婚約破棄ですって?!私の悪行…まさかバレてませんわよね?

神楽坂ゆい

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「初めまして、アデル様。フレデリック・フィッツジェラルドと申します。」

 

王宮の廊下を歩いていると、背後から控えめな声が聞こえて思わず振り返る。そこに立っていたのは、知性的な雰囲気を漂わせた青年。宰相代理の息子として有名な方だと聞いていますわ。

 

「……ごきげんよう。面識はなかったかしら?」

 

「はい、お話しするのは初めてです。しかし、以前からお姿は拝見しておりました。」

 

フレデリックは微笑むが、どこか探るような視線を感じる。わたくしはなるべく警戒心を表に出さず、上品に微笑み返す。

 

「それで、わたくしに何か用かしら?」

 

「率直に申し上げますと、あなたについて興味があるのです。……噂では“性悪女”や“高慢ちきな伯爵令嬢”と言われていますが、一方で別の一面があるようにも思う。」

 

「……興味深いことをおっしゃいますのね。」

 

わたくしは笑みを崩さずに答える。フレデリックが言いたいことは、つまり“悪女は本当に悪女なのか?”という疑問でしょう。下手に深入りされると困るわ。

 

「何をおっしゃっても、わたくしは悪女ですの。お望みなら、もっと意地悪な行動をお見せしましょうか?」

 

「いえ、そういう意味ではありません。もし誤解があるのなら、解決したいと願う人間もいるはずです。あなたの周囲を見ても、皆があなたを心底憎んでいるわけではない。」

 

妙な言い回しに戸惑う。確かにレイラのようにわたくしの本性をわかってくれる人もいるが、それはごく一部。大半の貴族は“悪女アデル”を面白おかしく噂しているだけ。

 

「……仮にわたくしが真の悪女でなくとも、だから何ですの? わたくしはこの立ち位置を変える気などありませんわ。」

 

「そうおっしゃるんですね。ならば、もしあなたが“本当はこういう人なんだ”と世間に知れ渡ったら困ることがあるとか?」

 

フレデリックは探るように言葉を継ぐ。わたくしは心臓がドキリとするのを必死に隠す。孤児院への寄付や子どもたちへの支援がバレたらどうなるか……考えただけでも嫌になる。

 

「お喋りが過ぎますわ。あなたと親しく話す理由も見当たりません。」

 

「失礼いたしました。けれど、私はあなたの力になりたい。なぜなら……」

 

彼はそこで言葉を濁し、ふっと視線を落とす。何を言おうとしたのかしら。わたくしは気にはなるが、追及しない。深入りしていい相手かどうか、まだわからないのだから。

 

「お気持ちはありがたいですわ。それでは、これで失礼いたします。」

 

わたくしは軽く会釈すると、その場を後にする。背後からフレデリックが何か言おうとする気配を感じたが、振り返らずに歩み去る。

 

(興味を持たれるなんて、まったく迷惑ですわ。ロラン殿下との婚約破棄の話もあり、今は目立ちたくないのに。)

 

廊下を曲がると、息を吐き出して肩の力を抜く。もしフレデリックがわたくしの秘密の善行をつかんでいるのだとしたら、どうやってごまかそうか……。頭が痛い。悪女キャラを守るために、ここは踏ん張りどころですわね。
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