ひと繰りの白虎姫

河野彰

文字の大きさ
1 / 12

序章

しおりを挟む
 細い月がでていた。
 小さな日本家屋の庭にも月影が落ちて、月見障子のガラスを通して室内に光が差し込む。
 部屋の中は月光の明かりだけだった。
 病床の主人が、そうしてくれと頼んだからだった。
 畳に、自分の影が長く伸びる。
 その影が震えている。
「そんなに……泣かなくて良いのよ」
 そう言って、主人である老女が病床から手を伸ばしてくれる。
「年齢的にもそう長くないのは、あなたも分かっていたでしょう?」
「けど……せめて、手術を受けて、下さ……」
 泣き声で言いたいことも詰まってしまう。
 男のくせにと、よくこの泣き虫癖は父母に詰られたものだった。
 彼女はそんなことを自分に一度も言わなかった。感情豊かなのはあなたの良い部分なのよと、言ってくれる。
 彼女の手を固く握った。
 痛いわ、と笑う彼女が憎い。彼女は長らくガンを患っていた。
「手術をすればどうにかなるという段階はすでに、過ぎてしまっていたでしょ……」
「分かっています、でも……っ」
 ボタボタと涙が畳に落ちる。確かにガンが見つかった当時すでに彼女は高齢で、初期の段階でもなかった。医者も手術は勧めなかった。
 啜り上げていると、彼女が笑った。
「貴方を残していくことだけが心配ね……」
「そんなことを言わないでください!」
 思わず顔を上げる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだろう顔を見ても、今度は彼女は笑わなかった。手をそっと解かれる。
「本当に心配よ。貴方のことも……次の当主も……」
 憂い顔で、手を優しく叩かれる。
「明日は、病院に行くわ。……あなたはあなたで、きちんと出社するのよ」
「……はい」
 そう言うしかなかった。彼女は自分の使命を、命を全うしようとしている。
「光流、頑張るのよ」
 微笑みが儚い。けれど誰よりも強い人。
 光流は極普通に生まれて、極普通に育った。
 けれど、普通なのはそこまでだった。
 二十歳を過ぎ、三十がきても満は年齢を取らなかった。
 二十半ばで年齢を取るのを体が止めてしまったようだった。
 最初は周囲に気味悪がられ、若く見えるだけよと笑っていた両親も四十をすぎれば気味悪がった。家系を探しても、満のような特徴を持つ人間は誰一人居なかった。
 満は家を出た。会社も辞めた。人目をはばかるように生きてきた。
 そこで、さまよっているうちに声をかけてくれたのが彼女だった。
 彼女の周囲にはにしかわからない良い匂いがしていた。
 今思えばそれを辿って、彼女に行き着いたような気もしている。
 彼女は一人暮らしで、自分をかくまってくれた。
 それから二十数年。
 今は彼女が用意してくれた偽の経歴で、働くこともできている。
 自分を守り、ある意味育ててくれた、恩人。
「はい」
 涙を拭い立ち上がった。
 失礼します、と彼女の部屋を後にして、やっぱり自身の部屋へ戻るとまた泣いてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

処理中です...