王妃は春を待たない〜夫が側妃を迎えました〜

羽生

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王と側妃

シルヴィアとミリアの関係は、あれから、劇的に変わったわけではなかった。

それでも、二人でアルトに会いに行くことが増えたし、二人でお茶をすることも増えた。

王妃と側妃。

シルヴィアとミリアの関係は、ゆっくりと手探りながらも確実に前に進んでいた。



冬の冷たさが王宮の石壁に滲み混み、雪が散らつく中、レオンハルトは、執務室の窓辺に立っていた。


「……お呼びと伺いました」

背後で声がする。
ミリアだった。

振り返ると、彼女は出会った頃と見間違えるようなしっかりとした所作で頭を下げている。


「呼び立ててすまない。…体調はどうだ」

「おかげさまで問題ございません」

簡潔な答えだった。

「アルトには会えているか」

「はい。日々、健やかな成長を見守らせていただいております」

ミリアは、わずかに目を伏せる。その表情は穏やかだった。

「……そうか」

レオンハルトは、それ以上踏み込まなかった。
踏み込む資格がないことを、理解しているからだ。

かつては違った。言葉を重ね、距離を縮めた時期もあった。

だが今は、違う。これでいいーー


窓の外で、雪がひとひら落ちる。

やがてレオンハルトが、静かに口を開いた。

「……お前に謝りたかった。」

ミリアが目を見開く。
しかし、何も言わずに次の言葉を待つ。

「私は、お前にきちんと説明を尽くしていなかった。側妃として迎えるときも。その後のことも。肝心なことを伝えず、お前や王妃に負担をかけた」

一つずつ、言葉を紡ぎ出す。


「あのとき」

わずかに息を吐く。

「お前が何を背負うのか、どこまでを選ばされるのか、……私は、きちんと伝えていなかった」

視線を逸らさない。


「すまなかった」


しばらくの間、雪の落ちる音だけが聞こえる。
やがて、ミリアが小さく息を吐いた。

「……いいえ」

顔を上げる。

その表情は、どこか柔らかい。


「わたしも…」

少しだけ言葉を探す。

「……分かっていたつもりでした。お話をいただいたときから、陛下と王妃陛下が仲睦まじいことは有名でしたから。わたしはお役目を果たすべく、登城しただけです。それでも、あのときは」


小さく笑う。


「陛下との時間が楽しくて、少しだけ、期待してしまっていたのだと思います」


レオンハルトの表情が、わずかに揺れる。

否定はしない。
できない。


「…ですから、一方的に振り回されたとは思っておりません」


それでも、レオンハルトはもう一度謝罪の言葉を口にする。


「すまなかった」


少しの間沈黙が続く。
だが、先ほどよりも息を吸いやすく感じた。


「……最近は、王妃と、よく顔を合わせているようだな」

ミリアは、一瞬だけ驚いたように目を上げ、少しだけ微笑む。

「はい」

短く答える。

「……不思議なものです」

ぽつりと続ける。

「最初は、あれほど遠く感じていた方なのに、今は、とても近くに感じます」

その言葉に、レオンハルトはわずかに目を細めた。

「……そうか」

「あっ!別に変な意味じゃないですよ!ただ、腹を割ってお話をして、色々通じるものがあるというか、正直、陛下より話しやすいと思うようになったというか」


出会った頃の無邪気さが顔を出し、レオンハルトはつい吹き出してしまう。


「ふっ、…分かっている」

その答えに、ミリアは安堵の息を吐いた。
レオンハルトは、窓の外へ視線を戻す。

雪は、静かに降り続いている。

「……あの子は、よく笑うな。シルヴィアは君に似たんだと常々言っているよ」

ミリアの口元が、わずかに緩む。

「それは光栄です。…私も、あの子は、シルヴィア様に似て、強い子になると思います」


ふと、レオンハルトは、シルヴィアとアルトを思い浮かべ、分かりやすく表情を崩した。
近頃、アルトがハイハイを覚え、床中を這い回るようになり、シルヴィアが悲鳴をあげながら追いかける姿を思い出したのだ。

あの、シルヴィアが。

何度思い出しても、笑ってしまう。


ひとり思い出に耽り急に笑い出したレオンハルトに、ミリアは少し怪訝な顔を向けた。



ひと通り笑った後、レオンハルトは真面目な顔に戻し、大事なことを告げた。

「これは今すぐの話ではないが、いずれお前が望むなら、別の道も選べるようにしよう」


その意味は明確だった。ミリアに選択肢が与えられるのだ。

ミリアは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。


「……ありがとうございます」

ミリアは、未来にほんのわずか目を向け、すぐに切り替える。

「ですが、今はまだ、この場所で、アルトの成長を見守りたいです」

レオンハルトは、静かに頷く。
ミリアは、これで今日呼ばれた用は済んだと判断し一歩下がった。

「それでは、失礼いたします」

ミリアが頭を下げ、退出する。

「ああ」

彼女は、扉の前で、ほんの一瞬だけ立ち止まった。
振り返りはしない。

ただ、一言、

「……陛下も、どうか、お体を大切に」

それだけ残して、部屋を出ていった。


レオンハルトは、その言葉をしばらく反芻した。

(……変わったな)

彼女も

自分も

窓の外では、雪が静かに降り続いている。
それでも、もう、凍えるような冷たさではなかった。
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