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めんつゆ

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第十章 柊

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「最後の段落謝ってばっかりだね」

 優しく。森山が笑う。

「ほんと。必要ないのに」

「悪いのは私たちだったのに」

 サツキとユリが、申し訳なさそうに眉を下げる。柊は、それに首を振った。

「何も学校行事に触れてないじゃないですか。まったく、前代未聞ですよ」

 呆れたように、副会長が笑った。

(どうして、今更なの)

 幸せは見捨てた途端にやってくる。泣きたい。そう思いながら。柊が笑う。
 要くんが死んだ。自分たちが、殺した。芳沢 江梨香が殺人者になった。自分たちが、そうさせた。

 自分がずっと恨んできたものは、本当に蛯名 要だったのだろうか。確かに、彼が柊をターゲットに選んだ。それは事実だ。だけど、彼女をいじめたのは彼じゃない。鷹谷だけでもない。

 自殺。その言葉を聞いたとき、二年三組の脳裏には何が過っただろうか。千愛は、確かに嫌悪される存在だった。いじめと、名付けることが不可能でもなかった。

 もし、少しでも自分に原因があるのだとしたら? 
そんな恐怖の中。彼らにチャンスが与えられたのだ。「柊 莉子が悪い」、そう言った、鷹谷の言葉。
柊は、千愛とともにクラスから隔離された、生贄にはもってこいの存在だった。
ああ、そうだ。きっと二人の中で何かがあったのだろう。友情に亀裂が入るような何かが。
無理やりすぎる妄想を、また無理やり飲み込んで。柊をいじめることで、恐怖も罪悪感も全て掻き消そうとした。

狂ったように。受け入れたくない感情をいじめにぶつけて紛らわせた。

 柊は目を伏せた。全部、可能性の話だ。
今更確かなものなんて見つからない。復讐の対象なんて、わかったもんじゃない。気に入らないから、やり返そうなんて。馬鹿なことだと、わかっているつもりだった。後悔しても良いと思った。

要の、わざとらしいおちゃらけた声が、しぐさが。脳裏に焼き付いて離れない。もっと。ちゃんと向き合えば良かった。どうして、あんな態度を取っていたのか。そういえば、わからない。

「会長!?」

 副会長の叫び声で、はっと我に返る。

「……え」

 森山。柊は息を呑んだ。森山の瞳から、一筋の涙が流れる。

「え?」

 彼自身、どうしてみんなが自分を見ているのか、分からないようだった。涙に気付いていない。無意識なんだ。柊は、自分の目元に手を置いた。

(よかった、泣いてない)

 安堵するとともに、彼の涙を怪訝に思った。なにか、自分の知らない事態が起きている気がした。また、ひとりで片づけるつもりなのかもしれない。ただ、無表情に涙を流し続ける森山。置いてかないで。今すぐにでも、叫びたかった。

**

「他人に興味ないなら、お前、俺の邪魔しないだろう」

「は?」

 さまざまな人が行きかう駅のホーム。それでも、彼が自分を待ち伏せしていたことは一目瞭然だった。

「昔、弟に聞いたのを思い出した。要は俺にいろんなことを話してくれた」

 ぴりっと、肌に電気が走るような感覚。要の名前を出すのはわざとだろうか。

「一匹狼だっけ? 他人に興味なかったんだろ?」

「べつに、ひとが怖かっただけだよ」

 いちいち羨望のまなざしを向けてくるクラスメイト。あの時の俺は、それが怖くて仕方なかった。正確には、失望させてしまうのが怖かった。自分はそんなにできた人間じゃないって、よくわかっていたから。

 今、誰とでも話せるのは。なにも怖くないから。復讐以外のすべてを捨ててしまったから。自分のことでさえ、守る気になれないから。

「なんだそれ。人付き合いが苦手なだけのくせに」

 人付き合いが苦手……? その言葉は、妙に森山の耳にこびりついた。千愛の言葉と、よく似ていた。

『有ちゃんは人見知りなんだよ』

 いつも、聞き流していた。自分のコンプレックスが、そんなありきたりな言葉で表現できてしまうなんて。思いもしなかった。

「俺は復讐する。俺の人生はいつだってクソだった。要もお前たちに殺された。俺は俺の世界を終わりにする」

「なにを……」

「大丈夫、安心しな。お前が他人に興味を持たない限り、大したダメージは無いはずだ。それとも、いまだに自分が巻き込まれるのを恐れるかい?」

 狙われるのは、自分と柊だけじゃないのか。森山は、きっと蛯名を睨んだ。
「なにをするつもりなんだ」

 向けられるのは、ぎらついた瞳。食い殺される。そう感じさせる、笑み。
「あの忌まわしい波北高校を滅茶苦茶にしてやる」

**

 はったりなんかじゃない。相手はいかれた殺人犯。手段はわからない。だけど、あいつは確かに復讐を実行する。
 みんなが心配そうに森山の顔を覗き込む。彼は、自分の涙に気付いた途端、慌てて制服の袖でそれをぬぐった。
「ごめん、なんかさ。やっぱり俺、この学校好きだな、てさ」
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