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序章
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細い月がでていた。
小さな日本家屋の庭にも月影が落ちて、月見障子のガラスを通して室内に光が差し込む。
部屋の中は月光の明かりだけだった。
病床の主人が、そうしてくれと頼んだからだった。
畳に、自分の影が長く伸びる。
その影が震えている。
「そんなに……泣かなくて良いのよ」
そう言って、主人である老女が病床から手を伸ばしてくれる。
「年齢的にもそう長くないのは、あなたも分かっていたでしょう?」
「けど……せめて、手術を受けて、下さ……」
泣き声で言いたいことも詰まってしまう。
男のくせにと、よくこの泣き虫癖は父母に詰られたものだった。
彼女はそんなことを自分に一度も言わなかった。感情豊かなのはあなたの良い部分なのよと、言ってくれる。
彼女の手を固く握った。
痛いわ、と笑う彼女が憎い。彼女は長らくガンを患っていた。
「手術をすればどうにかなるという段階はすでに、過ぎてしまっていたでしょ……」
「分かっています、でも……っ」
ボタボタと涙が畳に落ちる。確かにガンが見つかった当時すでに彼女は高齢で、初期の段階でもなかった。医者も手術は勧めなかった。
啜り上げていると、彼女が笑った。
「貴方を残していくことだけが心配ね……」
「そんなことを言わないでください!」
思わず顔を上げる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだろう顔を見ても、今度は彼女は笑わなかった。手をそっと解かれる。
「本当に心配よ。貴方のことも……次の当主も……」
憂い顔で、手を優しく叩かれる。
「明日は、病院に行くわ。……あなたはあなたで、きちんと出社するのよ」
「……はい」
そう言うしかなかった。彼女は自分の使命を、命を全うしようとしている。
「光流、頑張るのよ」
微笑みが儚い。けれど誰よりも強い人。
光流は極普通に生まれて、極普通に育った。
けれど、普通なのはそこまでだった。
二十歳を過ぎ、三十がきても満は年齢を取らなかった。
二十半ばで年齢を取るのを体が止めてしまったようだった。
最初は周囲に気味悪がられ、若く見えるだけよと笑っていた両親も四十をすぎれば気味悪がった。家系を探しても、満のような特徴を持つ人間は誰一人居なかった。
満は家を出た。会社も辞めた。人目をはばかるように生きてきた。
そこで、さまよっているうちに声をかけてくれたのが彼女だった。
彼女の周囲にはにしかわからない良い匂いがしていた。
今思えばそれを辿って、彼女に行き着いたような気もしている。
彼女は一人暮らしで、自分をかくまってくれた。
それから二十数年。
今は彼女が用意してくれた偽の経歴で、働くこともできている。
自分を守り、ある意味育ててくれた、恩人。
「はい」
涙を拭い立ち上がった。
失礼します、と彼女の部屋を後にして、やっぱり自身の部屋へ戻るとまた泣いてしまった。
小さな日本家屋の庭にも月影が落ちて、月見障子のガラスを通して室内に光が差し込む。
部屋の中は月光の明かりだけだった。
病床の主人が、そうしてくれと頼んだからだった。
畳に、自分の影が長く伸びる。
その影が震えている。
「そんなに……泣かなくて良いのよ」
そう言って、主人である老女が病床から手を伸ばしてくれる。
「年齢的にもそう長くないのは、あなたも分かっていたでしょう?」
「けど……せめて、手術を受けて、下さ……」
泣き声で言いたいことも詰まってしまう。
男のくせにと、よくこの泣き虫癖は父母に詰られたものだった。
彼女はそんなことを自分に一度も言わなかった。感情豊かなのはあなたの良い部分なのよと、言ってくれる。
彼女の手を固く握った。
痛いわ、と笑う彼女が憎い。彼女は長らくガンを患っていた。
「手術をすればどうにかなるという段階はすでに、過ぎてしまっていたでしょ……」
「分かっています、でも……っ」
ボタボタと涙が畳に落ちる。確かにガンが見つかった当時すでに彼女は高齢で、初期の段階でもなかった。医者も手術は勧めなかった。
啜り上げていると、彼女が笑った。
「貴方を残していくことだけが心配ね……」
「そんなことを言わないでください!」
思わず顔を上げる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだろう顔を見ても、今度は彼女は笑わなかった。手をそっと解かれる。
「本当に心配よ。貴方のことも……次の当主も……」
憂い顔で、手を優しく叩かれる。
「明日は、病院に行くわ。……あなたはあなたで、きちんと出社するのよ」
「……はい」
そう言うしかなかった。彼女は自分の使命を、命を全うしようとしている。
「光流、頑張るのよ」
微笑みが儚い。けれど誰よりも強い人。
光流は極普通に生まれて、極普通に育った。
けれど、普通なのはそこまでだった。
二十歳を過ぎ、三十がきても満は年齢を取らなかった。
二十半ばで年齢を取るのを体が止めてしまったようだった。
最初は周囲に気味悪がられ、若く見えるだけよと笑っていた両親も四十をすぎれば気味悪がった。家系を探しても、満のような特徴を持つ人間は誰一人居なかった。
満は家を出た。会社も辞めた。人目をはばかるように生きてきた。
そこで、さまよっているうちに声をかけてくれたのが彼女だった。
彼女の周囲にはにしかわからない良い匂いがしていた。
今思えばそれを辿って、彼女に行き着いたような気もしている。
彼女は一人暮らしで、自分をかくまってくれた。
それから二十数年。
今は彼女が用意してくれた偽の経歴で、働くこともできている。
自分を守り、ある意味育ててくれた、恩人。
「はい」
涙を拭い立ち上がった。
失礼します、と彼女の部屋を後にして、やっぱり自身の部屋へ戻るとまた泣いてしまった。
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