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めんつゆ

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第十章 柊

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柊は駆け出した。三階。そうだ、あの教室も確か、三階に。一階のここから向かうとして……。

(ちがう、鍵がいるんだ…!!)

 まず職員室で鍵を借りて、それから……。自分が動くしかない。

「鍵っ!! 放送室の鍵借ります!!」

 扉は乱暴に開け放つ。ざわつく教師たち。

「みんなを、生徒を連れて逃げてください!!」

「学校の中に居ては危険なんです!!」

「鉄砲を持った男が……!!」

「時間が無いんです、お願いだから!!」

「とにかく、この鍵借ります!!」

 教師が何を言っていたのか、記憶にない。自分の叫び声だけが余韻を残していた。教師たちが自分の言葉を鵜呑みにしたりするだろうか。
わからない。そもそも、蛯名 敏也の言ったことは本当なのか。ちがう、今はそんなことどうでもいい。
後悔だけはしたくない。誰ひとり殺させやしない。
自分のせいで誰かが死ぬのは、もう耐えられない。想像したくない。考えられない。

(要くん……)

(森山……!!)

 何分経っただろうか。わからない。二、三分の気もする。十分間近の気もする。わからない。ただ、ただわかることは。

(いま、ここに居るのは私だけよ)

 三階……!! 廊下を鳴らしながら走る。先に行こうとする気持ちに、今回は体もついて行っている感じがした。

(見当たらない?)

 三階の廊下には、数人の生徒が居るものの、蛯名の姿は無かった。どこかの教室に潜んでいるのだろうか。

 放送室のドアを開ける。誰も居ない。ほっと安心して、奥に進む。床の上にはたくさんの配線が行きかっており、よくわからない機械がそこらじゅうに置いてあった。それらを見渡して、柊はある一点に目を止めた。

いくつものスイッチと、その横の、「校内放送」の文字。


(これだ……)

 使い方はわからない。だけど、これぐらいなら自分にもできる。電源と書かれた、白いスイッチを押す。赤いランプ。校内放送。ボリュームは最大に。勢いよく上げると、キンと嫌な音が響いた。声を、校舎のすべてに。

『みなさん学校の外に逃げてください!! 銃を持った男が三階に居ます! 時間がありません。はやく……!!』

 お願い。柊は頭の中で強く願った。逃げて。叫び続けた。不安がぐるぐると回る。いわくつき。不気味。それが自分だ。こんな奴の、こんな現実味のない言葉を、みんなは信じてくれるだろうか。いくら、広報のおかげでみんなに近づけたからって……。

 何分経っただろう。ふと、外が騒がしいのに気が付いた。緑のカーテンをめくり、窓の向こうに目をやる。

「……!!」

 グラウンドに、みんながいた。ひしめく生徒たち。きっと全員だ。よかった。信じてくれた。こんな自分の言葉を、信じてくれた。そう安堵した途端。

「なるほど。放送。考えたな」

「えびな……」

「だが十分。ここでタイムリミットだ」

気味の悪い声が、放送室を包んだ。


校舎を揺るがすような、低くて重い、音が響いた。


 なにかうるさい。森山が異変に気付いたのは、波北高校が視界に入り始めたときだった。

 その時、スマホから着信の合図が鳴り出した。

「副会長? どうかしたの? なんか騒ぎになってるみたいだけど……」

『会長、今どこに……!? まさかまだ校舎の中なんじゃ』

「俺はコンビニの帰りだけど、え? なんかやばいの?」

『あ、あの、柊さんが……』 

 グラウンドは生徒でごった返していた。ここに、柊だけが居ないというのか。全力で走って来たせいで、息が荒い。校舎を見上げる。

『森山、もう帰って来てるかな?』

 はっとする。柊の声。

『わかんないけど、聞いてくれていると信じて話します。私が今してることは、罪滅ぼしなんかじゃないよ。それだけはわかってね』

 森山の目つきが鋭くなった。駆け出す。校舎に向かって。柊のもとに……。

「会長!!」

「邪魔しないで」

「待ってください!! もう間に合わない……!!」

 キッと副会長を睨む。間に合わない。それは、どういう意味なんだ。

「いいからどいて」

「森山会長!!」

「行っちゃだめ!!」

 サツキ、ユリ、そして他の生徒会メンバー。彼らは森山にしがみつくようにして、彼の足止めをした。

『もっといい方法があったのかもしれないけど、思いつかなかった。私はここを、波北高校を守ってみたかった。千愛がそうしたみたいに、大切なものを自分で守りたかったの』

「ひいらぎ……!!」

 ちがう。千愛は間違っていた。わざわざ彼女の真似なんて。なんで、みんな邪魔をするんだ。理解できない。おかしい。早く、行かなければ。

(なんでそうも簡単に見捨てられるんだ)

「邪魔すんな!!」

 振り払う。

『私も森山も、いつだって千愛に憧れて、千愛みたいになりたいって、本当はそれだけだったよね』

「離せ!!」

『私たち、できそこないのレプリカだった』

「絶対に行かせない!!」

『失敗ばかりだったけど。友達をたくさん作るって、あの子の夢、それを森山が叶えたのはレプリカなんかじゃない。本物だから』

「ひいらぎ」

 森山の動きが鈍くなる。

『だから……げほ、ううん、なんだろ。私にもね、本物が、あるの。わたし』

『―、―――――――』

 柊の声。風の音。こころ。息を吸う。

「ひいいらぎっ」

 届いてくれ。声を突き上げた。自分の喉を使い果たす。その窓の向こうに。
放送室、柊に。森山は叫んだ。自分も同じなんだよ。伝えなければならない。声が、この気持ちを、届けてくれるように。

 あちらこちらで、泣き声が沸き起こる。混乱。ここで何が起こっているのか。

「…………!!」

 森山の声が止まった。


「ひいらぎ……?」
 幻のように。だけど確かに、窓際に柊の姿があった。ふわりと、それはそれは綺麗に、彼女はわらった。

まだ何も理解出来ないのに、涙が流れて止まらない。ひいらぎ。ひいらぎ。ひいらぎ……。


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