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めんつゆ

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第九章 現実

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 それから、救急車を呼び、野次馬を威嚇して散らした。警察だかなんだかに状況説明を求められたが、ことごとく要に邪魔をされた。

雨が、塊になって俺の頬を叩き付ける。動揺で頭がおかしくなりそうだった。状況について行けず、水のなか。空気を求めてもがいても、足を取られるだけ。

「鷹谷、来て」

 腕を引っ張られて、正気に戻る。連れて来られたのは、男子トイレだった。部室棟の隅にひっそりと存在するそれは、普段から利用者がない。扉の向こうで雨の落ちる音だけが響く。

「おまえ、千愛になにをした……!!」

 彼女の死は、ほとんど確実だった。ただ、まだ認めることは出来なかった。千愛がいなくなったら、俺はどうなる。彼女の視界に入ることが出来なければ、もう俺の居場所はない。

「べつに何をしたってわけでもないけど」

 薄ら笑いを浮かべる要は、俺の青くなった顔を楽しんでいるようだった。吐き気がするほど気持ち悪い。雨で濡れた髪が、べとべとと地肌に纏わりつく。

「俺、見たんだ。お前と千愛がキスした所……」

「なんだあ、見てたの」

 まるで別の人格が現れたかのようだった。表情も口調も、人間味が感じられないほどに、不気味。

「かなめ、おまえ、突き落としたんだろ。千愛を。なんなんだ、なにがあった」

「落ちる前から死んでたよ。クスリでね」

「くすり……?」

 事態はきっと、俺の想像できる範囲のもっと奥を行く。

「毒薬。飲ませたんだよ。見てたんだろう、俺と愛しの千愛ちゃんのキスシーン」

 まさか。

「まさか、あのときに毒を……」

 奴の口角が極端に上がった。

「そ。はは、全部ばらしちゃったんだから、俺が何を言いたいのかわかるよねえ」

「なにを……」

「さあ、今までの罪を清算してもらおうか」

雨は。いつまでも止むことはない。

**

「お前は、鷹谷に千愛のスケジュール帳を盗み、燃やすよう指示した。そうしなければ毒を飲ませると脅して」

 要はうなずいた。

「そこは完璧。大正解です」

「なにが間違いなんだ」

「俺の本来の計画は失敗に終わったということです。俺の復讐はなにも千愛を殺すことなんかじゃなかった。計画の達成を森山先輩。あなたの存在が邪魔したのです」

「おれが……?」

 千愛の死の真相。森山たちは今までに、いくつかその仮説を立てた。ひとつは千愛を殺すために用意した毒薬が、要のミスで栄養剤で。焦った彼が仕方なく千愛を突き落とした、とする説。
だけどそれならなぜ、要は千愛を殺そうとしたのか。鷹谷への復讐だ。鷹谷は千愛が好きだった。だから……。

(いや、でも。この仮説はさっき本人に否定されて……)

 要が千愛に告白して、断られて逆上という説もあった。
告白の理由は、千愛を彼女にして鷹谷に見せつけるため……。こちらの説なら、「森山の存在が邪魔」だというのも納得できる。
千愛が「森山が好きだから」、と告白を断ったと考えることが出来るからだ。

でも、逆上となると事前に毒薬を用意していたのはおかしい。
なら、それは要にとってもとから栄養剤だったのかもしれない。
たまたま持っていた栄養剤を毒薬に見立てた? 千愛を脅すために? 「告白を受け入れないのなら毒をのませるぞ」と、そんなところだろうか? 

(いや、ちがう)

 要のさっきの言葉。千愛が死んだのは、要のためでもあり、森山のためでもある……。

「まさか……」 

 絶望的な思いで、森山は要の顔を振り返った。

「千愛に守られていたって言うのか? 俺も、お前も……」

 そのとき初めて、要の表情が切なく揺れた。それは、正解の合図だった。

**

「悪いけど、私すきなひとがいるの」

「構わないよ。そんなこと俺は気にしない。君になにも望まないよ、かたちだけでいいんだ」

 千愛は、俺の言葉の意味を量りかねているようだった。

「誰でもいいなら、私じゃなくてもいいんじゃない?」

「いや、君じゃないと駄目なんだ」

「どうして?」

「それは……」

 鷹谷に復讐してやりたいから。あいつは君に惚れているから。
そんなことを言って納得してくれるような子じゃない。曲がったことが許せない。ちょっと鬱陶しい、俺の苦手なタイプだ。
だけど、千愛のこの面倒くさい性格に何度も救われたのは事実。だけど、こうなっては仕方ない。

「じゃあ、その君の好きな人って誰なんだ?」

「知ってるかなあ。三年生なんだけど、森山 有っていう人。幼馴染なんだ」

 森山 有。知っているもなにも、それってあの有名な先輩じゃないか。顔も頭も良くて、群れることを嫌う一匹狼。意外だった。あんな奴を千愛が好むなんて。

「ああ、よく知ってるよ」

 俺は、ポケットの中から栄養剤の入った小瓶を取り出した。最近の昼食はいつもこれだった。恩人に対する行動にしては最悪だろう。
だけど、なりふりかまっていられない。憎いんだ。一矢報わなければ、やりきれない。わかってくれ。俺に同情するなら協力してくれ。

「それはなに?」
「毒だよ」
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