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第九章 現実
④
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千愛が驚きのあまり息を呑むのがわかった。
「兄ちゃんが逮捕されたときに、部屋から盗んだんだ。いつかの時のためにってずっと持ち歩いてた」
「その、いつかの時が今なの?」
「そう。君が僕と付き合ってくれないのなら森山先輩にこれを飲んでもらう」
「なんで有ちゃんに……!? 待って、なにが目的なの? どうしてそんなに必死なの?」
「君に言ったってわからないことだよ。防ごうなんて考えても無駄。液体を飲ませるぐらい造作ない。いくら警戒していてもわずかな隙をついてみせる」
「殺人よ。お兄さんと同罪に成り下がってもいいの……? あなたが一番、その罪深さをわかっているはずなのに」
「黙れ」
そんなことは他人に言われたくないのだ。正しいか間違っているか、そういう問題じゃない。傷を持たない人間に、偉そうに語る資格はない。
「兄が兄なら弟も弟。そう呆れて見ていてくれよ。理解してもらおうなんて思ってな……い……」
(は……?)
突然千愛が駆け寄ってきた。そうかと思えば。
「…………!!」
唇に何かがぶつかった。なにがおこった? 一瞬の混乱と同時に、手の中の小瓶が抜き取られたことに気づいた。
「有ちゃんは死なせないよ。要くんをお兄さんと同じにもさせない……!!」
俺の気をそらせるための行為だったらしい。何をしでかすかわからない女だ。
「邪魔をするな!」
千愛に向かって手を伸ばした。
千愛は俺の手から逃れるために後退した。
そして、小瓶の蓋を素早く開けた。中身を捨てるつもりなのだろう。当然の選択だ。別にいい。盗んだ毒はそれひとつじゃない、とか何とでも言いようがある。そもそも偽物、レプリカだ。勝手にすればいい。
「は!?」
千愛の行動は予想の範疇を越えた。小瓶の中身は彼女の喉の奥へと流し込まれた。
「……な、に。おまえ、は……? わかってんの」
喉の動きで飲み込んだことは明らか。
本物だと信じていたはず。死に繋がるものだったはず。なんで。
こいつはおかしい。焦っていたのはわかる。早く毒を処理しないと俺に奪い返されると。捨てるという考えが出て来なかったのか。それとも、こうでもしないと終わらないと考えたのか。
浅はかすぎる。そうも簡単に死という選択肢を取るなんて。俺は呆気に取られて、立ち尽くした。
この時、種明かしをすべきだった。そうすれば、悲劇は起こらずに済んだ。
彼女の、常人離れした優しさと正義感を俺はこの時忘れていた。それは最大のミスだった。
なにも言葉を発さない千愛をうかがう。彼女は、思いつめたように自らの頭を回転させているようだった。時間にすれば数秒。気味の悪い間。
「私ね。ずっと死にたかったのよ」
突然だった。言っている意味がわからなかった。千愛は慰めるように、説得するように、俺に笑顔を見せた。
「え……?」
千愛は勢いよく、フェンスをよじ登った。ここは屋上だ。そう理解するのと彼女の身体が不自然に傾いたのはどちらが早かっただろうか。
今ならわかる。あの数秒、千愛はなにを必死に考えていたのか。それは俺を人殺しにしない方法。死因を塗り替えようとしたのだ。本来そんなことは意味のない行為だ。本当にあれが毒薬だったなら、調べられればすぐにばれる。ただ。ただ彼女は必死だった。
鈍い音を合図に頭が真っ白になった。
「うそだ。まてよ。なんで」
さっき、ここで、なにがおこった? 意味を理解するより先に。呼吸と指先、足元。そのすべてが悲鳴をあげて、震えだす。
「……かなめ」
でも。いつの間にか、そこにいた人物。その存在に気付いた途端。俺の恐怖は薄れていく。
苦しめ、鷹谷。こんなはずじゃなかったのに。お前に好かれたせいで、千愛は死んだよ?
**
千愛は馬鹿だ。勘違いに勘違いを重ねて、そして彼女は自ら命を絶った。ずっと否定してきたのに、やっぱり自殺だったらしい。森山の表情は苦痛に歪んだ。
「自白も考えたけど、俺は鷹谷への復讐を優先させました。俺の罪に加担したことを彼はずっと悔やんでいたのです。
スケジュール帳のことだって、あいつはギリギリまで躊躇していた。だけど、あのスケジュール帳の中には、千愛のあなたへの想いが詰まっていた。
それを見てやっと、彼は燃やす決意をしたのです。結果オーライだとさえ思いました。鷹谷の千愛への気持ちは本物だった」
「…………」
鷹谷。
「さらに俺は鷹谷に追い打ちをかけました。千愛の唯一無二の親友、柊 莉子を次のいじめのターゲットに指名したのです。」
森山は、はっとして要の顔を凝視した。
「復讐の一部だって言うのか?
柊は千愛の親友だったから、それだけのために」
「兄ちゃんが逮捕されたときに、部屋から盗んだんだ。いつかの時のためにってずっと持ち歩いてた」
「その、いつかの時が今なの?」
「そう。君が僕と付き合ってくれないのなら森山先輩にこれを飲んでもらう」
「なんで有ちゃんに……!? 待って、なにが目的なの? どうしてそんなに必死なの?」
「君に言ったってわからないことだよ。防ごうなんて考えても無駄。液体を飲ませるぐらい造作ない。いくら警戒していてもわずかな隙をついてみせる」
「殺人よ。お兄さんと同罪に成り下がってもいいの……? あなたが一番、その罪深さをわかっているはずなのに」
「黙れ」
そんなことは他人に言われたくないのだ。正しいか間違っているか、そういう問題じゃない。傷を持たない人間に、偉そうに語る資格はない。
「兄が兄なら弟も弟。そう呆れて見ていてくれよ。理解してもらおうなんて思ってな……い……」
(は……?)
突然千愛が駆け寄ってきた。そうかと思えば。
「…………!!」
唇に何かがぶつかった。なにがおこった? 一瞬の混乱と同時に、手の中の小瓶が抜き取られたことに気づいた。
「有ちゃんは死なせないよ。要くんをお兄さんと同じにもさせない……!!」
俺の気をそらせるための行為だったらしい。何をしでかすかわからない女だ。
「邪魔をするな!」
千愛に向かって手を伸ばした。
千愛は俺の手から逃れるために後退した。
そして、小瓶の蓋を素早く開けた。中身を捨てるつもりなのだろう。当然の選択だ。別にいい。盗んだ毒はそれひとつじゃない、とか何とでも言いようがある。そもそも偽物、レプリカだ。勝手にすればいい。
「は!?」
千愛の行動は予想の範疇を越えた。小瓶の中身は彼女の喉の奥へと流し込まれた。
「……な、に。おまえ、は……? わかってんの」
喉の動きで飲み込んだことは明らか。
本物だと信じていたはず。死に繋がるものだったはず。なんで。
こいつはおかしい。焦っていたのはわかる。早く毒を処理しないと俺に奪い返されると。捨てるという考えが出て来なかったのか。それとも、こうでもしないと終わらないと考えたのか。
浅はかすぎる。そうも簡単に死という選択肢を取るなんて。俺は呆気に取られて、立ち尽くした。
この時、種明かしをすべきだった。そうすれば、悲劇は起こらずに済んだ。
彼女の、常人離れした優しさと正義感を俺はこの時忘れていた。それは最大のミスだった。
なにも言葉を発さない千愛をうかがう。彼女は、思いつめたように自らの頭を回転させているようだった。時間にすれば数秒。気味の悪い間。
「私ね。ずっと死にたかったのよ」
突然だった。言っている意味がわからなかった。千愛は慰めるように、説得するように、俺に笑顔を見せた。
「え……?」
千愛は勢いよく、フェンスをよじ登った。ここは屋上だ。そう理解するのと彼女の身体が不自然に傾いたのはどちらが早かっただろうか。
今ならわかる。あの数秒、千愛はなにを必死に考えていたのか。それは俺を人殺しにしない方法。死因を塗り替えようとしたのだ。本来そんなことは意味のない行為だ。本当にあれが毒薬だったなら、調べられればすぐにばれる。ただ。ただ彼女は必死だった。
鈍い音を合図に頭が真っ白になった。
「うそだ。まてよ。なんで」
さっき、ここで、なにがおこった? 意味を理解するより先に。呼吸と指先、足元。そのすべてが悲鳴をあげて、震えだす。
「……かなめ」
でも。いつの間にか、そこにいた人物。その存在に気付いた途端。俺の恐怖は薄れていく。
苦しめ、鷹谷。こんなはずじゃなかったのに。お前に好かれたせいで、千愛は死んだよ?
**
千愛は馬鹿だ。勘違いに勘違いを重ねて、そして彼女は自ら命を絶った。ずっと否定してきたのに、やっぱり自殺だったらしい。森山の表情は苦痛に歪んだ。
「自白も考えたけど、俺は鷹谷への復讐を優先させました。俺の罪に加担したことを彼はずっと悔やんでいたのです。
スケジュール帳のことだって、あいつはギリギリまで躊躇していた。だけど、あのスケジュール帳の中には、千愛のあなたへの想いが詰まっていた。
それを見てやっと、彼は燃やす決意をしたのです。結果オーライだとさえ思いました。鷹谷の千愛への気持ちは本物だった」
「…………」
鷹谷。
「さらに俺は鷹谷に追い打ちをかけました。千愛の唯一無二の親友、柊 莉子を次のいじめのターゲットに指名したのです。」
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