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めんつゆ

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第九章 現実

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「ええ。千愛の望まぬことをあえてさせることは、彼の苦痛を作り出すと思ったのです。だけど、それだけじゃない。
俺をいじめていたのは鷹谷ひとりじゃなかった。クラスの雰囲気が俺へのいじめを作り出していた。鷹谷を脅すだけで、あの空間からいじめが消えるとは考えられなかった。
だから、次のターゲットを用意する必要があったのです。幸い、柊は俺を愚弄した人間でもあったし」

 森山は目を伏せた。言葉がみつからない。結局俺たちは、千愛の想いを踏みにじろうとしていたわけだ。自己満足は理解していたつもりだったけど。

「ぜんぶ、復讐だった。鷹谷には死ぬまで後悔の中で飼い殺しにしてやろうと思っていました。だから、鷹谷が死んでから、俺は罪を隠し通す意味が無くなった。彼が死んでから、俺はいきなり自由に還ったのです。
彼を罪の意識にうずめるのと同時に、俺は自分自身を縛っていた。それに気づいてから、俺はすぐにでも自白しようと思いました。そんなとき、あなた達に出会ったのです」

 要の目がふっと柔らかくなった。
人間の魂は目に宿っているんじゃないか、そう思った。

「どうせなら、あなたたちに裁いてもらおう、そう思ったのです。
警察はあてにならない。俺はそれを身をもって知っていましたから」

 要の奇妙な言動の数々、それが自分たちへの期待から来ていたなんて。そんなこと、どうして気付くことが出来ようか。

(俺は、どうしたらいい)

 こいつは、千愛を死なせた。ずっと追い求めていた復讐の的。だから、だから殺すのか?

「そういえば、こないだ、兄ちゃん、蛯名 敏也に偶然会ったんです。釈放されてたんですね。なにも知らなかった。親はなにも言ってくれないし」

「…………」

「怖くなりましたよ。完全に消えたと思ってたのに、俺の中の復讐心はまだ生きていた。本当にしつこいものですよ。今度は俺を犯罪者の身内にした張本人を憎んだ。許せないと思った。どうしようもないんです。俺は、生かしておくべきでない人間です」

「え……?」

 要はふわりと微笑んだ。

「罪の重さなんて、誰に視点を置くのかで変わる。あなたの望む罰を受けましょう。復讐もそれで完成のはず。本当はそんなもの、なんの意味もない。それは確かだ。だけど、やらなきゃ気がおさまらない。それも事実。連鎖は止まりません」

 あきらめたような口調。なにが正しいかなんて考えたくなかった。間違えていることを自覚していたから。それでも感情を優先したんだ。鷹谷の魂がずしりと響く。森山は呟いた。

「俺たちは同じだよ。同じように馬鹿なんだ」

 偉そうに君を裁く資格なんて……。そう言って振り返った。そして要の顔を見た。見ようとした。

「……え?」

 状況を理解する前に。狂気にまみれた目をとらえた。闇にまぎれた野良猫のように、目は光る。

「マリカの痛みを知りなさい……!!」

「やめ……!!」

 とっさに叫ぶ森山の声は、鈍い音にかき消された。肉からナイフを抜く音に。

「かはっ」

 苦痛に歪む要の顔に、森山まで身を切られるような痛みを感じた。血が溢れ出す。命が流れていく。止まることを知らず。

「要くん!!」

 要の身体が倒れていく。

(なんでだ……。計画の時間よりずいぶん早い……。だいたい、実行は俺が合図を出してからって約束のはず……!)

 芳沢 江梨香は森山を睨んだ。

「なに? やっぱり殺したくなかったとでも言うつもり?」

「!!」

「勘違いしているようね。私はあなた達に利用されてるわけじゃないのよ。これは私の復讐!! この弟が余計なこと言わなきゃ、蛯名 敏也がマリカを殺すことも無かったんだ!!」

 何かが憑りついたように笑い出す芳沢 江梨香。

「あとひとりよ……!」

 この狂気は自分が作り出したもの。

「要くん……! 死ぬな……!」

 止血のためにあてた森山のパーカーに、赤が広がっていく。震える指先で、スマートフォンの画面を叩いた。

 次のターゲットに向かっているのだろう。小さくなる女の背中を睨みながら間に合ってくれ、と願う。強く願う。

(間違っていたんだよ、やっぱり……!)

 夜風が冷たく涙を撫でた。

「生きてくれ……!」





「電話?」

「そうみたい。ちょっと失礼します」

「ああ」

 ポケットからスマートフォンを取り出す。

(森山……!? どうして……)

 ディスプレイに表示された名前に、柊は動揺した。それを、蛯名 敏也は見逃さなかった。

「もしもし、どうかした?」

 計画になにか狂いが生じたのだろうか。怪訝に思いながら出た電話からは、激しい息遣いが聞こえてきた。

『逃げろ、柊……。要くんが刺された……!!』

「まって、なにを……」

 芳沢さんが要くんを殺したのだ。実現してみると恐ろしいものがあるが、今はそうも言っていられない。

(どうして森山はこんなに取り乱しているの……?)

 計画が実行されただけではないか。一体、彼は何を考えているのか。

『救急車は呼んだけど間に合うかわからない。芳沢 マリカは今正常な状態じゃない……。とにかく逃げてくれ、蛯名 敏也を殺してはいけない……!!』

「まって、なん……」

 わからない。どうしたらいい。
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