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第十章 柊
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呆気に取られる仲間たちを前に、森山は眉を下げて、笑った。
「なんですか、それー。照れますよお」
「ほんと、不意打ちすぎてびっくりしちゃったー」
沸き立つのは、暖かい笑い声。今、この生徒会室の中心に自分が居る。此処には森山 有という人間を受け入れ、好いてくれるひとたちが居る。
蛯名 敏也の声が、こだまする。
『波北高校を滅茶苦茶にしてやる』
失いたくない。みんなも柊も、全部。こんなにも強く。心が叫んでる。
此処が好きだ。
「え、不評だったの?」
メロンパンをかじりながら、森山が声を上げる。遂に松葉づえから解放された彼は、自由に浸るかのように、両足をブラブラさせる。
医者の話では、予定よりかなり早い回復らしい。とはいえ、まだまだ万全ではないが。
「こんな変な広報初めて見たって、クラスの子に笑われたよ」
愚痴っている割には嬉しそうに話す柊。それが可笑しい。
「まあ、変っていうのは否めないよね」
「自覚してるわよ」
むっとしながら、柊も、メロンパンを頬張る。
「てかさ、メロンパンって甘いよね」
「当たり前でしょ。え、甘いの苦手なの?」
「んー、好きではないかな」
じゃあ何で買ったの。呆れたように、だけどやっぱり嬉しそうに。柊は笑った。
「どっちにしろ、メロンパン一個じゃ足りないしね。俺、近くのコンビニでおにぎりでも買ってこようかな」
「いっぺんに買えばよかったのに」
「はは、たしかに」
「ついて行こうかな」
「いいよ、教室に戻ってクラスの子たちとコミュニケーションでも取りな」
「余計なお世話だから」
この時、森山がコンビニに行かなかったら。または、柊が彼について行っていたら。この先の惨劇は、大きく違ったものになるはずだった。
森山が生徒会室を出て行ってから少しして、柊は立ち上がった。クラスに戻るためだ。
あの教室には、もう私を疎ましそうに見る目は無い。おはようの挨拶が返ってくる。このまま上手くいけば、自分はクラスに溶け込める。ずっと望んでいたものだった。この状況が。
(ちがう)
以前の自分なら、気兼ねなくそれを期待した。だけど、今は違う。このままなにも考えず。幸せの中に飛び込んで行ければ、どんなにいいだろうか。
(だって私は、殺人に加担した)
要の姿が、脳裏をちらついて、柊を離さない。
気付くと、ポケットの中で、スマホが震えていた。
「うっ、うう」
水道の前でへたり込む。コンビニのトイレ。おにぎりを買う、なんて嘘だ。メロンパンひとつでさえ、胃が拒否しているというのに。学校のトイレを使用するのは気がひけた。こんな自分の姿を人前にさらせない。視界が歪む。
(ごめん)
ずっと、心の中で唱えていたこと。怖くて、口にできなかったこと。
(ごめん)
柊に罪を背負わせたのは自分だ。初めて会ったとき、彼女に復讐の意思など欠片もなかった。犯人を殺すだなんて。結局、犯人なんて居なかったのに。千愛は誰にも殺されてはいなかった。ただ彼女は、自分と要を守ろうとした。それだけだったのに。
友達をいっぱい作って。悪いことは悪いって言う。彼女の生き方を真似してみたかった。ずっと。千愛は、森山の憧れだった。
柊は、そんな自分のエゴに巻き込まれ、大きな傷を負ったのだ。
「はい。もしもし」
『柊さん? 久しぶり』
はっとして、息を止める。
「……え、びな」
動けなくなった。今すぐにでもこのスマホを窓の外に投げ捨てたかった。電話とはいえ、彼とつながることは、死の淵に立たされているようなもの。そう感じた。あの夜、ナイフを片手に笑った、蛯名 敏也。映像も音も、ガンガンと鳴りやまない。
『今、君の学校に居る』
「……は」
心臓が縮んだのがわかった。いま、ここに? あの殺人鬼が?
『銃を持って、三階に居るから』
「じゅ……」
ーーさすがに嘘だ。
『手に入れるの大変だったんだ。犯罪歴が邪魔でね』
ーーだけど、もしも。もしも、そうじゃなかったら。
「まって、なに、なに言ってるの」
『あれ、森山くんに聞いてないのか。まあ、どっちでもいい。早くしないと、我慢の限界だ。殺傷能力を確かめてみたくてさ。うずうずしているんだ』
わからないわからないわからない。気持ちだけが焦って理解の先に行こうとする。
「どういうことよ!! あなた森山に何を言ったの!!」
『だから。この際森山くんはどうでもいい。とにかくだ。そうだな、あと十分。あと十分は、此処でじっとしていてあげるからさ』
「……え」
『情報は与えてやった。が、警察に言おうものなら、どうなるかわかるね。さあ、この十分。君がどうあがいてみるのか楽し……』
あと十分。話の途中で電話を切る。
(十分後になにが始まるというの)
無差別に発砲するつもりなのだろうか。それしか、考えられない。これが彼の復讐なのだ。この学校の生徒を巻き込むなんて許されない。それならば、自分はどうすれば良いのか。
「なんですか、それー。照れますよお」
「ほんと、不意打ちすぎてびっくりしちゃったー」
沸き立つのは、暖かい笑い声。今、この生徒会室の中心に自分が居る。此処には森山 有という人間を受け入れ、好いてくれるひとたちが居る。
蛯名 敏也の声が、こだまする。
『波北高校を滅茶苦茶にしてやる』
失いたくない。みんなも柊も、全部。こんなにも強く。心が叫んでる。
此処が好きだ。
「え、不評だったの?」
メロンパンをかじりながら、森山が声を上げる。遂に松葉づえから解放された彼は、自由に浸るかのように、両足をブラブラさせる。
医者の話では、予定よりかなり早い回復らしい。とはいえ、まだまだ万全ではないが。
「こんな変な広報初めて見たって、クラスの子に笑われたよ」
愚痴っている割には嬉しそうに話す柊。それが可笑しい。
「まあ、変っていうのは否めないよね」
「自覚してるわよ」
むっとしながら、柊も、メロンパンを頬張る。
「てかさ、メロンパンって甘いよね」
「当たり前でしょ。え、甘いの苦手なの?」
「んー、好きではないかな」
じゃあ何で買ったの。呆れたように、だけどやっぱり嬉しそうに。柊は笑った。
「どっちにしろ、メロンパン一個じゃ足りないしね。俺、近くのコンビニでおにぎりでも買ってこようかな」
「いっぺんに買えばよかったのに」
「はは、たしかに」
「ついて行こうかな」
「いいよ、教室に戻ってクラスの子たちとコミュニケーションでも取りな」
「余計なお世話だから」
この時、森山がコンビニに行かなかったら。または、柊が彼について行っていたら。この先の惨劇は、大きく違ったものになるはずだった。
森山が生徒会室を出て行ってから少しして、柊は立ち上がった。クラスに戻るためだ。
あの教室には、もう私を疎ましそうに見る目は無い。おはようの挨拶が返ってくる。このまま上手くいけば、自分はクラスに溶け込める。ずっと望んでいたものだった。この状況が。
(ちがう)
以前の自分なら、気兼ねなくそれを期待した。だけど、今は違う。このままなにも考えず。幸せの中に飛び込んで行ければ、どんなにいいだろうか。
(だって私は、殺人に加担した)
要の姿が、脳裏をちらついて、柊を離さない。
気付くと、ポケットの中で、スマホが震えていた。
「うっ、うう」
水道の前でへたり込む。コンビニのトイレ。おにぎりを買う、なんて嘘だ。メロンパンひとつでさえ、胃が拒否しているというのに。学校のトイレを使用するのは気がひけた。こんな自分の姿を人前にさらせない。視界が歪む。
(ごめん)
ずっと、心の中で唱えていたこと。怖くて、口にできなかったこと。
(ごめん)
柊に罪を背負わせたのは自分だ。初めて会ったとき、彼女に復讐の意思など欠片もなかった。犯人を殺すだなんて。結局、犯人なんて居なかったのに。千愛は誰にも殺されてはいなかった。ただ彼女は、自分と要を守ろうとした。それだけだったのに。
友達をいっぱい作って。悪いことは悪いって言う。彼女の生き方を真似してみたかった。ずっと。千愛は、森山の憧れだった。
柊は、そんな自分のエゴに巻き込まれ、大きな傷を負ったのだ。
「はい。もしもし」
『柊さん? 久しぶり』
はっとして、息を止める。
「……え、びな」
動けなくなった。今すぐにでもこのスマホを窓の外に投げ捨てたかった。電話とはいえ、彼とつながることは、死の淵に立たされているようなもの。そう感じた。あの夜、ナイフを片手に笑った、蛯名 敏也。映像も音も、ガンガンと鳴りやまない。
『今、君の学校に居る』
「……は」
心臓が縮んだのがわかった。いま、ここに? あの殺人鬼が?
『銃を持って、三階に居るから』
「じゅ……」
ーーさすがに嘘だ。
『手に入れるの大変だったんだ。犯罪歴が邪魔でね』
ーーだけど、もしも。もしも、そうじゃなかったら。
「まって、なに、なに言ってるの」
『あれ、森山くんに聞いてないのか。まあ、どっちでもいい。早くしないと、我慢の限界だ。殺傷能力を確かめてみたくてさ。うずうずしているんだ』
わからないわからないわからない。気持ちだけが焦って理解の先に行こうとする。
「どういうことよ!! あなた森山に何を言ったの!!」
『だから。この際森山くんはどうでもいい。とにかくだ。そうだな、あと十分。あと十分は、此処でじっとしていてあげるからさ』
「……え」
『情報は与えてやった。が、警察に言おうものなら、どうなるかわかるね。さあ、この十分。君がどうあがいてみるのか楽し……』
あと十分。話の途中で電話を切る。
(十分後になにが始まるというの)
無差別に発砲するつもりなのだろうか。それしか、考えられない。これが彼の復讐なのだ。この学校の生徒を巻き込むなんて許されない。それならば、自分はどうすれば良いのか。
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