の命を奪われたのだ。痛みは消えない。
本来、彼女は協力者に向いているとは言えない。人を殺す計画なのだ。どうせなら力のある男性の方が良い。しかし、三人の遺族を調べてみると、なかなか適した人材が見当たらなかったのである。
殺された三人のうちのひとり、植山 陽一の父親は権威ある医者らしい。もうひとり、砂原 匠太には現在中学生の妹がいた。
守るべき社会的地位も家族も無いのは、芳沢 マリカの母、この人だけだったのだ。
『あの三人を殺したのは正解だったと思っているよ。あのまま我慢することができたとしても、俺の人生は死んでいた。自尊心の喪失はその人間の死だ。俺は、彼らを殺して生き返った。その点では感謝するべきなのかもしれないな』
だけど、耐えることが果たして正解なのだろうか。
この人が憔悴しきっているのは明らかだ。悪いが、この先なにかが変わるとも思えない。彼女も自分たちも。失うものなんてとうにない。きれいごとが言えるのは、まだ幸せな証。もう、いいのだ。
『人殺しだからと忌み嫌われるのは案外気持ちいいものさ。無条件に笑われていた頃の息が出来ないような辛さなんてどこにもない。俺にはもともとなにも無かった。でも、今はあるんだよ。人殺しのレッテルはそうだね。君の言葉を借りるなら、俺を特別にしてくれる宝物。自尊心のもとだよ』
復讐の連鎖に身を委ねよう。そうすることで、芳沢 江梨香は生き返る。きっと。
『だからさ。今でも醜い姿で死んでいったあいつらを思い出すだけで、笑いが止まらないんだよね』
「コーヒーじゃなくて、それカフェオレだよ」
「カフェオレもコーヒーよ」
会話から親しい間柄なのはわかる。美男美女だ。少年は二本の松葉づえを重ねて、テーブルに立てかけた。それから、椅子に腰をおろす。促されて、自分もその隣の椅子に座った。
「あ、紹介するね。こちらが」
「芳沢 江梨香さんですよね。はじめまして。私は柊 莉子。波北高校の二年生です」
にこりと笑いながら、自己紹介をする柊。江梨香は目を丸くした。名前を知られていることももちろん驚きだが、波北高校と言えばほかでもない。娘が通っていた学校だ。
少年の言葉を思い出す。マリカさんのかたきを討ちましょう。彼らは何をする気なのだろう。これが穏やかでない状況であることはとっくに理解していた。
「で、柊。そちらのお連れさんは? 見当たらないけどトイレかなにか?」
「ごめん、何か察したみたい。逃げられちゃった」
「え、ちょっと待ってよ、柊」
ひとりでいるのを見つけたときから、だいたい予想はついていたのだが。蛯名 敏也がいなくては何も始まらない。
「大丈夫。安心して」
柊はテーブルの上に何やら小さな機械を置いた。
「ボイスレコーダー?」
「そう。ここに蛯名 敏也の声がおさめられているわ」
なるほど。森山は納得した。
蛯名 敏也は頭の良い男だ。遺族を前にすれば、突然、後悔を全面に押し出した哀れな男を演じかねない。
そんなことをされれば、江梨香の自制心に歯止めをかけるだけだ。ならば、声だけとはいえ、こちらのほうが……。
ちらりと芳沢 江梨香を盗み見る。心臓が削られる音がした。彼女の体は震えていた。
『あの三人を殺してから世界は開けたんだ。いつも貶められ、もはやどこからが憤って良い仕打ちなのかもわからずに。何をしても抜け出せなかった。あの学校の、あの世界から』
確かに、マリカという少女は蛯名 敏也をズタズタに傷つけた。彼女の死はその報いと言えるかもしれない。だけど、そんなドロドロした理由とかじゃなくて、ただ。ただ、彼女は娘の命を奪われたのだ。痛みは消えない。
本来、彼女は協力者に向いているとは言えない。人を殺す計画なのだ。どうせなら力のある男性の方が良い。しかし、三人の遺族を調べてみると、なかなか適した人材が見当たらなかったのである。
殺された三人のうちのひとり、植山 陽一の父親は権威ある医者らしい。もうひとり、砂原 匠太には現在中学生の妹がいた。
守るべき社会的地位も家族も無いのは、芳沢 マリカの母、この人だけだったのだ。
『あの三人を殺したのは正解だったと思っているよ。あのまま我慢することができたとしても、俺の人生は死んでいた。自尊心の喪失はその人間の死だ。俺は、彼らを殺して生き返った。その点では感謝するべきなのかもしれないな』
だけど、耐えることが果たして正解なのだろうか。
この人が憔悴しきっているのは明らかだ。悪いが、この先なにかが変わるとも思えない。彼女も自分たちも。失うものなんてとうにない。きれいごとが言えるのは、まだ幸せな証。もう、いいのだ。
『人殺しだからと忌み嫌われるのは案外気持ちいいものさ。無条件に笑われていた頃の息が出来ないような辛さなんてどこにもない。俺にはもともとなにも無かった。でも、今はあるんだよ。人殺しのレッテルはそうだね。君の言葉を借りるなら、俺を特別にしてくれる宝物。自尊心のもとだよ』
復讐の連鎖に身を委ねよう。そうすることで、芳沢 江梨香は生き返る。きっと。
『だからさ。今でも醜い姿で死んでいったあいつらを思い出すだけで、笑いが止まらないんだよね』
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