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第九章 現実
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思い出しても、笑えるぐらいにうざくて。あれのどこに惚れる要素があったのか、全くもって謎なんだけど。気が付けば目で追ってた。それがすべてを狂わせた。
「鷹谷くん! どうしてこんなに酷いことするの? 要くんに謝って!」
「うっせーなあ。何で俺が謝らなきゃいけねーんだよ」
捻くれ者でヘタレな俺は、そうすることでしか彼女の視界に入ることが出来なかった。ただ、千愛に相手をして欲しくて。それだけのために要を利用した。罪を重ね続けた。馬鹿な俺。
もしかしたらこれは「いじめ」なのかもしれない。
それを自覚するようになったのはいつだっただろうか。
この時にはすでに、要が俺を見る眼は怯えと憎しみに満ちていて。それを真正面から受けても、心に何ら傷を負うことも無かった。
心臓の周りに分厚い膜が張られているような。罪悪感も自責の念も何もかも、俺の中には届いて来ない。戻れないから、無意識の内に全部。全部の感情を遠ざけた。
「やめて!!」
狂気じみたはやし声が充満する教室で、その声はキン、と空気を突き抜けた。「ストリップ・ゲーム」。そう名付けた、遊び。簡単に言えば一方的に要の衣服を脱がし、それを窓から捨てる。
その後は本人に拾いに行かせ、俺たちはその邪魔をしてみたり、はたまた要の体に絵具でボディペインティングを施してみたり、気分が優れないときは、サンドバッグ代わりにしたり、と色々だった。
「ひどい、最低!!」
目に涙をいっぱいためて、そう叫ぶ千愛。自分の行為が逆効果なのは明らかだった。
「なら、お前が止めてみれば?」
それでも俺は、彼女に向けて笑顔を作る。
「ね、もう要くんを庇うのやめたら? 確かに鷹谷たちがやってるのはいけない事だけどさ、言ってもあいつら、やめないじゃない。それに、人殺しの身内なんて庇ったって仕方ないよ」
そう言ったのは、千愛の友人、柊 莉子だ。
要の表情がぴくりと歪むのを俺は見逃さなかった。あの女も不器用な奴だ。
彼女が何を考えているのかは、一応気付いていた。柊はわかっていたのだ。千愛がいじめを止めようともがくほど、俺がヒートアップするということを。しかし、「人殺しの身内」。それは、完全に失言だった。
いじめが過激化するのと同時に、俺はいわゆる不良と化した。金髪、ピアス、内ポケットにはタバコとライター。
その日も、俺は中庭でタバコを吸っていた。植え込みのそばに座り込み、息を吐き出す。この年でタバコを吸っている奴らってかっこいいから、とかそういう理由が多いけど、てか俺もきっかけはそんなもんだったけど。
今となってはタバコなしには生活出来ない。煙と一緒に体中のモヤモヤを吐き出している、そんな感じがする。一瞬。ほんの一瞬だけ、溺れそうなぐらいの痛みが溶けて、空に浄化されていく。そんな錯覚。黒い空。
(雨、降りそうだな)
どうでもいいことをぼやく暇があるなら、もっとすべきことがあるような気もするけど。
ぐちゃぐちゃに書き殴られたような苦しみは、ひとつひとつに目を凝らすことすら怖くて。ほったらかし。丸めて捨ててしまうことも出来ない。
心の隅っこで確実に積もっていく。それをまた、タバコの煙とともに外に追い出した。一時的。煙が雲と化すのを、ぼんやりと視界に入れる。
「は?」
上に持ち上げた視線の先に、信じられない光景が映った。だから、思わず声が漏れた。
(なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ)
わけもわからず階段を駆け上がる。屋上。屋上。屋上。辿り着いたら、どうするか、何を言うか。そんなこと、頭の外だった。
「!?」
足元の、ずっと下の方で、鈍い音が響いた。ここは三階。おそらく、俺がさっきまでいた中庭に、なにかが落ちた。どんっと。重い重いなにかが落ちた。屋上に繋がる扉が遠い。
屋上のコンクリートを踏んだとき、そこに居たのは一人だけだった。
「かなめ……」
嫌な予感がする。心臓が暴れるのは、全力で走って来たからじゃない。
「千愛は、千愛どこだ」
「千愛?」
光を失った、真っ暗な眼。ここに居るのは、俺が虐げ続けた蛯名 要じゃない。なんでこの場に千愛がいない? 俺は確かに見た。この屋上に、千愛と要がいるところを。
(まさか……)
振り返って、フェンスの奥を覗き込む。体が正常に動かない。震える足、かすむ視界。そこから見えたのは。中庭、植え込み、そして。
「千愛!!」
倒れこむ、千愛の姿。
「じゃあ、あの音は、千愛? 落ちた? ここから? うそだろ、そんなの」
だって、ここから見える千愛の姿は。まるで。
(死体)
そんな言葉を浮かべて、慌ててかき消す。ありえない、そんなこと。あってはならない。
「千愛……!!」
扉を抜けて、さっき上って来た階段を今度は駆け下りる。
「やめなよ、鷹谷。彼女もう死んでる」
「うるせえっ」
聞きたくない、知りたくない、認めたくない。俺のこの足が、彼女のもとに辿り着くまでは。
「鷹谷くん! どうしてこんなに酷いことするの? 要くんに謝って!」
「うっせーなあ。何で俺が謝らなきゃいけねーんだよ」
捻くれ者でヘタレな俺は、そうすることでしか彼女の視界に入ることが出来なかった。ただ、千愛に相手をして欲しくて。それだけのために要を利用した。罪を重ね続けた。馬鹿な俺。
もしかしたらこれは「いじめ」なのかもしれない。
それを自覚するようになったのはいつだっただろうか。
この時にはすでに、要が俺を見る眼は怯えと憎しみに満ちていて。それを真正面から受けても、心に何ら傷を負うことも無かった。
心臓の周りに分厚い膜が張られているような。罪悪感も自責の念も何もかも、俺の中には届いて来ない。戻れないから、無意識の内に全部。全部の感情を遠ざけた。
「やめて!!」
狂気じみたはやし声が充満する教室で、その声はキン、と空気を突き抜けた。「ストリップ・ゲーム」。そう名付けた、遊び。簡単に言えば一方的に要の衣服を脱がし、それを窓から捨てる。
その後は本人に拾いに行かせ、俺たちはその邪魔をしてみたり、はたまた要の体に絵具でボディペインティングを施してみたり、気分が優れないときは、サンドバッグ代わりにしたり、と色々だった。
「ひどい、最低!!」
目に涙をいっぱいためて、そう叫ぶ千愛。自分の行為が逆効果なのは明らかだった。
「なら、お前が止めてみれば?」
それでも俺は、彼女に向けて笑顔を作る。
「ね、もう要くんを庇うのやめたら? 確かに鷹谷たちがやってるのはいけない事だけどさ、言ってもあいつら、やめないじゃない。それに、人殺しの身内なんて庇ったって仕方ないよ」
そう言ったのは、千愛の友人、柊 莉子だ。
要の表情がぴくりと歪むのを俺は見逃さなかった。あの女も不器用な奴だ。
彼女が何を考えているのかは、一応気付いていた。柊はわかっていたのだ。千愛がいじめを止めようともがくほど、俺がヒートアップするということを。しかし、「人殺しの身内」。それは、完全に失言だった。
いじめが過激化するのと同時に、俺はいわゆる不良と化した。金髪、ピアス、内ポケットにはタバコとライター。
その日も、俺は中庭でタバコを吸っていた。植え込みのそばに座り込み、息を吐き出す。この年でタバコを吸っている奴らってかっこいいから、とかそういう理由が多いけど、てか俺もきっかけはそんなもんだったけど。
今となってはタバコなしには生活出来ない。煙と一緒に体中のモヤモヤを吐き出している、そんな感じがする。一瞬。ほんの一瞬だけ、溺れそうなぐらいの痛みが溶けて、空に浄化されていく。そんな錯覚。黒い空。
(雨、降りそうだな)
どうでもいいことをぼやく暇があるなら、もっとすべきことがあるような気もするけど。
ぐちゃぐちゃに書き殴られたような苦しみは、ひとつひとつに目を凝らすことすら怖くて。ほったらかし。丸めて捨ててしまうことも出来ない。
心の隅っこで確実に積もっていく。それをまた、タバコの煙とともに外に追い出した。一時的。煙が雲と化すのを、ぼんやりと視界に入れる。
「は?」
上に持ち上げた視線の先に、信じられない光景が映った。だから、思わず声が漏れた。
(なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ)
わけもわからず階段を駆け上がる。屋上。屋上。屋上。辿り着いたら、どうするか、何を言うか。そんなこと、頭の外だった。
「!?」
足元の、ずっと下の方で、鈍い音が響いた。ここは三階。おそらく、俺がさっきまでいた中庭に、なにかが落ちた。どんっと。重い重いなにかが落ちた。屋上に繋がる扉が遠い。
屋上のコンクリートを踏んだとき、そこに居たのは一人だけだった。
「かなめ……」
嫌な予感がする。心臓が暴れるのは、全力で走って来たからじゃない。
「千愛は、千愛どこだ」
「千愛?」
光を失った、真っ暗な眼。ここに居るのは、俺が虐げ続けた蛯名 要じゃない。なんでこの場に千愛がいない? 俺は確かに見た。この屋上に、千愛と要がいるところを。
(まさか……)
振り返って、フェンスの奥を覗き込む。体が正常に動かない。震える足、かすむ視界。そこから見えたのは。中庭、植え込み、そして。
「千愛!!」
倒れこむ、千愛の姿。
「じゃあ、あの音は、千愛? 落ちた? ここから? うそだろ、そんなの」
だって、ここから見える千愛の姿は。まるで。
(死体)
そんな言葉を浮かべて、慌ててかき消す。ありえない、そんなこと。あってはならない。
「千愛……!!」
扉を抜けて、さっき上って来た階段を今度は駆け下りる。
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